フォ-ク世代? | てざわりの記憶

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

<p>自分が生まれる前のモノなのに、妙に懐かしいもの、ありませんか?

私にとって、それはフォ-ク音楽。

学生運動しきりのころ流れた、反戦や若者の苦悩、社会の歪みを歌った、いわば「セメント・フォ-ク」のころ。

理由はわからないけれど、小学生のころから何となくフォ-クが好きになった。

べつだん家にフォ-ク音楽が流れていたわけでなく、(それどころか響くのは罵声ばかりであった)特にフォ-クに接する機会があったわけではないのだけれど、何かの折にそれを耳にするたび、なんだか懐かしい思いにかられたものだった。

以前の仕事場に、年下ながら(とはいえ、私自身も全盛期に生きていたわけではないけれど)フォ-クを理解する男、T君がいた。

彼からはいろんなCDを借りたりして、フォ-クについて話をする事もあった。</p><p>とにかく博識で、いろんな話を楽しく聞かせてもらった。

 

フォ-クにかぎらず、学生運動の映像や、そのころ起こった社会的な事件などを目にするたび、なんだか切ないような懐かしいような気分になる。

もしかしたら、前世の私はそのころに死んで、わりと早めに生まれ変わっているのではないか、と思ってしまうほどだ。

町をあるいていても、何だか昭和の匂いのするものに引かれてしまうし、年寄りの昔話を聞くのも、わりと好きだ。

そんなこんなで和菓子大好きな私は、今日もほうじ茶を飲みながら甘納豆をかじって、この日記を書いている。

・・・・・・ただ単に、年寄りっぽいだけなのかもしれない。

とはいえ感じるものは仕方ないので、開き直って、明日は羊羹を買いに行くつもりです。