てざわりの記憶 -20ページ目

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

大分には港が結構あって、そのいくつかには園が併設されているところがある。

大きな船が入港してくる様はとても迫力があって、親子連れなどが楽しそうにその様子を眺めている。

それ以外にも漁船はもちろん、島への定期便、カ-フェリ-、つり船、などなど、大分にいると、わりと船舶は身近な存在だ。

私のまわりにも船に関係した仕事をやっていらっしゃる方がおおくて、一度、遠洋漁業から戻ってきたばかりの船から持ってきた、というマグロの巨大な赤身の塊を頂いた事もあった。

うふふ。

あんなに美味しい海産物を、あれ以来食べた事がない。

もう時効(・・・かな?)と思うので白状すると、中学生の頃にはよく船の無免許運転をした。

船といっても船外機がついてる簡単な木製の船で、ずいぶんと古ぼけた感じの船だ。

釣りが趣味だった私は、よくその船に乗っては沖に出て手釣りで太刀魚なんかを釣っていた。

遊び半分という浮ついた感覚ではなく、生活の一部として、まるで自転車にでも乗っているかのような気分で船を動かしていた。

今はもう大分の釣り人のメッカとなって、渡し舟と釣り人でごったがえすようになった通称「一文字」にもよくでかけた。

これは、沖に浮かんだ長さ2.6kmにも及ぶまっすぐな防波堤で、もう、釣りをするにもぼ~っとするにも(またか!)もってこいの場所だった。

もちろん携帯なんて余計なものもなかった時代で、思う様釣り糸をたれながら物思いにふけったものだ。

な~んて話を先日母にしたところ、「・・・船?うちに船なんかなかったよ」とのこと。


私 「え、だってオヤジがこれ俺の船、いつでも乗れよっていってたよ」

母 「それ、多分うちのじゃないよ。一度、他人様の船の船外機を海に落っことしたって言ってね、弁償したって騒ぎがあったけど」

私 「・・・台風で船は沈んだって、だからもうない、って聞いたけど」

母 「そんな話はしらない。たぶん、その船のことじゃないの。かっこつけてアンタにはそう言ったんだよ」

私 「・・・・じゃ、私はずっと他人様の船を乗り回してたのか!(しかも無免許で!)」


な~んてオチでした(笑

でも、小さな船とはいえやっぱり自分で動かして海を行くのはなかなか気分のよいもの。

いつか、小さな船の免許が取れればいいな、と思っています。


子供のころはとにかく狭いところが好きで、とりわけ体の小さかった私は自分が入れそうなすき間を見つけると何も考えずにすっぽりと入ってしまう習性があった。

本棚の棚のなか、テレビ台のなか、家と家のすきま、工事現場の資材のあいだ、廃工場の機械のあいだ。

おさまりがいいと、そこに挟まったまま一時間くらい平気でじっとしていた。

友達と楽しく遊べるようになったのは中学三年になってからのことなので、それまでの間は学校から帰ってすぐに家を出て行ったとしてもフラフラとあちこちさまよっては、自分のおさまりのいい場所を探していた。

小学校も高学年になると流石に何かのスキマに収まる事はなくなっていたけれど、心情的にはまさに「おさまりのいい場所」を探していたのだった。

その結果、いくつかの条件があることに気がついた。

その一、時間。

これは決まって夕方だ。午後三時半から六時(夏ならば七時)くらいがよろしい。

そのニ、お天気。

これは状況によっていくつかの例外があるが、おおおむね、うす曇りがよろしい。

その三、場所。

人がめったに通らない場所。頻繁に通ったり、通る道理がないような場所はよろしくない。屋根にはこだわらないが、腰をおろせる場所はほしい。

その四、心情。

これが不思議な事なのだが、何か問題を抱えた状態でないとリラックスができない。それも、なるべく大きな、さしあたったものであるほど落ち着く。おそらく、子供のころ常にこの心理状態だったためであろうか。

その五、例外について。

雨など降っていると、とてもよろしい。が、その場合時間は夕方より早い時間のほうが好ましい。これが雪になると、二四時間いつ降っていてもよろしい。

そして、全てに共通するのは一人っきりであることと、おなかがすき過ぎていないこと。


去年のある日、パラパラと雨が降り出したので車に乗って久住高原へと出かけた。

ヒミツの場所で車をとめ、雄大な山々を見上げながら小雨にぬれていた。

ぬれながら草原を眺め、すぐ近くに感じられる雲をみて、すっかりリラックスした帰りに車を脱輪させてしまった。

まさにめったに車もこない場所だったので往生したが、たまたま配達で通りかかった「くじゅう花公園」のスタッフの方に手伝って頂いて、なんとか事なきを得た。

お礼に伺いたかったのだが、そのあとすぐにくじゅう花公園は冬季休業に入り、久住高原自体も雪に閉ざされておいそれと行けなくなってしまった。

まだまだ寒さの厳しい日々が続くけれど、花の季節も、もう遠くはない。

私自身も、わりと花を育てるのが好きだ。

しかもキッパリとしたこだわりがある。

私が育てるのは、生命力が旺盛で、おいそれと枯れない、育てやすい花、と決めている。

ズボラなくせに枯らすと罪悪感に責めさいなまれるのだ。まったくやっかいな園芸家である。

今年も、もう少し暖かくなったら木春菊を植えようともくろんでいるのだが・・・。

まあ、ズボラ園芸のはなしはまた今度にするとして、早春の久住に行くのが今から楽しみだ。

例のヒミツの場所にもレンゲやつくしがいっぱい顔を覗かせているのだろう。

まったくもって、ボ~ッとしがいのあることだ!

年明け前あたりから、たまにカウンセリングのお世話になっている。

ちょっと家からは遠いのだけれど、そのぶん到着するまでに考えがまとまって、今日のカウンセリングに対する準備(?)が整う。

帰りには良いク-ルダウンにもなるし、なにより親切なご夫婦がやってらっしゃるのも、カウンセリングル-ムがふつうの家の部屋といったかんじなのも気に入っていて、美味しいマドレ-ヌとオレンジケ-キを売っているお店に寄り道もできる。

ここでは、私はとにかくよく喋る。

思っていたこと、思いついたこと、過去に会ったこと、今の自分に起こっていること、それについての自分自身の考察などなど。

カウンセラーのかたはリラックスした雰囲気で、静かに、でもしっかりと私の話を聞いてくれる。

初めてこの場所に来た時に、これだけはしっかりといわれたことがある。

「ここは病院ではありませんので、あなたに何のレッテルもはりませんし、無論診断もしません。ただ私と、あなたとで今困っている事について話し合い、そしてその悩みをどうしていけばいいのか二人で探っていく事しか出来ません。診断はしませんけれども、精神科にかかったほうが適切だと思える症状を私が疑った場合は、そちらを紹介することになるかもしれません。それでも、よろしいでしょうか。」

ふむ、正直な人だ、と思った私は、ここの通う事に決めた。

いくら私だって、カウンセラーが何か魔法のような方法を使ってたちどころに悩みを解決してくれる、などと思っては居ない。

レッテルをはらない、というのも重要な事だ。

私は自分がアダルトチルドレンであると思っているわけなのだけれど、こういったレッテルは時に視野狭窄を引き起こしてしまうものだと思う。

妄想ではなく事実として機能不全家族だった私の家庭だが、そのことで被害者ぶるつもりなど毛頭無いし、まして犯人探しなど、しても無意味だとわかった。

過去、私や家族に対して行ってきた事を直に問いただした事もあったが、逃げるか、怒り出すか、そんなことは憶えていないし、俺がそんなことをやる(言う)はずがない、などとてんでお話にならない。

むしろ自分こそが被害者で、お前は家族を洗脳して俺をつまはじきにする計画をたてている、などと言い出す始末だ。

すでに二人の妹は家を出て父と一言も会話を交わそうとしないし、皆それぞれ悩みを抱えて苦しんでいる。

だが、本当に重要なのは何だろうかと考えてみれば、それはズバリ「自分自身の成長と悩みからの解放」であり、犯人を探して火刑に処すことでもなければ被害者のレッテルを振りかざして庇護を求める事でもない。

自分の人生の責任は自分自身にしかないのだ。

だが、それは決して自分自身を責めよ、という意味ではない。

自分を責めるのも、他人を責めるのも本質的には同じ事だと思うからだ。

何かの責任にしたい、原因を探りたい、というのはほとんど抗し難い欲求だ。

だが、人間は機械ではないから原因がわかったからといってパ-ツを取り替えるわけにも行かないし、まして心の問題は複雑で、いろんな要素が絡んでくるものだ。

複雑な問題を簡単に解釈しようとするのは便利なようで危険なやりかただとおもう。

今の私の「生きづらさ」の要因の一つとして家庭があったとしても、それが全てではないだろう。

先にも述べたが、私がやりたいのは「自己の成長と回復」であって犯人探しではない。

・・・まあ、わかっていても腹が立つ、という事は正直あるとしても(笑)

何かを責めることで安心なんかしたくはないのだ。

いろいろあったけど誰も壊せなかった「自分」があると信じているし、それを見つけ出すのは私自身の義務といってもいいだろう。

無論、ACで苦しんでいる大勢の人の中にも絶対にそれはある。

それを見つける、ほんの少しの手助けをしたい。

私は今年、あるカンセラー資格の習得を目指している。

あ、そういえばその手続きの帰りだったっけ、事故に遭ったのは!><

気を引き締めろよ、ということなのだろう。

気をつけます、はい。


今年初めての更新です^^;

九州は寒の入り以来寒い日が続いていますけれど、カゼなどひいていませんでしょうか。

私は年が明けてから新しくはじめる事の準備などでパタパタしまして、ちょっと一区切りがついた先日、新年早々車で事故を起してしまいました><

詳細は省くとして、お互い怪我なども無く、車もキズとライトのひびくらいだったので何よりでした。

お互い様の状況だったのですが、向うの方は若くて今年社会人になられると言う方で、降りてすぐに謝ってくれて、お互いの無事を確認しあいました。

その後、交番で事故の報告をして、後はお互いに保険会社にまかせましょう、ということに。

後日、保険会社から電話が来て事故当日の事を詳細に聞かれました。

その時に「先にあやまったのはどちらですか?」と聞いてきたのでカチン、ときました。

どっちだっていいじゃない、そんなこと。

いや、それどころか、相手のことを気遣って降りてすぐに謝りながらこちらの無事を確認しにきた相手の方の正直さが間違っているわけはないのです。

事故のときに先に謝っちゃいけない、何て言う事をよく聞きますが、そんな下らない習慣は我ら世代より上の連中が墓まで持っていけばいいことです。

だいたいどっちが先に謝ろうが、事故の状況を分析して真実を割り出すのがあんたら保険屋の仕事だろ!

なんて思うのですけれど。

皆様も事故にはお気をつけ下さい^^;

まあ、なんといろんな事があった一年だったろう。

もっともその「いろんな事」は依然進行中だったりするので、年があけるからと簡単には区切れない。

正直、苦しい一年だった。

もっともそれは誰の所為でもなく、自分自身の問題(だからといって全て私の所為、というものでもない)であったわけなのだけれど。

ともあれ、こういった強制的な(?)区切りが時にはありがたくもあって、私も年が明けてからは自分で立てた新たな計画に向かってうごいていく予定。

日はまた昇る。

夜になったからといって、太陽がなくなってしまったわけではないのだ。