てざわりの記憶 -17ページ目

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

「なあ、白山いかないか?」

そんなお誘いを受けたのは、今学期最後の「100度の坂」に、今まさに挑戦しようとした瞬間のことだった。

「え?」

わたしはなんのことかわからず、前傾姿勢で右のペダルに全体重をあずける直前の姿勢のまま横を向いた。

「白山だよ、ハクサン。知ってるよね?」

わたしはぽかん、とソイツの顔をながめたまま固まっていた。

「夏休みの間、体力落ちたらマズイだろ。そこで、白山ツーリングってわけ。この坂ほどじゃないけれど、あっちもなかなかのモノですよ」

はあ。

返事とも溜息ともつかない音を出して、わたしは姿勢をもどした。

そりゃあ、しってますとも。

ウチの校歌にも謳われている白山。

校歌のとおり学校から遠くに仰ぎ見る感じでそびえているその山は、昔から霊峰としてこのあたりで崇められてきた。

それから、てっぺんに不思議なかんじの神社があること、そこで年に一回、真夜中にお祭りがあること。

・・・・ってか、これは。

「デートのお誘いなの、それ」

「はあ」

今度は、ソイツがぽかん、とした表情を浮かべる番だった。

「デート?なんで?」

・・・・・・えっと。

「そんなうわっついた事じゃあ、いつまでたったってこの坂を登るなんて出来やしない!明日っから夏休みだってのに、そんなことじゃ二学期になる頃にはヤル気も体力もすっからかんになってるに違いない!」

「は、えっ、あ、ごめんなさい・・・」

「よって!」

ソイツはふんぞりかえって腕組みをする。

「白山において夏季強化練習を行う。期日は八月一日、朝九時にふもとの佐野植物公園前に集合。十分な水分と軽食を持参の事。服装は運動に適したものとし、前日は・・・・」

「ちょ、スト、スト―――ップ!」

わたしは叫んで両手をバツの字に交差させた。

「なにかね、キミ!質問は最後にしたまえ」

「ちがうって。勝手にもりあがってるトコ悪いんだけど、わたし行くなんて一言もいってないじゃんよ」

「来ないの?なんで」

「なんで、って・・・」

なんでだろ。

「サイクリング嫌い?」

「や、むしろ好きだけど・・」

「用事があるとか」

「ううん、いまのところ・・」

「もしかして俺が嫌だとか?」

「や、そういうわけじゃ・・・・ない、けど」

「じゃ、なんだよ」

「えと・・・なんだろ」

鳴きはじめたセミがやけにうるさい。

夏の太陽ははやくもあたりを白く染め上げ始めていた。


その日の夜、わたしはまあまあだった通知表と保留にしていた高校の入学祝いをあわせて、父にマウンテンバイクをおねだりしたのだった。

高校に入って初めての夏休みに入り、わたしは新車のならしも兼ねて朝から午前中にかけて、あちこちをマウンテンバイクで走った。

高校ともなると生徒達の住んでいる場所はかなりバラバラで、クラスメイトなんかにはほとんど会わなかった。

アイツにも、会わなかった。

名前も知らないアイツ。

そういや、結局校内でも一度も顔をあわせなかったな。

もしかしたら先輩なのかな。

だとしたらずいぶんな口の利き方をしてしまったけれど。


ぼんやりとそんな事を考えながらマウテンバイク(わたしは、決してこの子をチャリ、とか自転車、とは呼ばない)を走らせていると、いつのまにか例の坂の前まで来ていた。

どうやら体が勝手に、走りなれた登校コ-スを選んでしまったらしい。

わたしは苦笑いを浮かべながら坂を見上げた。


いつもはうっそうと木の影に覆われて人気の無い坂に、数台のトラックやらないやらが駐車して道を塞いでいた。

坂のふもとには立て看板。

おきまりの、ヘルメットをかぶって頭を下げたヘタな絵が描かれている。

一瞬、なんのことかわからなかった。

隣に立ててあった工事計画の看板。

そこには迂回路と、この坂がそっくり階段に作り変えられる旨が記載されていた。


無くなる。


「100度の坂」が無くなる。


胸がぎゅう、と絞まり、お腹のあたりがずん、と重くなり、冷や汗がうかぶ。

なんだろう、取り返しのつかないことになってしまった、ってわたしはかんじてる。


会わなきゃ。

わたしはマウンテンバイクから降りて、くるりと車体を後ろ向きにした。

アイツに会わなきゃ。

わたしは何のあても無いまま、街へとマウンテンバイクを走らせた。


公園、本屋、ゲームセンター、オモチャ屋、自転車屋、ジ-ンズ屋にスポ-ツ用品店。

門限ギリギリまで走ってはみたものの、結局アイツに出会えることは無かった。

明後日の八月一日を待つしか、もうわたしには方法は残されていなかった。


――続きます。

先週の講習で、この産業カウンセラー資格講習の実に全行程の半分を消化した事になる。

え~、もう半分!?

後半分で、はたしてカウンセラーの末席に加わる事なんてできるのかしらん・・・・。

なんて不安を感じつつ、繰り返される実習の中でいくつかの手ごたえを感じ始めているのも確か。

まず一つは、カウンセリングを行う上で私の長所が見えてきたこと。

「得意なカタチ」を憶えてしまうと、クライアントさんとまっさらで向かい合う事が出来ず、知らず相手をそのパターンにはめてしまおうという心の動きが出てきてしまいかねないので、あくまで「長所」。

「クライアントさんに対する受容」と言うのを、自分の中でなるべく無理の無いやり方で出来る(ようになるでしょう)と言う自信、とでもいいましょうか、その方向性が自分のなかに見えたといいましょうか。

やっぱり、どうしたって自分のなかにある悩みとクライアントさんの相談とが被ってしまうような場合、なかなか冷静に対応したり、受容したり、というのは難しいもの。

そういった自分自身のなかの「認知のゆがみ」をはっきりと自覚し、それに惑わされずにクライアントさんの悩みを、言葉を、感情を受け入れる。

・・・・これがなかなか難しいところなのだけれど、すこしだけ光明が見えた・・・かな?

そう思って、暗闇の中ひっつかんだナニカのしっぽをたぐりよせるように、ある程度の目的と方向性をもって実習に望んだ結果、クライアント役の方や観察者の方々になかなかの好評をいただいた。

う~ん、うれしいものです^^

無論、そのあと総評を頂いた協会の先輩カウンセラーの方は、苦笑されながら「このまま、良かった良かったで終わってもナンなので」と、チクリと至らないところをやられたわけですが(笑

放送大学の中間試験(そう呼ぶのかな?)も結果が返ってきて無事クリア。

後は7月末の単位認定試験に向かうだけです。

・・・・・が正直不安なところ。

流石に難しい教科がおおい!

う~、がんばんないとね・・・。

信州で友人の祖母の手術があり、それにあわせて休みを取るので会わないか、との誘いを受けて信州へ向かった私。

なぜかずっと白い霧で覆われた信州の山深い病院での手術は無事に終わり、私はそこで友人と何日かの楽しい日を送り、やがて彼は帰っていった。

深い霧とそこにうかぶ緑が気に入った私は、スケジュ-ルを調整してロッジを借り、さらに何日の間か滞在をする事にした。

ある日、今日もミルクのような霧の中をお散歩しよう、と陽気にロjッジを出たのだが、車道(といっても舗装していない)をはさんで向こう側の道、その奥からなにやらただならぬ様子でこちらに駆けてくる女性が一人。

彼女は私の姿を見かけると、かすれた声で「たすけてください」と言うのだった。

私は驚いて彼女に駆け寄り、震える体を抱きとめた。

どうしたんですか、と聞こうとしたが、彼女の肩越しに見えたのは、霧に揺らめきながら白いシャツに半ズボン、麦わら帽子といった出で立ちの男が、大きな鉄の棒を持ってこちらにやってくる様子だった。

こりゃ悠長に訳を聞いてるヒマなんてないな。

「とりあえずうちのロッジに来て下さい。すぐそこです」

そう言うと、彼女は何度も首を縦に振った。

かわいそうに、どれだけの時間こんな怖い目にあってきたのか。

車道を渡って自分のロッジに戻ろうとした時、霧の向うから何台もの車がライトを光らせて走ってくる様子が見えた。

しめた、どう転がるにしても人が居る事はありがたい、と私は向かってくる車に向かって大きくてを降って叫んだ。

「すみません、とまってください、すみません」

すると、年代モノのスポ-ツカ-が三台、私から10メ-トルほど通り過ぎたところで止まった。

ありがたい。

しかし、車から降りてきたのは、ライフルや拳銃で完全武装したアラブ風の男達だった。

それを見た彼女は、かすれた悲鳴をあげた。



・・・・・・何の話でしょう、これ。


正解は、さっき見た夢の話でした(笑


一時間ほどうとうとした間に見た夢なのですけれど、誰か分析してくれないかな(笑

たまにはこんな意味の無い日記もよし!

・・・・・来た。
よく手入れされているブレ-キの静かな音が、私の前輪一つぶんうしろで止まる。
朝7時15分。
時間もぴったり。
目の前にそびえるのは城春の坂、通称「100度の坂」。
100度は角度の100度で、まあ無論本当に100度あるわけないんだけれど、キツくて長い、悪夢のような坂だ。

私は学校指定のヘルメットをのヒモをぐっとしばり、壁かと思える坂を見上げる。


「どこまで行けるようになった?」

横の人物が声をかけてくる。

「犬小屋の近くまで行けるようになったよ」

「へえ、進歩したじゃんか。自転車押しながら上がってたのに、リタイヤしてたヤツが」


学校への近道であるにもかかわらず通学路としては禁止されているこの坂に挑んで散った者は多い。


斯く言う私もその一人。

遅刻しそうになったある日、決死の覚悟でこの坂に挑んだものの早々と力尽きてしまい、かといって自転車を押して上がろうにもあまりの角度と、途中から道に流れ出している湧き水によって出来たコケ地帯(私たちは緑の城壁と呼んでいる)の上でツルツルと後退を繰り返してしまい、全く前に進まない。
遠くに始業開始のベルを聞きながら、私は半ば意地になって緑のコケと格闘した。

そのとき、後ろから私を抜いていった憎らしいヤツ。
それがコイツだ。

すべりながらも緑の城壁を突破し、そのまま力強くぐいぐいと上がっていく。
息を切らしながら、そんなアイツの様子を見上げていた。

私はうつむき、ハンドルを持ったまま、ひたいの汗を腕でぬぐった。

世の中にはヘンなヤツがいるものだ。
くやしまぎれにそんな事を考え、このまま坂を降りてコ-スを変更しようかと思案していた。


「あ!!」


坂の上から上がった奇妙な悲鳴にびっくりして見上げると、前輪が揺れたひょうしに、なのだろう、前のカゴに乗っていたアイツのスポ-ツバッグが地面に落ちるところだった。

「あ~!」


バッグはコロコロと坂を転がり、やがて私の15メ-トルほど前方で何とか停止した。


「わる、いっ、そ、れ、もっ、て、あが、って、くれ、ない、かっ」

ギチギチと立ちこぎをしながら、切れ切れに叫ぶのが聞こえた。


「む、無理だよ!あんた自転車降りて取りにくればいいじゃん!」

「だ、め、だ、とま、った、ら、も、のれ、っない、たの、むよ」


「マジで!?私、しらないってば!」

「・・・ご・・・あ・・・オ・・・・ねん・・・」

そのまま曲がりくねったこの坂のカ-ブの向うに消えていってしまった。

・・・・冗談じゃない。

こちとらコケのカ-ペットが越えられなくて必死だってぇのに、見ず知らずの人間のバッグかついで上がって来い、だあ!?


ムカムカムカ。

あ~、そう!わかった、あがってやんよ。

そのかわり、何時になるかなんてわかんね~かんな。


私が出れなかった授業、遅れた理由、ぜんぶかぶってもらおうじゃん!

後になって考えてみれば私の遅刻の理由を他人様が被る事なんて出来はしないのだけれど、この時の私はいろんな事におこっていたのだ。


怒りはいつだってこんなふうに理不尽にやってきて、後悔を残してさっていく。

その事に気がついたのは、二時間目の終業ベルがはるか上で聞こえ、全身コケとドロとすり傷にまみれて泣いていた私に差し出されたスポ-ツタオルと、それを持ったアイツの申し訳なさそうな顔を見上げた時だった。


さて、それ以来。
毎日この坂を登る、というアイツの鼻をあかすべく、私はかなり早めに家を出てこの坂に挑戦しつづけている。
先の事件の事で申し訳なく思ったのか、アイツは律儀にもこの朝練に付き合ってくれるようになった。


「・・・ところでさ、アンタって何年の何組なの?一度も校内で会わないんだけど」

「気になる?」

「べつに。でも知ってたっていいじゃん」


「まあね。別に俺だって隠すつもりはないんだけど・・・そうだ」

ソイツは私のほうにぐっと乗り出してきた。
「こうしよう。お前がこの坂を登りきったら、教えるってのは?」


「なにそれ、なんかすごい私のメリット低いんだけど」

「そっか、んじゃあそれプラス木津のカルチャ~焼きふたつ。どうだ」


「乗った。ただし三つね。ドリンク付きで」

「・・・ま、いいか」


カルチャ~焼き、と言うのはいわばいろんな具の入った大判焼きだ。
木津商店という小さな店がやっているのだけれど、これが学校帰りの兄さま姉さま方に大いに人気の逸品なのだ。


「さて、今日は犬小屋こえるぞ!」
「おう!」


早朝のチャレンジが始まった。
カルチャ~焼きは、野沢菜、チーズ、チョコで決まり。
ドリンクは・・・ミネラルウォ-ターでガマンしてやるか。

はてさて雨マニア(?)の私にとって嬉しい季節、梅雨がやってまいりました。

あざやかに濡れた緑、ここちよい雨の音、しっとりと安心な空気。

家にいて雨音を聞きつけると、さあ、そとにでなくちゃ、とそわそわする。

雨を見にいかなくちゃ。

雨の中なら、人とすれ違うのさえちょっとした物語だ。

傘という固有結界を張りながら、無口にすれ違うふたつの世界。

それは不思議と、晴れた日に会釈をしながら通り過ぎる時よりもずっと近くに相手を感じてしまう。

カエルの合掌、しずくを湛えて誇らしげな紫陽花、少しだけ急ぎ足になる小川、無数の波紋を重ねる水田。

思わず立ち止まり、世界に自分を溶かし込んでみたりもする。

・・・・。

まあ、さすがに世界の気持ちまではわからない。

ふと目を落とすと、カラカラに干からびたミミズの死骸が、溢れた雨水に流されていく。

あ~。

世界って、こうだった。

なんだかわからないが、自分にとって身近に感じた「世界」とやらは、そのまま勢い良く下水へと流れ込んでいった。

それは妙に安堵感を伴う光景で、世界の正直さを見たような気がした。