さよならマリオ。 | てざわりの記憶

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

マリオ、とは高校のころ飼っていた犬の名前だ。

雑種だと思うのだけれど、柴犬くらいの大きさで色はまっしろ。

マリオだけどメス。

絶望的な気分の夜に拾った犬だ。

とぼとぼと夜道を歩く私に向かって、街灯も無い真っ暗な道の向うから一直線に走ってきた。

何がそんなに嬉しいのか、しっぽをぶんぶん振りながら、私の足もとで小刻みにジャンプを繰り返す。

首輪が無いところを見ると野良かな、とも思ったけれど、だったらこんなに人間に対して無防備なはずが無い。

足元のこの子は、間違いなく人間を信じきっている。

おおよそ信じられない位の喜びをもって、私に接するのだ。

突然、私は決心した。

この子は、この子の純粋さは守られるべきものだ。

私が守る、と。

突如犬を連れて帰った私と家族は大いに揉めたのだが、結局、全責任を私が負うという約束で飼う事になった。

マリオ、と名前を付けたのは確か妹だったと思う。

その日から、私とマリオの日々が始まった。

マリオはとにかく人を信じきっていて、会う人会う人、家の前を通る人、誰に会っても恥ずかしくなるくらい嬉しがってその人に接した。

親などは番犬にもならない、とバカにしきっていたけれど、私はマリオのそんな所に惹かれたのであり、元気一杯に人に甘える彼女の姿をとても嬉しく見つめていた。

学校から帰ると、散歩の時間。

当時、家の周りには十分すぎるほどの広さの田んぼがあって、そこをマリオと一緒に走り回った。

人もいないので鎖も外して、存分に追いかけっこをした。

民家もないので、(いったいどんな田舎だったのかしらん 笑)トイレも気にせずその辺で。

ペットフ-ドなんて瀟洒なものは与える事が出来なかったので、マリオは私たちと同じ物を食べる。

今思えばずいぶんと塩分が高かったのだろうと思うけれど、ともかくそんなふうに私とマリオは日々、暮らしていた。

寒い夜や、雨の夜なんかはこっそりと部屋にマリオを入れた。

時には同じベッドで寝た事もある。

普段外で飼っている犬なので臭いがするのだけれど、そんなことは気にしない。

早朝にマリオを元に戻してシ-ツと毛布を洗濯機に放り込み、布団を干し、シャワーを浴びて学校へ行った。

どんなに沈んでいても、いい気分でも、何も無い普通の時だって、彼女は全力で私に甘えてきた。

その、一種傍若無人なところが、とても好きだったし、救われた。

そして、そんな日々にもやがて終わりが来る。(つづく)