akariのブログ  けやきハイツ102 -37ページ目
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裏活動に忙しい日々。
今年もこのシーズンがやって来ました。


去年我が家の長より、動画を見るのも踊るのも禁止令が出たこの題材を、今さら感満載で、まさか幼稚園オフィシャルで妻が演じることになるとは夢にも思ってないだろうよ。

保護者のお父様にオファーしたらまさかのNGが出て、落とし前をつけて自らが受けることにしました。

お父様すら断る配役をお母さんがやること。

のちに、「ほらほら、お別れ会でピコ太郎やった人!子ども4人いるアノ人!」
語り継がれることは目に見えてるけど、もはやどうでもいい。
やるからには羞恥心は捨てて斜め上を行きたい。


衣装は借りられて完璧。
ネックレスは形見のモノホンを繰り出そう。
サングラスが鼠パイセン寄りなのがだんだん気になってきたので、たった5分の出番のために新調するか否か迷ってる。


この衣装を完璧に装着した状態で学校から帰ってきたあやたを出迎え、一通りやって見せたら、今まで見せてきた何役よりも素で吹き出し、
「ちょっとやり過ぎ。お客さん引くかも。」

冷静な意見を有り難く頂戴致しました。






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※サイにはネタバレを固く口止めしています


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そんなお兄さん、地味に保健体育の授業で色々なことを学び終えてたことを知る。。

中身はまだまだまだまだ幼いが、来月には二分の一成人式を迎える。

「保健体育のそのテストも終わったし、俺そろそろ思春期入るわ。」
俺思春期入るわ宣言頂きました。


好きな女子は居ないけど、芸能人で例えるとどんな人が好きなの?と下世話に聞いてみたら、
「筧美和子と佐藤栞里。」
というやたらと本気そうな内容の答えが返ってきた。

昨日の朝、起き抜け、
「おかあ、バレンタインデーの夢見たんだけど、チョコはひとつももらえなくて、○坂からバナナの皮をもらった。」


今日はバレンタインデー。少年の運命はいかに?!





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去年の話。
1ヶ月下書きに放置したままだった記事を、節分の先取りということで。↓↓↓長文注意。




イヴの日のこと。
思い出すと吐きそうになりながら、身近な人に話したら意外な反応を得てスッキリしたので、やはりここに綴っておくとする。


あれは、聖なるクリスマスイヴの朝だった。

前置きとして、近頃の新生お父さんにチリツモなる不満を持っていた私だ。


大変くだらないのだが、休日私が携帯に触ろうものなら痛烈なバッシングが飛んでくるのに、自分はというと、身の回りでどんなことが起ころうと一人だけ別室でくつろぎ、何時間でも携帯でディッキア(南米の植物)のサイトやヤフオクを眺めていること。


前日、サイの友達が泊まりに来たのに、会社の忘年会明けではあったけれど、夕方に帰るまで寝室から一切出てこなかったこと。ニートの長男かよ。

テーブルの上にあやたとわこの通知表を置いておいたのに、一向に開かず無関心、ディッキアの剪定に勤しんでる様、etc..これらは氷山の一角でした。






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朝起きて別室にいた夫の元を訪ね、年末の予定について相談したのだけれど、スマホをいじる手を止めず、こちらの目も見ず、相槌は被せ気味で上の空。

今日も一日この調子かと思うとウンザリして、イタズラ心で脇腹をくすぐった。


本当にくだらないのだが、ああ見えて人一倍敏感で極度にビビりやすい夫を、脅かしたりくすぐったりするのは快感に近いものがあった。

不意打ちに驚かすと、世にも間抜けで素っ頓狂な声を上げ、本気でひっくり返ったり飛んだりするのだ。

夜中に帰宅した際、わざわざ起きて足音が立たないよう靴下を履き、着替え、ハロウィン用の老婆のマスクを付けて階段の上で待ち、暗闇から飛び出したことがある。

あの時も、期待通りに人間の弱さ全開のリアクションが滑稽で快感だった。
驚いた反動で階段から落ちれば完璧だったが、残念ながら落ちはしなかった。


その日は脇から脇腹にかけて、表裏くまなくくすぐった。
やめろ、嬉しくない、痛い、と悶え苦しむのが大変愉快で、しつこくしつこくくすぐり続けた。


すると、「ビリーーッ!!!」
勢いよく布が裂ける音がして、一瞬時が止まった。



「!!!何やってくれてんだよ?!やめろって言ったよな?ふざけてんじゃねえぞマジで!!!」


激昂して目の前に立ちはだかる夫のお気に入りのネルシャツのポケットは、見るも無残、全開に取れ、垂れ下がっていた...。


私は、やっちまったな..と思いながら、小さく小さくなりたい一心で、塞がらない開いた口から、パクパク、小声で謝るしか出来なかった。


夫はうおぉーーー‼︎‼︎‼︎と叫びながら二階に下りて行ったと思ったら、程なくしてまた戻ってきて、

「どうしてくれんだよ。謝られても許せねぇよ。時間が解決するしかねーよ。今日はもう無理だ。元どおり綺麗に直してくれよ。今から自転車で元どおり直してくれるところ探して見つかるまで走り回れよ?」


怒りに震えてる人を目の前にして、もう時間は巻き戻せないし、これから先は最善を尽くす以外はなるようになるしかない、と、変に開き直った自分がいた。






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お直し屋さんの開店に合わせて自転車を走らせ、無事に破れたシャツを提出する。

仕上がりは30日だそうで、その旨メールをするも、既読ならず。


帰りにスーパーに寄り、買い物の相談で電話するも、不出。
家電に掛け直して出たわこに、夫に代わるよう言伝を頼むも、話したくないからと断られる。

帰ると、あからさまに席を外されていた。

二階に上がり、子供部屋にいた夫に話し掛けるも、無視される。


執拗に話し掛けるも、どうしても許せないから今日は話したくないと言われる。


だんだん、休日を1人で悠々自適に過ごしたいから都合よく無視してるのではないかとまで思えてくる。

今朝の一件で私が悪かったのは百も承知の上で、夫の幼稚な態度にだんだんと腹が立ってきた。


今日はクリスマスイヴ。

子供たちは家族皆んなで仲良く過ごしたいはずで、聞いてみたらやはりそう言う。


私のことが許せないならそれはそれでいい、子供たちに免じて機嫌を直してくれないか、普通にしてくれないか、と、100万歩譲って頼み込むも、嫌だ、という返事。


私はキレた。


今までなら、諦めて寒空の下4人連れて公園に行ったり下北をブラブラしたりした。

しかしその行動、寒い上に疲労と散財が付き纏う。

彼はというと、家でぬくぬくと好きなことをして過ごすことになる。


許せねえ。


今までと同じではダメだ。これでは去年までの二の舞になってしまう。
新生お父さんになったはずの奴は、愚かにも本領を発揮し始めた。何のために一年前のあの時、あの行動に出たのか。私は諦めない。
こっちが下手に出てりゃぁいい気になりやがってこの愚か者めが。

そう思った瞬間、私の口からは洪水のように鬱憤が溢れ出た。


「子供の気持ちより自分優先するってか!?
お前は小学四年生か!?相手が謝ったら男らしく許せや!!私はどんだけ許してきた?
植物の面倒見る前に目の前の自分の子供育てろや!!一生現実逃避し続けるのか?いつまで逃げ続けんだよ!?
シャツの一枚破れたくらいでガタガタ言ってんなよ?みんな健康で命あるだけ有難いと思えや!!」

私はヤクザ者になった。
 

並べて、彼が反省した時に送ってきた謝罪のメールをつらづらと読み上げた。

ついでに、ヨガの先生が貸してくれた、〝親子を癒す子育てのヒント〟という本の文中で引っかかり、彼に捧げたいと思っていた部分もドサクサに紛れて読み上げた。


え、なんで今?何?なんなの?
私の激情に置いてけぼりなってるっぽい愚か者夫のハテナ顔を前に、なんだかよくわからなくなってきたけど、とにかくスッキリさせていただく。


私 「お昼ご飯みんなで食べに行かない?」

夫  「絶対嫌だ。」


ここからは、クソ力を出して、抵抗する夫の腕を引っ張って無理やり上着を着せる。
私が諦めないことを確信したであろう夫はこう言った。

「とにかくあかりの顔を見たくないから、顔を見せないなら行く。お面でも付けてくれるなら行く。」


キレてる私は、すぐさま納戸の仮装グッズ入れの中から、節分用の鬼の面を取り出して装着した。

奮発して入手した、1800円もする重厚な面だ。


キレてるのでもうどうでも良かったが、何となくワークキャップを被ってツノは隠した。


愚か者よ、恥をかくがよい。

積極的に夫と腕を組みにいき、歩いて行こうと誘ったら、自転車で行きたいと言う。


この我慢比べには負ける気がしなかった。

子供たちは、騒然として私を見つめていた。


電動自転車の前後にきっちゃんとサイを乗せ、あやたとわこは自分の自転車に乗った。

高価な割りに、目の穴が小さ過ぎて視界がすこぶる悪かったが、火事場のクソ力と持ち前の身体能力で事故らない自信はあった。

青鬼の私は、あえて愚か者夫と並走するようにして、今日はあったかいね、何食べたい?などと話しかけたが、何でもいい...と言われる。

鬼の目穴から見えた愚か者夫とあやたは丸い目をしていた。時折笑いをこらえてうつむいた様子だった。

わこは、お母さんお願いだからもうそんなことはやめて、と懇願してくるが、この我慢比べに負けるわけにはいかなかった。


駐輪場に自転車を停め、民亭に入るところで、わこから、お願いだから鬼の面を取ってくれと半泣きで頼まれ、渋々外した私は、目深に被った帽子とマスクの不審者になった。


愚か者夫は、何も言わず瓶ビールとグラスを2つ頼み、注いで1つ差し出してきた。


もう面をつけろとは言わなかった。私は帽子とマスクを外し、静かに勝利した。



午前9時前に勃発したこの事件は、午後3時にやっと収束。
やること山積みの師走のクリスマスイヴに費やしたこの6時間を、単なる無駄にはしたくない。







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年末、夫と子供達に神奈川の実家へ前泊してもらい、1人になった隙に行った隣のビストロにて、夫を愛してるけど死んで欲しい、しばしば呪っている、などとさんざん吐き出し盛り上がった翌日、義母みっちゃんより、
『けんちゃんが胃の調子が悪く、赤十字病院に行きました。』
とメールが来て、呪いが通じた...と少し恐ろしくなった反面、少し歓喜した。


のも束の間、そのまた翌日、本人より
『胃カメラ撮ったけど、とても綺麗な胃です、との診断でした。』との報告メールあり。

なんという強敵か。



そのまた後日、念のため
「下北沢  青鬼」「ママチャリ  鬼の面」
のキーワードで検索をかけてみるも、ヒットしなかった。







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▲正月、ゆみこおばあちゃんのレディースアデランスで遊んだ奴ら











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続く。。
からだいぶ経った感ありだけども、諦めずに続き。


今年のお正月は札幌にて、12/30に亡くなったおばあちゃんの葬儀で三ヶ日を終えた。


棺の中に横たわる、別人のように痩せ細ったおばあちゃんを目の当たりにしても、どうしたことかあまり実感が湧いてこない。
どうにかして現実味を得ようと、亡骸を穴の開くほど見つめることを繰り返したお通夜の日。





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一昨年の夏は、元気にジンギスカンをつまみ赤ワインを飲んでた気がする。

それが去年の夏、急に一回り以上小さくなった感じがして、浮かない表情といい、顔色が悪くて心配だった。


独り暮らししていたおばあちゃん。
10月末に吐血して自分で救急車を呼んだとのこと。
検査で癌が発覚して入院、12月にはホスピスへ移り、そのまま家に戻ることの無いまま、あっという間の2ヶ月間だった。


人間にはあらかじめ寿命が設定されてて、そこに目掛けて命の灯火が消えるようになってるんじゃないかと考えてしまうくらいの展開の早さだったように思う。


12月中旬、我が家に泊まり込みで子供達を引き受けてくれるという義母みっちゃんに甘え、夫と2人で帰省。
その時、まだ話せるうちに会いに行くことが出来た。

入院する時に電話した際、心配掛けて申し訳ないと泣いてたし、その後も電話すると、電話代が勿体無いからとすぐ切ろうとしたのに、
会いに向かう車内で電話したら、突然東京から来たことにもさして驚かず、すんなり待ってると言ったおばあちゃん。

見た目は変わり果ててたけれど、頭も耳もしっかりしてた。
あの時、いざとなるとあまり話すことが無かったように思うけど、今思えば平静を装っていただけで既に高熱が出てて、
起きて対応するだけで精一杯で他の気力は無かったのかもしれない。
全てを受け入れた覚悟を感じた。
あの日の帰りしな、目を見て握手しておいて良かった。






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うちの子達がもっと小さくて少食だった頃、
「お前たちは全然食べないからガリガリだな!」と言われたことから、子供たちからは通称「ガリガリのおばあちゃん」と呼ばれていた。
「ガリガリ君のおばあちゃん」に変化してる日もあった。


私が物心ついてから知るおばあちゃんは、もっと若い頃は煙草がよく似合ってて、赤ワインが好きで、お洒落が好きでたくさん服やバッグを持っていて、ゴツい指輪をしていて、結婚式に白のセットアップで登場するというタブーをおかしてもキャラクターで許されるような、世の中的なおばあちゃん像とは少しかけ離れた存在だった。

北の方角に住んでいたので、私は「北のおばあちゃん」と呼んでいた。


  
 


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クリスマスに危篤になってから一週間、もしかして年を越すかも?と思われてた矢先、き、今日!!というタイミングに、
リスペクトを込めて、ただではいかないんだね、というか、Tちゃんの言う通り、お正月に一族をまとめに来るあたり、おばあちゃんらしいなと思えた。


ホヤホヤには会える予定じゃなかった姪っ子に、皆んなで会えた不思議。

色々あった一年前の我が家。
事情があって一緒には札幌帰省出来なくなっていた新生お父さんK氏が、うちの両親へ謝罪兼これからの決意表明の挨拶をしに行くタイミングも、おばあちゃんがくれたようなものだった不思議。


疎遠になってしまってた叔母にも、当たり前だけど自然な形で久しぶりに会えた。


私は孫だから、おばあちゃんのことを、孫とおばあちゃんの間柄で知る限りしか知らない。

孫で長女の私は、特に思い出が多く、可愛がり大事にしてもらった。

平坦な人生ではなかったことに間違いは無いはずだが、葬式で語られた経歴が、青森で生まれたこと以外は具体的な話が無かったことにはビックリした。
聞くと、誰もよく知らないからそうなったと言う。そんなことあるのか。

ミステリアスなこのおばあちゃんが生まれてなかったら、私も子供達もこの世の中に存在しない。
当たり前の不思議。






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おばあちゃんは、総じて幸せな人生だったのかな。人は死ぬ時何を思うんだろう。
人生半分来た感じの今の自分。
人の生き死にについてこんなに考えさせられた正月は無かった。
それにしても松方弘樹の人生は豪快すぎる。
結婚会見でタバコ吸ってた...。あり得ない。
361キロのマグロ、デカ過ぎる。それで10万人に1人の病気で亡くなるって...。


話は逸れたが、結局、告別式まで終えてもあまり実感がなく、全てが終わって実家に届いた遺影の写真を見て、おばあちゃんって、本当に亡くなったんだ...。という、不思議な感覚のまま。


いつも、帰省が終わり羽田空港に着いた時に
「今羽田着いたよ。ありがとね。またね。」
と電話をしてた。
今回羽田に着いた時、あ、もう電話しても居ないんだ、出来ないんだ、と思うと急に空虚感に苛まれ、わこと思い出話をしながら2人でまた涙した。


北のおばあちゃん、今までありがとう。
100歳までは生きると思われてた、美人でファンキーなおばあちゃんは、最期までカッコよかった。






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形見の金のネックレスでコーディネートして遊ぶ。
この金ネクは話し合いの末、お洒落上級者の夫が譲り受け、カジュアルダウンして会社にも付けていっています。大事にするね。