被告は事件当日、排水検査を装ってアパートを回ったことについて「ロールプレーイングゲーム感覚だった」と説明。本村さん宅を2回訪れたのは「優しそうな弥生さんと話したかったから」とし、乱暴するためでないと述べた。
出ました「ゲーム感覚」(笑
よくニュ-スなどで取り上げられるこの言葉、果たしてどういうことなのだろうか。
一般的には「現実感が薄く、重大なことを何の気なしにやってしまう」や、「遊び半分で人や物を傷つける」などといったふうに使われることが多いようにおもう。
だがしか~し!
これは私のようなゲーム好きに言わせればとんだ誤解なのである。
格闘ゲームの敗北に肩を落とし、RPGのストーリーに涙し、美少女ゲームのセリフに酔いしれ、友人とのTRPGの一夜に幻想の大地を駆ける・・・。
(キモイとかいわない)
このようにゲーマーは、いつだって真剣にゲ-ムをしているのだ。
その真摯さが学業や仕事に向けば、必ずや一定の成果をあげられることだろう。
そこには世間一般で言うお気楽な「ゲ-ム感覚」などは存在しない。
ゲ-ムを軽んじているのはゲ-ムをしない人たちである、ということを言っておきたい。
ただ、ゲ-ムによって現実の生活に不都合が生じるようでは、やはり問題があるとおもう。
なのでその場合こそ「気軽」にカウンセリングル-ムを訪れて欲しいと思う。
「ゲ-ム感覚」、「心の闇」、「キレる子供たち」などといったキ-ワ-ドには要注意。
本来、一言では表せない複雑な事情や感情があるにもかかわらず、それを適当に薄めて切り飛ばし、大して考えもせずに使えるようにしてしまう危険がある。
最近、子供や若者に流行の「うざい」もそのひとつだろう。
この言葉の便利で恐ろしいところは、言う方は相手を傷つけたいという感情さえあれば大して頭も使わずに使えて、使われた方はそれを自分で知っている自分のネガティブな部分に勝手にあてはめて傷ついてしまうところだ。
それは言われた方はショックだろう。
自分の傷口の一番痛いところに、相手から渡された塩をすり込んでいるようなものだ。
なのでもし言われたのがパ-フェクト・ポジティブ星からやってきた超前向き人間だとしたらポカン、として「ねえ、それどういう意味?」と聞き返すことだろう(笑
うざい、と言った方は相手がどれだけ傷つくかを考える必要がない。
そもそもどれだけ傷つくかは予測不可能だし、相手は勝手に傷ついた、とさえ言える。
実に効率の良い方法なのだ 。
私が小学校時代にした口げんかなどでは、どんな酷い言葉をかけてやろうかと頭をひねったものだが。(オイ)
だけど、頭をひねったぶんだけ越えてはならない一線、これだけは言ってはいけない言葉というのにも考えが及んだのも確かだ。
たとえば、本人のことだけで家族の悪口は言わない、経済状態には口出ししない、相手が心底悩んでると思われることには口出ししない、身体的な欠陥は言わない等々・・・。
そう考えてみると、友人たちとの怒鳴りあいは、ある種コミニュケ-ション能力の発達に寄与したとも言えるのかもしれない(もちろん、ベストなやり方とはいえないが 笑)。
一度、興奮して思わず一線を越えた言葉を発してしまった時は、一瞬にして場は凍りつき、誰も彼もが気まずい雰囲気になってしまった。
そしてその友人との仲直りは、とっくみあいにまで発展したときのものよりもはるかに困難で時間のかかるものになった。
そんな思慮が一切いらないのが「うざい」と言う言葉だ。
あなたが大人なら、子供たちには出来れば使って欲しくない言葉だと思うだろう。
もしあなたが幼い子供に「どうして、ひとの悪口をいってはいけないの?」と問われたとき、あなたはどう答えるだろうか。
もしくは「なぜ、ひとをころしてはいけないの?」と問われたとしたら。
法律だとか、一般常識だとかの説明だけでは、決して子供を納得させることは出来ない。
子供は試しているのだ。
あなたの人生を、経験を、そしてそこから学んだあなたの信念を。
そしてその答えから、この先自分を待っている多くのものの価値を学び取ろうとしているのだ。
その答えは、あなたが自分だけの言葉で語る以外にない。