アニメ「ちびまるこちゃん」
を、「ちびまるこさん」と呼ぶ6歳の息子に
脱力、兼癒された今日この頃。
ちなみに、好きな登場人物は山田。
一昨年あや太が入園して、ほどなくして
友達関係の壁にぶち当たり、うまいこといかずに、挫折。
酷い時では一週間毎日、暴力沙汰(加害者)でお迎え時に残されてた時期がある。
落ち込んでは悶々としていたその時、幼稚園の回覧の中にあった資料で、
何の気なしに読んで救われたものがあった。
経験して既に知ってること、耳に痛いことももちろんあり。
いわゆる育児本・マニュアルも読んだことがあるけれど、
その資料は、息子のことと自分のこれまでと現在、人間関係についても
思うこと多々あり、思わずマーカーを引きたくなる衝動に駆られた。
覚書のためにもここに内容を一部抜粋。
※前提※
○悪いことはやっぱり悪いということ(人を傷つけること)
○私自身が、小学校中学年頃まではハードないじめられっ子だったこと
(まだ幼かったので親には言えた)
○そして現在。年長になってからパッタリ落ち着いているけど、
喧嘩があるとすれば加害者側が多い母の立場であること
~『幻の子ども像』を追っていませんか・・・~by 青木悦先生
今一番子どもが辛いのは、「どこにも本当の気持ちを言えない」こと。
特に子どもが「本当の気持ち」を言えないのは、親と友達であるという事実。
私は子どもを育てながら、一方で子ども達のいじめ、事件、友達関係の
トラブルなどの取材をしてきました。
もう30年以上、こういう仕事を通じて、実にたくさんの方に出会ってきました。
その中で、今一番子どもが辛いのは「どこにも本音が言えない」
ということではないかと思うようになりました。
くっきりと気が付いたのは20年ほど前です。
「本当の気持ち」と表現したほうが、実態に即しているかもしれません。
特に子どもが「本当の気持ち」を出せないのが、親と友達らしいのです。
子どもにとって全てともいえる人間関係の中で、
気を遣って生きている子ども達に出会い続けています。
《いじめの中で、親に気を遣う子ども達》
2歳から小学校低学年頃までのトラブルは、ほとんどが喧嘩です。
この体験が大人になって社会に出て行く時、人間関係を作る力の基本になります。
叩いたり、叩かれたり、突き飛ばしたり、噛み付かれたり、時にはちょっと血も流したり。
もちろん程度問題ですが、こういうトラブル体験の中で、子供たちは大事なことを身につけていきます。
1、これ以上やったら血が出る。ひどいと骨が折れる場合がある。
でもそんなことを体験する前に、これ以上やったら先生が飛んでくる、
お母さんの目がつりあがる、なども含めて限度を知っていきます。
2、トラブルの中で、子ども達は違いを知っていきます。
Aちゃんは、2・3発ブン殴っても平気な子。
Bちゃんは、「殴るぞ」と言っただけで涙を浮かべちゃう子。
Cちゃんは一発殴られてもケロッとしているが、後で必ず復讐してくる子。
そんな事を学んでいきます。
それが出来にくくなっている状態が、いじめという言葉の後ろにも
浮かんでくるように思います。
私の言ういじめは、集団を意識し、集団による力を背景にしたものなので、
一対一のいじめはありません。一対一は喧嘩です。
集団の中で起きて、いつも同じ子がやられることが続く場合を、
私は「いじめ」と判断しています。
いじめを受けてきた子達は、自分がひどい目に遭っている事実を
一番知られたくないのは親だ、と言うのです。
「なんで?」という問い掛けに、子どもの答えは、
「お父さんをがっかりさせたくない」「お母さんを悲しませたくない」
「親に迷惑かけられない」というものでした。
こういった子ども達の言葉を、「親思い」と言う方がいますが、大きな間違いです。
これは子ども達が親に遠慮している、むしろ親を気遣っている、そういった姿だと私は捉えました。
《我が子がわからない親たち》
こんな子ども達に出会う一方で、実にたくさんの親御さんが
「我が子がわからない」と言ってこられます。
もちろん個人差はありますが、どの子も自立の直前に無口になる傾向があります。
特に男の子に顕著で、実に正直に物を言わなくなる時があります。
中には喋りっぱなしで大人になるお子さんもいますので、個人差があると思ってください。
この急に無口になる時期の我が子がわからないという方々の話を聞き、
二つのことに気付きました。
1、幼児期からの親子関係の確認を、言葉に頼りすぎている人が多いのでは、ということです。
電車に乗った時、4・5歳の男の子が、お母さんに猛烈に叱られている現場に出くわしました。
お母さんの声が車両中に響いていて、見てはいけないと思いながらも、
関心は全部そちらに寄せていました。
注意は終わった後のようですが、「分かったの?じゃあお返事は?何その顔は?」
これが繰り返されています。
見ると返事をしない子どもに、お母さんがイラついているわけです。
車両中の全神経がその親子に集中。
この「世間の目」が、お母さんの背中に針のように刺さっているのではないか?
と自分の体験から想像しました。
出産し、母という呼び名が人生にプラスされた途端、
それまでほとんど意識したことのない、世間というものを妙に意識してしまう。
子どもと2人、いつもどこか評価を含んだ目で見られている。
そんなストレスを感じたことが、私にはありました。 ←←←私もある
だからこのお母さんも、我が子に声を荒らげているというよりは、周囲の人達に向かって
「私は母親です。ちゃんとしつけをしています。」と言いたくて、余計声が高くなっているのかな?
と思いました。ただ職業柄、ここで返事が出来ない子供の気持ちにも検討がつくのです。
なぜ返事が出来ないか?最悪の叱られ方だからです。
人前で、頭ごなしに、長時間。
一番良くないのは、長時間ということです。
幼ければ幼いほど、その前に起きたことを覚えている時間は短いので、
あまり長々叱られていると、途中で何が起きているのかわからなくなってしまいます。
ただし、小さな子供を連れて街を歩いている時、危ないですから、注意はいっぱいしてください。
ただ注意にはポイントがあります。「一回一回の注意は短く」ということです。
ついカーッとなって注意したら、その言葉から様々な記憶が蘇ってきてこの際だから
アレもコレも、ということがあります。
これは最悪です。 ←←←たまにやってしまう
毎回そのことだけを短く止めればいいのです。
この場合も、そのために子どもが混乱しているのかな、と思いました。
ですから「気持ち分かるよ。でもお母さんも引っ込みつかなくなってるし、
また次の駅で新しいお客さんにジロジロ見られるから、ここは辛いだろうけど返事しちゃいな」
と男の子に一生懸命頭の中で信号を送りました。
通じたのか、男の子はゆっくり「うん」と返事しました。良かった、終わったと思いました。
ところがお母さんはひときわ高い声で「うんじゃないでしょ!」子どもは兵隊みたいに「はい!」と。
こんなやり方をずっとしていると、お母さんの前では「はい」と言っておけばいい、
それしか伝わらなくなってしまいます。
言葉だけで親子関係の確認をしていると、子どもの言葉数が少なくなった時、
途方に暮れるということがあるかもしれません。
2、ここからが一番お伝えしたい部分です。
我が子とは全く違う、まるでスーパースターのような、
親が勝手に頭の中に作り上げた子ども像、私はこれに『幻の子ども像』と名付けました。
「我が子がわからない」という方達は、この『幻の子ども像』を作り上げて、
我が子とそれをいつも比較しているのではないでしょうか。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
▲全く身に覚えが無い頂き物画像
スーパースターとまでは無いとしても、
自分から産まれたとて別の人格である子供に
こうあって欲しいとか、私の子だからこうなはず、こうあるべき、などと
無意識に考えを押し付けたり、勝手に作り上げたりすることって、
多かれ少なかれ、大小問わずあるなと思う、『幻の子ども像』。
自分の中でだけ、密かに流行語大賞だった、『幻の子ども像』。
そして、『幻の母親像』。
続く。。。












