インド映画のグル(元同僚)に教えられて最近観た映画に「ツーリストファミリー」があります。タミル語(南インドのタミル・ナードゥ州、州都はチェンナイ[旧称マドラス])の映画で、経済危機のスリランカから、ボートで南インドに渡った家族を描いているのですが、これが笑えるし、ほのぼのしているしで、とってもよくできているのです。何と言うか、希望の持てる映画です。
「ツーリストファミリー」予告【2.6公開】
こちらにいつも勉強させて頂いているFilmsaagar(深遠なるインド映画の海へ)の映評もあります。
Tourist Family (Tamil)
そして本編がYouTubeにあります。英語字幕付き。自動生成で日本語字幕も出ます。ただし、何を言っているのかわからないことが多いようなレベル…😢
https://www.youtube.com/watch?v=hbqYJeYT0Jo
この映画を友人たちにも勧めて回っているのですが、去年、クアラルンプール国際空港の待合室で知り合ったカナダ在住のスリランカ・タミルの人に知らせたら、「もう観たよ、Its funny and very nice」と返って来たので、嬉しくなりました。それで、There are no refugees, only tourist families...と😁
彼はジャフナ(スリランカの北端の町で南インドは眼の前。「タミルの虎(LTTE)」の拠点でもあった)出身のタミル人で、内戦を逃れるためにカナダに移住したのですが、この映画通り、難民なんかいない、みなツーリストファミリーなんだと思ったからです。
263. ケニアのバリンゴ県って、どんなところ? 264. エチオピア南部ボラナ県の泉でなどにも書いたように、アフリカの半乾燥地で仕事をすることが多かったのですが、住んでいる人たちの多くは遊牧民あるいは元遊牧民で、人は移動しながら生活するのが当たり前だと思うようになってしまったのです。
1999年に初めて行ったケニアのバリンゴ県ではイル・チャムスの人たち、ポコットの人たちがまだ遊牧に近い生活をしていましたし、2012年から15年まで関わったエチオピア南部のボラナ県ではボラナの人たち、ガブラの人たちなどがそうでした。かつてのように県境を超えて何百kmも移動することは減っていても、歩いて数日掛かるような距離を移動するのは当たり前だったのです。
ボラナ県に耕作というものが入って来たのは戦後のことで、少しは雨が降る丘陵地(ヤベロやメガなどの町の周り)にだけ、メイズなどを作っている人たちが定住しているのでした。それ以外の人たちは、同じ場所に住むとしても10年くらいまでで、集落の周りが牛糞で一杯になると他の場所に移りますし、そうでなくても男たちは草や水を求めて、毎年乾季になると牛を連れ遠くへ出かけたままなのでした。
そうなって来ると、人びとは移動する方が当たり前で、ある場所に留まっているのはたまたまに過ぎないのではないかと思うようになる訳です。
そういう気持ちで「ツーリストファミリー」を観たのですから、もうたまりません😢
エチオピアで一緒に仕事をした友人たち(ボラナの人でいまはアジス・アベバのNPOで働いている人、アムハラの人でディアスポラの研究者になりカリフォルニア州立大学の一つの助教授になっている人)にも「ツーリストファミリー」を紹介したところです。


ところが話はそこでは終わりませんでした。
たまたま近くの図書館に行ったら、新着図書のところに松村圭一郎著「海をこえて 人の移動をめぐる物語」があるのが目に止まってしまったからです。
いつもそうなのですが、必要なもの・欲しいものは、こちらから求めなくても、向こうからやって来るのです。それこそ導かれるように…。
読み始めてみると、共感することばかり…。
仕事で「現地調査」と呼ばれるものをする中で、一番困ったのが「ベースライン・サーベイ」でした。例えば世帯が何人かとか収入はいくらかとかいう質問項目があっても、そのデータを集めるのは簡単なことではないのです。遊牧系の人たちの場合、あちこちに奥さんがいて、それぞれが家畜を飼って、商売をしていたりする、それを「何世帯、何人」と数えればよいのか…。現金収入がほとんどなく、お金を使うこともない人たちの収入をどう数字にすればよいのか…。
ビクトリア湖畔に住んでいるルオの人たちの場合は、同じ敷地の奥に第一夫人、第二夫人…の家が並び、左右には独身の長男、次男、三男が順番に住んでいる、これは一体何人家族なのか? 第一夫人、第二夫人…がそれぞれカマドを持っていて料理しているのなら、それぞれを世帯とするべきなのか? 夫は日替わりで第一夫人、第二夫人…のところに泊まり、その日はその夫人の家に旗が立つとしたらどうか?
そういうことがわかっていなければ、質問項目は意味を持たない訳です。それなのに質問項目を事前に日本で決めて、現地に入ったらすぐにデータを集めろと言われても…。
右も左もわからないところでは、必要かどうかなどわからないことを何でも頭に留めておいて、そこから仮説を立てながら走るしかないし、仮説を立てて初めて仮の質問項目を決められる、それでデータを集めてみてまた見直す、そんなことの連続なのです。
専門知識があればあるほど最初から「答え」を見つけようとしてしまうのですが、そんなものはすべて捨てて、とにかく見る、話を聴く、感じる…。それで気づいたことをさらに深めて考える…。
学問とはまったく縁のない人間で、机に向かうのは大嫌い、とにかく何でも現場で学び考えて来たのですが、レベルも深みもまったく及ばないにせよ、結果としてどうやら「人類学のフィールドワーク」とかいうものとかなり共通する取り組みをして来たらしいということを感じました。
そして本題の「海をこえて 人の移動をめぐる物語」もまさにツーリストファミリーだなと…。
2004-2005年にバングラデシュの東北6県の村々を一緒に回った友人が、ベンガル人ではなくパシュトゥーンだったと知ったのは実は3年前のことだったのですが、その時もインド映画がキッカケでした。253. 最近観たインド映画から垣間見えたこと…民族、カースト、男尊女卑?…その1に書いたように『アクニ~デリーの香るアパート』というインド映画の主人公たちが北東インドの先住民/少数民族だったことから、南インドは先住民が中心だし、北インドも国立公園や保護区の周りには先住民が住んでいるという話になり、さらに彼は「ベンガルにも先住民的なところがある」と言い出したのでした。
そして彼自身は350年くらい前にアフガニスタンの方からコルカタに移動して来て以来、ずっといとこ婚を繰り返して来たパシュトゥーン(主にアフガニスタンやパキスタンに住むイラン系民族)だというので、本当にビックリしました。20年間ベンガル人だとばかり思っていたからです。移動したとしても、1947年の独立の時に、一族でコルコタから今のバングラデシュのジャマルプール県に来た時だけだと思っていました。
でも実は遥か遠くから移動して来ていたのです。それで多くの人びとが実はそうやって移動して来ているということだなんだろうなと改めて…。
2004年にバングラデシュのジャマルプール県で撮った写真ですが、青いシャツを着ているのがそのパシュトゥーンの友人です。

映画も本もお勧めです!
さて今日の一曲は、映画「ツーリストファミリー」の主題歌を!
























