あ゛ぁ〜〜... アカギレがいでぇよぉ〜。
右親指の重要さを思い知る今日この頃。
↑↑この翌日、この笑顔は幻となり、事実上インフルBを発症したスタ映え女子の左側。
(発熱初日は陰性、三日目に陽性。)
学級閉鎖も伴い、かろうじて炊事&洗濯と、諸事情で完全には休めなかったパート先保育園と、家と、きっちゃんの保育園を行き来するのに必死だった。
園児のお着替え中に、園児のおしりに密かに挟まってたうん◯が仕事用の白デニムに豪快に太線を描き、防寒対策で重ね履きしてたレギンス一丁でしのぎを削ってそのまま帰った日もあった。
露わなお股を庇いながら働く私に、大好きな優しいフィリピン人のC先生は、
「ゴトウセンセ、セェクスィ〜...⤴︎」とコメントをしてくれた。
先週も色々なことがあった。
書きたいことは山々なのに、何となく逃げていたお正月の続きをば。
(心の整理も兼ねて、超長編注意
)
)実家の両親は納沙布岬で年を越したそう。
誰にも家に押しかけられずに穏やかに過ごす、巧妙な策士。いいと思う。
後日談で、本当に本当に寒かった、と。
なのに温泉ではなく普通のホテルのお風呂で、こんなに寒かったのは自分が子供だった頃以来の体験だったとユミ母談。相当な寒さが伺えた。
冬の旅には温泉が必須デス。
1.4 長浜海浜公園
一泊二日で、義両親の古希祝い旅行へ。
伊豆高原 旅の駅で足湯休憩♨️
下田といえば、いし塚で蕎麦を食べないと帰れない!!これは譲れない。鴨汁そばLOVE。
青海苔入りのオリジナル七味を、初めて自宅用に買って帰る。何で一つしか買わなかったんだろうと悔いてる現在。
おじいちゃん部屋の露天風呂に、突撃となりのいとこ達。
どこも出ても引っ込んでもいない、むしろどちらかと言えば引っ込んでる小3と小4女子だけど苺と雪だるまでカモフラージュ。
宴もたけなわで、二月お誕生日のおばあちゃんへ、ギャルズからお手紙が読まれました。
ハイ。ハイ。言ってクールなおばあちゃん。
本心は、嬉しかったんじゃないかな...と思ってる。
荷解きもそこそこに、お好み焼きをGTO姉弟(夫と義姉)と私との
連携プレイで作り焼き上げ、団欒のお食事中に、事は起こった。
本来ならばこの日ひと晩泊まり、昼ご飯まで皆んなで食べてから帰る予定だった。
毎年何か起こるけど、今年は円満に終わるんだと信じて疑わなかった8日目。
やはりただでは終わらなかった。
皆んな食べてるのに行儀悪くこたつに潜り込んでたあやたが、こたつの中でサイのお腹を殴るという卑怯なことをして、父激怒。。
とりあえずこたつから出て来いよと、あやたを引きずり出したところから...
事態は急変した。
とにかく過剰にあやたを庇いたい、救いたいおじいちゃん。
場を収めたいけど自分の意見も言わなければと頑張って主張する口下手なおばあちゃん。
いつになく二人が意気投合して立ち上がった。
義姉も、そこまで怒ることじゃないとあやたを庇う。
声が大きい。
やってることが恫喝だ。
皆んな楽しくご飯食べてる時にそんなに怒らなくていいんじゃないか。
後で自分の家族だけになった時に怒ればいい。
近所迷惑だ。
恥ずかしくてこの家に住めなくなる。
息子に注意したのに、自分が三人から一斉に責められる形になった父、憤慨...。
三人が発する言葉の全てに突っかかっり、怒りがどんどんエスカレート。
おじいちゃんのあやた贔屓、姉との権力の差のようなもの、食事中なのに大嫌いなカラオケ番組が垂れ流されてるシチュエーションも、怒りに一役買っていた。
私自身、夫のあやたとわこへの怒り方、接し方については日頃から不満があって、大抵の夫婦喧嘩はそこに言及することが多いので、
またか、と思いつつ、その時のはあやたも悪いし、正直そこまで酷くは無かった。
だけど実際、本人が思ってるより彼の声はデカイ。
そしておじいちゃんのあやた贔屓は、私もあやわこがもっと小さかった時は嫌だったこともあったけど、両親から一番怒られがちで、父から辛く当たられがちな長男なので、今となってはバランスが取れてて有り難いと、私は思ってる。
ここで、憤慨夫の味方になり切ることは出来ないけど、私も三人に加勢してしまうのはマズイと思った。
誰が悪いかハッキリしてる問題が起きても、
一人に二人以上で何か言うのはやめよう、一人が言ったら他は黙っとく、が、我が家のルールだった。
一人に複数で何か言うと、責められてる感覚だけが増長して本題が何処かへ行ってしまい、あらぬ事態を招くからだ。
皆んな同じテンションでいるので、事態はどんどん酷くなる。
いつしか、弟である夫が実姉にふっかける形となり、お互いタブーを浴びせ合いながら、メンツの潰し合い合戦に。。
全員が全員、それぞれ憤っていた。
今回のお祝いに関して、姉の企画にただ流されて乗っかってた弟とで温度差もあった。
そうして夫は、こんな家にはもういられない!!
今から帰るぞ!!と言う。
いじめたいわけでも味方になりたいわけでもない私は、即座にお断りした。
真冬の夜21時、これから二時間かけて四人連れて帰るリスクの意味がわからない。
義母ミッチーと私とで、どうしても帰るなら一人で帰ってくれないかと持ち掛けたが、何でこの俺が一人ぼっちで帰らなくちゃいけないんだと更に憤慨。
そこで今度は、あかりはどう思うんだと振られ、8個の目が私に集中。
おいおいやめてくれよ...と思ったところで逃げ道は無く。
皆んなそれぞれ疲れてるんです!
子供たちは帰り道寝てたけど、あやただけ寝てないし。
年末からずーっと一緒にいて、皆んな少なからずストレスはある。
だけどここはお父さんとお母さんの家で、普段二人で静かに暮らしてるところにこれだけの人が嵐みたいに来てるんだよ。
皆んなに責められて嫌な思いしてるのはわかる。
言葉尻ひとつひとつさらって逆上してるようだけど、誰も喧嘩を売ってるわけじゃない、喧嘩なんか誰もしたくないんだ!仲良くしたいだけなのに何でいつもこうなるんだ?!ラブ&ピース!!
...とは言わなかったけど、尻つぼみに無難なことを言ってその場を逃れた。つもり。。
綺麗事を言いたいわけじゃないけど、本当にそう思ったのだ。
あやたを庇いたい、皆んな円満に飲みたいだけなのに、毎度誰かの地雷を踏んだ末にメンツを潰されまくってるおじいちゃん。
平和主義なのに、口下手が災いして、自分の意見何も言えてないと無駄に責められて不毛なおばあちゃん。
途中からとんだとばっちりを受けて自分もあらぬ願わぬ展開になってしまった姉。。
今回の休み中、我が子らだけでなく姪と甥の面倒も引き受けてみていて(一般的には当たり前かもしれないけど)それは誰にも認められず、
結局は我慢して黙ってたこと全部言っちまい、ただの台風の目となった父。。
そこからはもう私の出る幕では無いと、徐々にその場をフェイドアウトし、子らのフォローに回り、母子でお風呂へ逃げた。
割り切って切り替え、きっちゃんと笑ってたら、背後から色々な目で睨まれてる視線を感じたけど、気付かないフリを決め込んだ。
その後は、話が堂々巡りで拉致あかず、夫が突然寝る形で解散...。
残された母子、気まずかった...。
朝起きてまた、気まずかった...。
気まずいまま荷造りをして、朝食後に帰る雰囲気に。
お父さんに、お世話になってお祝いも兼ねてたのに最後はこんな形になって申し訳ないと告げる。
あかりさんは気にしないでね、こちらこそごめんねと言われる。
GTO姉弟は、一切口を聞かぬまま。
お母さんに最後に話し掛けたら、泣いていた...。
もれなく貰い泣き。
そうして、後味の悪さこの上なく8日間身を寄せたGTO家を後にしたのです。
正午に下北沢に着いて、サイゼリヤで一家の反省会。
一人一人新年の抱負を述べた。
夫は「大きな声を出さない」(もはや永遠に言ってる)
あやたは 「暴力を振るわない」
だった。
二人とも何でこれを帰る前に言えなかったかな、と思った。
モヤを引きずったまま日常生活に戻り、迎えた最初の平日休みの朝、義母ミッチーに電話した。
その後は、気持ちを切り替えて親戚宅の障子の張り替えに行ったり忙しくしてたとの事。
年始の件の答え合わせをした。
「こっちもアレと同じ調子でからかって取り合ったのも悪かったのよ!いつものこと!」
こちらが話す前に、向こうから矢継ぎ早にアレコレ話されて、いつもの調子だったのでホッとして電話を切った。
でも、あの時はあの時で魂をすり減らしてたんだと思う。
その週末、今度はお父さんから、
「今朝、けんちゃんの声で、お父さーーーん!!と呼ばれた気がして目覚めたんだけど、変わりはないか?」と私に来電。
皆んな元気だと応えると、あの件は、お父さんもお父さんで悪かったと。
でもあの時、皆んな思ったことを言えて結果的に有意義な時間を過ごせたんじゃないかと思ってる。
けんちゃんにもごめんねと宜しく伝えて欲しい、と。お母さんに電話してくれてありがとう、とも言われた。
夫には、この内容は、つけ上らないようにやんわりニュアンスで伝えた。
毎年同じような事が繰り返される事に対しての傾向と対策について、私なりに色々考えて分析したことを夫に話すと、「うちの家族はそんなに深くない」と言う。
黒目がちな瞳で魂を擦り減らしてる人のことを思うと、一言で片付けて欲しくないが、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
お父さんから電話が来た時に、私なりに思ったことを伝えたいと思ってたけど、若輩者が言葉で伝えようとしても無理があると感じて、やめた。
今こうあるのは、私には当然分かり得ない、知る由もないこれまでのことや、家族にしかわからない事情がある。
この度わかったことは、
あまりにも長く居過ぎたという事。
やはり多勢に無勢は良くないと改めて思った事。
皆んな、人のことはよく見える(目に付く)けど、意外と自分のことはよく見えてなかったりする事。(自分も含む)
普段別々で暮らしてる家族同士がわかり合えることは限られてて、それを無理やり分からせようとしたり悲観するべからず。
親にされて嫌だったことは自分はしない事。
(これは、思ってても意外と難しい。けど、気付いて気にするだけでも意義があると思う)
してもらって嬉しかったこと、して欲しかったことはする。
私は、モットーである、何でも楽しんで生きることを根底に、子供達の味方でいる事。
気付いたことはフォローする事。
保育園で働き始めて半年、保育の現場でも家庭でも、毎日本当に色んなことを思う。
私が保育士を目指そうとした時、責任が重くて給料安いの知ってる?甘くないよ、考え直したほうがいい、なんで?どうして??
色んな人から、色々言われた。
興味の無い人は、へぇー....そうなんだ...無いな。何で今わざわざその資格を取りその職につくのかな、と思ってる人もいるだろう。
それは無理もないし、具体的になんでか聞かれると、私もうまく答えられない。
実際保育の現場で働いてみて、特殊な職業だなと感じると共に、職員さん達、パートさん仲間の人間力みたいなものにしみじみと驚く。
育児もそうだけど、子供達との関わりを通して自分を知ったりすることが、この歳になってもまだまだある。
現場は、綺麗事では済まされない、大人も子供もとにかく「生きてるんだ」という実感大。
私が追い求めるものは、そこなのかも?よくわからなくなってきて話が逸れたけれど、
GTO家は、皆さん驚くほど表裏が無い。
それは、時に青ざめるけど、間違いなく好きなところでもある。
何が良いことで悪いことで、正解か不正解かはわからないし、そんなの無いのかもしれないし、両方なのかもしれないし、その時の自分の心が決めるのかもね。
わこのインフル明け、出席停止期間中に、
ちょっと迷ったけど、あの年始以来初、思い切ってお母さんに連絡して手伝いに来てもらった。


























































わこ×草津〉




