akariのブログ  けやきハイツ102 -4ページ目

 

わこちゃん仮面、去年の12.30で14歳になっていました。現在は14歳と7ヶ月。

私は、平然と過ごしているようにはたからは見えるかもしれないけど(え?そうでもない?)この記事に向き合おうとすると拒絶反応が起き、アメブロを起動することすらままならないほどのダメージを受けながら半年が経ったよ。

思春期真っ只中。理不尽の神VSサンドバッグかあさん。負け試合と不戦敗が続く。私に対する態度・喋り方が、六本木クラスに出てくる葵役とまるで生き写し。私は龍ニにそっくり。これは思春期だからと片付けることで、合ってる?自分とは違う惑星に住む言語の通じない異星人だと思うようにもしてる。

でも、それで流せる時と流せない時があるのです。

小さい頃はクレイジーなりに可愛かった。

ことあるごとに「おかあだいすき!」と言ってた頃のことを思い出すと一瞬で鼻奥がツンと痛み涙で視界が霞む。

一体何がこうさせてしまったのか。

家の中でただすれ違うだけで睨みをきかせてくる輩になってしまった。

思い起こせば、キリ妊娠中に身体が重苦しく気も回らず強烈な眠気の奴隷になっていて、彼女が完全に野放しだった期間に後悔がある。産後、気がつくと彼女のスーツケースの中は当時流行中だったスクイーズでパンパンになっていた。あれは、私が寝ぼけていて無意識にお金を渡していたのだろうか?それとも万引き?財布からお金を抜かれていたのか?もはや記憶喪失。もう、事後には本当か嘘かも迷宮入りし、後の祭り。

この先、関係が変わることはあるんだろうか。同じ土俵には立たないようにしてもあまりの現実にうまく言葉が出てこず、ただ口をパクパクさせ鼻息荒く無様に足掻いてる私の独り相撲。毎度脇汗ビッショリになっては魂をすり減らし、白髪も増やしながら辛くて悲しい45歳の夏を迎えている。



これは約7ヶ月前

わこの誕生日は、遊園地に行くことがいつからか定番となっていた



はじめてのクレープ


サービス精神お兄さん(8)


テリちゃんだけにはデレデレ父さん(46)


あーかわいい


年の差姉妹


テーマパークなんて日頃は疎遠だから、すっかり長居しちまったトーキョードームシティ


なんちゃって子供用おせち弁当

byリカちゃんから貰ったオサムお重



コロナ禍3年目の年越しも、自宅で乗り越える



一日遅れのバースデーケーキ


ハゲヅラを丸一日被っていたら千円もらえるという、超くだらない慎ましやかな企画


この時何してたんだったか忘れた


恒例チェキ、K氏バージョンどっか行った


このケーキは、アニメの推しの誕生日ケーキらしく、私にはさっぱり分からない儀式



もう滅多に家族と夕飯食べない

遅い時間の2022お一人様ひな祭り御膳



シモキタ エキウエ姉妹



機嫌のいい日もたまにある


キャンプはブーブー文句言って結局嫌々ついてきて、自分なりに何か作って楽しんでる


今年のほったて小屋バンガロー@丹沢

焦って理科の課題をやってたけど、こんな所に来てまでこの人が勉強するとはよっぽどの瀬戸際だったのだろう



私は知らない兄姉弟妹の関係性アレコレ

眺めてるの楽しい


友達との世界もそりゃーある

たくさんあれ


ジャガイモ丸まんまチンして作ってるらしいわこの芋餅は、皆んなの大好物

これ単品だけで店出せる!しかもいつも作ってるから毎回美味しくなってる!と男子達が騒ぐ一品

独自のレシピなのに本当にウマい



機嫌のいい日の塾終わり、私も休みだったのでリクエストの壱語家ランチ行った

優しい日もある



女バスのお疲れ様会


わこの親友は転校してしまうジンクス再び


一番仲良かった2人にしかわからない世界

オババ目線に眩しくて微笑ましくて、切なくて泣けた


辛いけど、国境を越えて親友がいるっていい


女バス、今年は都大会に出られたほど友達皆んな上手な中で相当キツかったと思う

2年の時、辞めてもいいんじゃないかと私は言ったが、本人が意地とプライドと根性で辞めず3年間全うした

こう見えて兄弟の中でも一番身体が丈夫で、入学以来ずっと無遅刻無欠席



今年に入って身長超された

背が伸びて手足も伸びて、ゴールが近くなったラスト親善試合

得意技は、ルーズボールの奪い合い

ベンチを温める機会のほうが多かったけど、出てきたらルーズボールだけは絶対もぎ取る


観戦席で隣の母さんに、「兄弟多いから流石だよね笑」言われる





わこの世界があるんだよね。

春先だったと思う。このコロナ禍に苦労があり、色々あって夜泣いてたら、通りすがりに「どうしたの?何でも全部一人でやろうとしなくていいんだよ!わこも皆んないるんだから頼ればいいじゃん。」と言われて本当に嬉しくて涙が止まらなかった。

その後の普段の行いは、あの時のあのセリフって一体何だったんだっけ?ハニワになるけど、思ってないことは絶対に言わない人だから、あれはわこから素で出てきた本心だと、お母さんは思っています。

いつか、わかってくれたらいいな。





生ハム女へ。


2022.8.12




私は生きています。
2022GWも終わり、今年はついにアラホーへの階段上って46になるのだが、下書きに放置してた45になった日のことを書きます。 
もはや、何のために?!意味をも見失ってるけど、ただ執念だけで綴る節目の記録。


この日は予備日にしてる金曜日だったので仕事入れず、下北に住んでて初めて舞台ってやつを観に行ってきた。私が近年見た数少ないドラマのひとつ、『今日から俺は‼︎』で好きになった仲野太賀の舞台がちょうどやっていて、当日券並んだ。


なっかなかの難しい内容で、台詞と展開についていくの必死。はたして自分の解釈が合ってるのかどうか、誰とも答え合わせもできないけど、初の舞台観劇というもの自体に浸る贅沢な時間...。生仲野太賀堪能。勝地涼が思いの外とても良かった。と、観劇の終盤...ハッ!!!と気づく。
今朝、恒例の無茶振りだらけのパニックに巻き込まれて大喧嘩したサイに向けて、そういえば、書き置きをテーブルに残したんだけど、一番最初に帰ってくるのはサイじゃなくてキリだった...まずい。
消音してた携帯を開くと、やっぱりの事態。隣のビストロのエリさんから何件も着信入ってる...!!!
掛け直すと、「あかりちゃん!!!良かった〜!!!大丈夫?!キリくんがお母さんが大変だって心配そうにやって来て、持ってた手紙見てビックリして!!!とっちーが警察に連絡したほうがいいんじゃないかって言うから、どうしようかとすごい心配してたよー!!!」ガガーーーン。。。私は45歳になった日も大馬鹿者だ。申し訳なさ過ぎて、そこからは心ここに在らずで帰宅。


まるで遺書じゃねーか。本当に阿呆で無駄に他所様も巻き込んでお騒がせしてしまい、大平謝り。こんなつもりでは、心底なかったんです。。とっちーに怒られるかとドキドキしたけど、不幸中の幸い、優しかった...。



プレゼントの小包みなども届いていて、大変恐縮だが気持ちを切り替えて、嬉しむ。


そして45歳ディナー。

「お母さん!誕生日の夕飯は俺たちが作るから座ってていいからね!何もしなくていいよ。」

と、予告されてた。

この日はサイキリがキックボクシングの日で、後日、その近隣の奥様たちからの目撃情報が相次いだ(笑)「サイくんとキリくんが、サカナバッカ(豪徳寺の魚屋)にいて2人でず〜っと真剣に魚選んでたよ!笑笑」

そして、まさかのアジ一尾。



プラス100g強のマグロ柵。

何となく想定内だったケース。とりあえず何も言わずに見守ることにした。



YouTuberのきまぐれクック氏に酔心するサイは、腰の怪我で運動禁止になり暇だった期間に魚を捌く動画を見まくっていたことで、いつの間にか捌けるようになっていた。



昨年末のクリスマスにサンタ氏から届いた出刃包丁と柳刃包丁、鱗落としなどを巧みに使い分けてゆきます。



いつの間にか何故かパンイチに。。


「あ!なんか量少なかったな...」

彼らはこの日、7人家族の食事の分量を身をもって体感。学んだようだ。


何となくの予想の保険で、わこに頼んでた伝串も届いた!


野菜の味噌汁だけ仕込み、白米炊いておいて良かった。豪華じゃなくてもとても嬉しい、この上なく美味しい夕飯でした。


いちじくにスイーツ、夫Kが買って来てくれたレアチーズケーキがものすごい美味しかった。高級ゆえのサイズの小ささも刹那的で、美味しさに拍車かかったマジック。あれまた食べたいな。



電動自転車の寿命が刻一刻と迫っていて、予備の充電器を持ち運んたり、名物人間になりそうなくらいブーブーギコギコ...うるさいだけのブレーキが下り坂で突然きかなくなって肝を冷やしたりが嫌になって、実父オサム氏にノリと勢いでLINEしてみたら買ってもらえた新車!!ありがとうございました。



その翌日は休日で、わこがテリちゃん見ていてくれたので、夫Kとにしんばへ。


全部美味しかったなー。


生牡蠣ラブ。

この、魚の骨と皮にタルタルソース添えられてるの大好き。


まりこから、LINEプレゼントで一蘭のラーメン2食ぶんいただき、早速締めに食べて帰りました。ひっさしぶりに美味しかったなー。




皆んな、ありがとね。46歳も皆んな集まってくれるかな。今年も元気でいたい。




〜追伸〜



むかつきすぎて誤字あり。
去年、夫Kに長々と苦情を送り続けていたら(直接は話を聞いてくれないし喧嘩になるため)いつしかLINEをブロックされた(爆)
そしてショートメールで、まだこんなことを続けている。


本当に思ってるとは思えない。

でも私はまだ諦めない。



この春、最初で最後の一回切り楽しかったお花見@羽根木。

靴下がこんなことになっていた。焼き芋にしか見えない。こんな45歳は嫌だ。



別日に子供たちとプレパ行った時、ふと思い立って安否確認も兼ねて会いに行って来た中澤女史。ちょうど玄関で、嬉しい鉢合わせ。

お互い肩を叩き合いホクホク再会を喜んだ。まだまだ、元気でいてね♡








本日は、都立高校入試。


夫に過保護と言われそうで迷ったけど、普段ゆかりのない土地だし遠隔で気を揉むのが嫌で現場まで送ってきた。


そしてそのまま、いい加減に自分のぎっくり腰と腱鞘炎と真正面から向き合うべく駆け込み山手クリニック。9時から3時間待ってるが、未だ閑古鳥。腰がさらに悪くなりそうである。


今朝は私立の時と同じく、出発時間になってもトイレから出てこない。さらに10分経ってもウォシュレット音が聞こえる。Googleマップ見たら、電車遅延してる。ウンコしてる人に対してキレたくなかったけどさすがに頭に来て、玄関から何度も怒鳴ってしまうお決まりコース。疲れた。





思い起こせば1/25から、学級閉鎖のはしごとオンラインカオス生活(低学年のオンラインきつい)。なわばりとイヤホンとWi-Fiの奪い合い、受験の願書関連と並行して保育園関連、の最中に舞い降りたノロウィルス...。

そこから立て続けに濃厚接触者疑惑2名→PCR陰性。謎熱と怪しい症状2名→PCR陰性。抗原キットはトータル9個ほど消費した。いつも安定して健康で無理の利く私は、看病しては走り回る馬車馬。隔離したり解放したりをアホほど繰り返し、毎晩のように誰かしらが寝床難民に。

最後の最後、先週テリーの保育園でまた濃厚接触者疑い騒動でまた隔離。もうヤダ。





極めつけは塾の近くで自転車盗難に遭い、深夜まで交代で探しに行く。。


コロナは結局、ごく近くを通り過ぎて消耗するだけで今のところ誰も陽性にはなってない。

それにまつわる喧嘩や騒動も本当に疲れた。

コロナって、なんなん?!?!




彼という人は、格好の付け方を完全に間違えていて、何かと不利に働くことをやってしまう。何故の不思議。

1年の時よりは、2年、3年になって近しい先生方の理解は徐々に得られたが、一度貼られたレッテルはなかなか剥がれない。


高校生になる想像が出来るきっかけになればと、3年の夏休みに現実的な都立高校を4校見に行った。でも、親に行かされてる感が抜けず、怠そうに付いてきて言われる通りに動くだけ。

結局、ここに行きたいから頑張る!とはならず夏休みを終えた。


見学した中で、本人が第一志望を決めた。

でも、悲しいかなピンポイントで頑張ったけど上がらなかった最終内申を受け、怒りとやる気消失の方向へ。スイッチは冬休みになっても入らなかった。





11月まで模擬テストCD判定のまま、他に行きたいところがないから志望校は変えない。拘りがあるのに何でスイッチ入らないのか?謎は深まるばかり。

それが1/10に突然、変えると言い出した。きっかけは、冬休みが終わってもフワフワ様子の変わらないアヤタに気付いた夫Kが突然『私立は行かせません。都立に落ちたら働いてください。以上』とLINEしたらしいのだ。  


彼はその時初めて現実と向き合った。

《俺はもしかして、高校生になれないかもしれない。それは困る!!》

そうして、一緒に見学に行った高校ではなく、本人が一人で経路確認と建物見物に行った高校に勝手に決めて、もう書いて出していた。

うそん。。当初の第一志望の学校にも、そこまで拘りがなかったことを初めて知る。なんなら定員の少ない特殊な学校で、迷いがあったとも推測する。

最後の模擬テストでは、その元第一志望もB判定になってたのに一度決めたら揺るがず。もしダメだったら私立でもいいから受けてみたら?と言ってみる(内心は苦渋)も、最後まで揺るがなかった。





受験するのも通うのも本人。

肝心なところは自分で決めないと、この先々もずっと何かや誰かのせいにする。

「べつに高校がゴールじゃないし!言われたくないし!勉強しろってもう二度と言わないで!」年が明けてもいつものように弟達を冷やかし、テリーに癒されに行き、おませちゃんブラザーズの動画が配信されたら見て、大好きな友達と銭湯に通い、気が向いたら絵を描いて。最後までマイペースを変えなかった。




あの大雪の日は、夕方チャイムが鳴って「アヤタ雪遊びしようぜ!」迷わず出て行きしばらく帰ってこなかった。



こんなに可愛かった少年(左下)は



いつしかひょっこりはんとなっていた。(これを見て驚き、現在はひょっこり解消しています。✂︎笑)



!!!



「お母さん、俺昨日5時まで起きてた!」ついに夜なべして勉強したのかと思ったら、絵描いてた。



入試弁当はいつになく冷凍遣い。鮭だけは焼いた。




ずっと飾ってたこちらの御守り、今日削って持って行ったよさとちん♡




小・中学生で、なりたいものになるため、今後の進路のために、より偏差値の高い学校を目指して勉強頑張るって、本当に凄いと思う。我が息子の精神年齢は15歳でそこまで達しなかった。(頭脳もかもしれないが)私もそうだったから何も言えねぇ。。


送り出した今となって確信してることは、私が調べて一緒に見学に行った学校ではなく、自分で調べて一人で見に行って決めた学校を受けられて、良かった。それが何高校だっていい。上等だと思う。


残す敵は、腹痛と鼻血くらいか。

やる気スイッチは最後まで入り切らなかったものの、地味に地道に積み重ねてきたものは出せるように、頑張れ!高校生には、きっとなれる。