レミオロメン(※1)
・・・そうです。
「Thank you&Goodbye・・・童貞の日」
さかのぼること16年前。
僕が童貞を捨てた日です。
当時の記憶は今でもなお鮮明に残っており、その晩に友人宅でマクドナルドの照り焼きバーガーLセットをお赤飯がわりに食べながら、岡山駅西口のカラオケ屋でのいきさつを、一部始終友人たちに語ったのをよく覚えています。
毎年「3月9日」が近づくにつれて、
「もうそんな季節か・・・(梅の花の蕾を眺めながら)」
などと、流れる季節の真ん中で、ふと日の長さを感じます。(※1)感慨深げに当時のことを振り返りながら、人生について深く考えたりもしてきたのですが、今年の3月9日は例年の3月9日とは感慨深さのケタが違いますね・・・ケタが。
要するに、悟ったんですよ・・・ついさっき。
というのも、フと思い立ったんです。
「マック行こ」って。
で、自転車こいで今、酒津公園の近くのマックでブログを更新してるんですけど・・・もちろん照り焼きバーガーLセットをお赤飯がわりにつまみながら・・・

で・・・何を悟ったのかと言うとですね、
要するに
「童貞心を忘れてんじゃねぇよ・・・俺ッ!!」
ってことなんですよ。
「童心」
じゃないよ。
「童貞心」
だよ。
なんて説明したらいいんですかねぇ・・・
あの当時って、周囲の友人が次から次へと童貞を捨てていくんですよ。
で、そんな中、
「俺、まだヤッたことねぇ~~~!!」
って雄叫びをあげてたんですよね、つねに。
取り残されたくないというか、負けたくないというか、未熟さを認めたくないというか・・・
そんで、なんかその雄叫びの感じがよかったよなぁ・・・っていうのをついさっき思い出したんです。
で、僕自身もう身体的には童貞ではないのですが、なんていうか・・・
「色んな経験」に対して童貞なくせして、雄叫びをあげていないんですよね!!
「それって、童貞である事を隠してるようなもんじゃないですか。」
で、男ならやっぱり堂々と欲望をむき出していたいんですよ。
「ヤリたいならヤリたい」と。
ハッキリ有言して、シッカリ実行する。
そんな風にして、未経験なことに果敢に挑戦していきたいじゃないですか、そして飛び越えていきたいじゃないですか、童貞の壁を!
だから
「一億円コミュニティー」も始めたし
「二億円オーディション」もすべきだし
「三億円サミット」も、やり続けなければならないんです。
で、雄叫んで、雄叫んで、雄叫んで、雄叫んで
「生涯年収三億円」
という一つのハードルをクリアしなければならないんです。
まだまだヤリたいことはたくさんありますんで・・・
とりあえず、今の僕は
「三億円童貞」
ということで
悶々としているのであります。
「三億円サミット」をよろしくお願いします。
第3回(2/23) 三億円サミット感想
今回「三億円サミット」の話題で盛り上がった内容があったので紹介します。
「サダノハガクト」
正式に表記すると
「佐田野はGackt」
といったことなのですが
みなさんは「人気者で行こう」
と言う番組をご存知でしょうか?
ダウンタウンの浜ちゃんが司会をしていた番組なのですが
その中に、格付けチェッックというコーナーがあり
内容は、高級品と安物を比べてどちらが高級品なのかを見ずに当てるといったものです。
当時、その番組を毎週何気なしにみていたのですが、そこで印象に残っていた存在が
「Gackt」と「石田純一」
なんです。
ワインの飲み比べや、楽器の聞き分けなどをするのですが
Gacktは次々と正解していく中、石田純一はバタバタと不正解をだしていくんです。
その様子がこの番組の面白さなのですが、そのことをふと思い出して
三億円サミットで喋ってみたんです。
で、Gacktってなんていうんですかねぇ・・・
「判断基準がブレてないんですよ」
雑念なく純粋に判断できてるっぽいんです。
反対に、
石田純一って雑念だらけでブレブレになりやすいっぽいんですよね。
ファッショナブルであったり
スタイリッシュであったり
ムーディーであったりすると
判断基準がブレて
安物が高級品にみえてしまう・・・とか、
有名人の誰々が愛用してるとか
今、話題だからとか
やたら周囲が絶賛していたりすると
「ナシ」だったものが「アリ」になっていく・・・みたいな。
自己を確立しているような人であれば、そんな一面も
可愛げがあったり、チャーミングであったり、
憎めないヤツ、になるのですが
自己を確立できていないような人がその傾向に煽動されると
ブレブレ状態のまま、本質そっちのけで「好評価」してしまうんです。
だから
「オシャレなだけ」の店が異常に流行ったりしてしまうのです。
佐田野は
「オシャレなだけ」の店に対して昔っから怒っているような人物でした。
そして
「ふるいちのぶっかけうどん」
に対して20年前から
「いいねボタン」
を押し続けている人物でもありました。
食べ物とか商品とかって口にしたり手にするまでに
なにかと
「チマタのウンチク」
という名の添加物が入るものなんですよ。
それはそれで仕方のないことなのですが
その添加物が入ったせいで
「自分の判断基準がブレてしまっている人」
が増えていってるのは深刻な問題だとおもうのです。
本質をとらえる判断基準がブレてしまっては、
その先の選択がすべてボタンの掛け違いのようになってしまうおそれがあるとおもうのです。
『自分が昔から大事にしている「判断基準」を思い出してください。
そして、それを元に選択をしていってください。』
佐田野から昨日、こんなメッセージが届きました。
「おい、星児!ラーメン屋敷(倉敷市羽島)のスープが薄くなっとるぞ!」
森保星児のラーメン史において、殿堂入りを果たしている
「ラーメン屋敷のスープに異変!?」
この事実を確かめにこれからラーメン屋敷に
「自分の判断基準」を持って潜入してみたいと思います。
第4回 三億円サミット
テーマは「ユビキタス社会」(内容が変更することがあります)
3/2(土)
20:00~22:00
場所 三億円サミット会場(倉敷市大島カラオケまねきねこ近く)
(筆記用具、メモ帳持参)
どなたでも参加自由です!
「気まずさの壁」を振り払ってぜひ参加してみてください!!
第2回(2/16) 三億円サミット感想
第2回 三億円サミットで
「過去に勢いで購入したけど今は家に眠っています」
って品を持ってきてもらってたんでそれを紹介します。

(数年前にチョークアートに惹かれ、スターターキット的なもの購入したそうです。しかし、一作品を完成し終えるとクリエイティブ熱も冷めたようです)
(若者にドキドキ感を届けたい!ということで岡山市問屋町に設置してあったガチャガチャ。中身は自作の4コマ漫画で時事ネタを題材にしていたのですが、これもVol.1、Vol.2を経てクリエイティブ熱が冷めたようです。確か、富永愛がなんたらかんたらという内容だったとおもいます)
ガチャガチャの方は、これを機に、再稼働させていく予定なので(内容は一新して)自分もガチャガチャで作品を販売したいとか、なんか面白そうだと思っていただけたら、ぜひ三億円サミットにご参加ください。
さて・・・
今回の三億円サミットでも喋ったのですが
そもそも三億円っていう「名前の由来」をよく聞かれるのですが
少しだけその事についてお話しますね。
よく生涯年収は二億円ってことを耳にしたことがあるんです、一つの目安としてね。
二億円・・・。
今までは、ふ~んって感じで流してたんですけど最近になって、二億円ってことは年収でいえばいくらになるんだろうって計算してみたんですよ、ざっくりとですけどね。
そしたら、
22歳~60歳までコンスタントに年収500万円と退職金が1000万円で2億円なんですよ。
ちがうパターンでいくと
20代は300万円。30代は400万円。40代は500万円。50代は600万円で2億円なんですよ。
ほーーーーっておもったんですよ。
こりゃ無理だなって・・・。
で・・・でですよ。
どうせ無理なのであれば
「一億円サミット」
って名付けるよりも
「三億円サミット」
って名付ける方が縁起がいいかなっておもったんです。
ただそれだけ・・・。
で、そんなことが言いたいんじゃないんです。
最近もの凄く「お金について」脳を使ってるんです、僕。
逆に言えば、今までの人生、脳を「お金について」働かせたことが一切なかったんです、僕。
「やりたいことをしたい」ということだけを考えて生きてきたんで。
で、お金についての本を読みあさってたら
ビッシィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!
ときたものがあったんです。
「自分はどのタイプ?」
①起業家
②経営者
③人気者
④投資家
⑤蓄財家
⑥開発者
⑦地主
⑧交渉人
まぁ、よくあるタイプの質問なんですけど、普通はこれってYes・Noを答えていって導きだされていくもんなんですけど、三億円サミットではただひたすらに質疑応答を繰り返してどのタイプなのかを判別するんです。
そして、この8つの「どの立場になりきって」お金について考えていくのか?によって今までよりも「円や縁」を引き寄せることができそうなんです。
で、僕自身は自問自答し、質疑応答した結果
「起業家」
ということになりました。
「新しく事業を起こす人」
その言葉を目にした時、
新たに第2波の
ビッシィィィィィィィィィィィィ
が押しよせてきました。
僕は今まで、新しく事業を起こしてきたという点で言えば
ひじきんの立ち上げ。
流儀の立ち上げ。
AWNEの立ち上げ。
YUPAの立ち上げ。
という4回の飲食の立ち上げに参加し
占いの立ち上げ。
教養造形の立ち上げ。
イラストデザインの立ち上げ。
映像作品の立ち上げ。
というクリエイターとしての立ち上げが4回。
(そこそこ出来たものから中途半端なもの、愚にもつかないものまでありますが)
よくよく考えたら
朝から晩まで立ち上げっぱなしなんですよ・・・。
で、今回の「三億円サミット」も立ち上げですし・・・
そして、占いに関していいますと
僕は占いを「あたる・はずれる」といった概念でとらえてないんですよ。
それよりも占いを「キッカケにする」ととらえているんですね。
で、色んな人と話してて感じた事があるんですけど
やっぱ、みんな腰が重いんですね。
いくら頭で描いててもアクションに移すのってシンドイんですよ。
で、僕の仕事はその重たい腰を「占い」を使っておこすというか・・・
そう・・・おこす、おこす、起こす、・・・起こす。
あっ・・・
次のステップへのやる気を起こさせる人・・・起業家(別名:よっこいしょ)
面倒臭がりの重い腰を起こさせる人・・・起業家(別名:どっこいしょ)
僕は生粋の「起業家」なのかもしれません。
そして、つくづく思いました。
人には必ず「畢生(ひっせい)の業」があるんですね・・・
第1回(2/9) 3億円サミットの感想
「緊張と緩和」ってあるじゃないですか、張りつめた空気が和らぐって感じの。
会議やサミットってこの「緊張と緩和」が大切なんだなって痛感しました。
3億円サミットは一応2時間で解散ってことになってるんですよ。次の日に仕事や用事がある人もいるのでダラダラと話をし続けてもいけないとおもって。で、特に次の日仕事も用事もないメンバーが残って放課後トークしてた時にフッとこんな話になったんです。
「あの・・・、今、自分の家に眠っているガラクタを発表してもいいッスか?」
「ん?別にいいけど・・・どういうこと?」
「あのですねぇ、昔、シルバーアクセサリーを自分で作ろうと思ってこまごまとした道具を一式揃えたんッスよ。けど結局一回も使わずにしまってあるんッスよね。俺、家にそんなもんばっかあるんッスよ!エアブラシとか色鉛筆とか、ガンダムのプラモデルも・・・」
「え?・・・どういうこと?それって買ったけど結局やらなかったってこと?」
「はい。買った時がピークでどんどん熱が冷めたんで新品同様で家に転がってるッス」
「・・・それってもったいなくない?」
「そうなんッスよ。そうなんッスけど、今さらやる気も起きないんッスよね」
「てか、それって絶対誰かに譲った方がいいと思うよ?だってやりたくても買うお金を惜しんでやらずじまいの人って多いと思うし・・・」
「なるほどッス!そうだ!この3億円サミットを通じて何か始めたいって人が現れたら、その道具を譲ってみたら面白いかもしれないッスね」
「ほぅほぅ。じゃあ、じゃあ次のサミット(2/16)で、とりあえず自分の家にある「今は使っていないもの」を持ち寄って、当時、なんでそれを買ったのか?なんでそれを使うのを辞めたのか?って言うエピソードを一人一人発表しようか!そしたら案外、もう一回してみようかなって気になるかもしれないし、もしそうならなかったとしても、この3億円サミットにきて、何かを始めたいっていう人が現れて、興味を持ってくれたら譲ればいいわけだし!」
「確かに!自分の家に、買ってはみたものの結局1、2回しか使わなかったよな的なものってあるッスもんね。それを「おさがり感覚」で誰かに譲ることで、ガラクタ扱いされている「それ」のリサイクルになるし、もっといえばそれをキッカケに「誰かのやる気」に火をつける可能性もあるわけだし」
といった経緯の話が、本編の2時間では全く出てこなかったのに、一旦解散して、残ったメンバーでの雑談内で出てきたって事が、まさに「緊張(サミット)と緩和(放課後トーク)」だったんだとおもいます。
てなことで
「第2回 3億円サミット」
テーマは
「あの日のガラクタ 昔話商店」
第1回の参加メンバーは、家に眠ってあるガラクタを持参して、それを購入した経緯やその時の情熱などを喋ってもらいます。
ぜひ3億円サミットに参加して、その様子を楽しんでください。そして、もしそこに興味のあるガラクタがあれば、それをあなたの情熱次第で「譲る」ということもありえます。
ちなみに僕は
粘土造形をしているのですが
それを複製するための
「シリコンや透明レジン」などが一式あるのです。
しかし、やらずじまいで眠っているので
誰かやる気があれば譲りたいし、その創作過程をみることで僕のやる気が湧くこともあるとおもうのです。
ほかに何点か、あの日のガラクタがあるのでUPしておきます。

片岡鶴太郎の作品展に言った時、作品の左下に押してある篆刻に興味が湧き購入・・・しかし一度も使わず。(写真の篆刻は美観地区内にいた篆刻家のおっさんに作ってもらったもの)

西原理恵子の「いけちゃんとぼく」みたいな作風を目指すため購入。しかし、べた塗りの面倒臭さに遭遇し挫折。

ワンピースの尾田栄一郎がインタビューで色鉛筆にハマっているとの情報を耳にし、即購入。しかし僕自身は何ピースでもないのでそのままフェードアウト。
2013年2月16日(土) 20:00~
「第2回 3億円サミット」
主催者 もりやす星じ
参加費 無料
場所 倉敷市大島カラオケまねきねこ近く
(筆記用具、メモ帳持参)
参加希望の方はもりやす星じのFacebookより、コメント、メッセージをよろしくお願いします。
もりやす星じの履歴書・・・4
「学校」
「仕事」
「恋人・家族・友人」
「ハプニング」
この履歴書を書くにあたっても、やはり目印となっているのは仕事、ようするに転職です。しかし、転職することなく6年半「遊食酒蔵 ひじきん」で飲食の仕事に関わっていた時期は、どこか記憶が曖昧だったりします。特に時系列がグチャグチャですね。
1979年06月11日 07:55生まれ AB型 木製人(-) 未 3男
まずはこの年表をご覧ください。
2003年 春3年目 24歳 立花
2004年 夏1年目 25歳 健弱
2005年 夏2年目 26歳 達成
2006年 夏3年目 27歳 乱気
2007年 秋1年目 28歳 再開
2008年 秋2年目 29歳 安定
この時期の出来事を記します
・六星占術、四柱推命を勉強する
・スピリチュアル、パワーストーンに興味を持つ
・1人スケートにはまる
・片岡鶴太郎展に行く
・パワースポットの出雲大社、須佐神社に行きお賽銭に3万円入れる
・1人サーフィンにはまる
・彫刻刀や絵の具、墨、カメラを購入するもすぐにあきる
・スポーツジムで水泳を始める
・占いスタート。女友達が増える
・一人暮らしを始める
・オシャレに目覚め服がすべて「DIESEL」になる
・1人ドライブにはまる
・ほぼ毎日食べ歩き、それを日記に書く
・小説、自己啓発本を読み始める
・初めて自分の家のお墓の場所を知る
・自己啓発本を書き始める
まぁ色々と出来事はあったのですが
この時期はなんといっても
「女友達の話し相手になっていた」
の一言に尽きる日々だったとおもいます。
「ご飯をごちそうしてあげて、恋愛や仕事の悩みも聞いてあげる」
振り返ればこの時期はそうとう徳を積んでたんじゃないかというくらい徹底してこの作業に没頭してましたね。
「あげまん女子」を一人でも多く育成する栽培キットとして
「占い」を始めたようなものですから。

(占いが少しづつ浸透してきたので作った、1番最初の占いの名刺2007年)

(グルメ帳の中からいいお店を選んで女友達を誘い占いをしてあげてた)
僕は基本的に「占いの能力」があるというよりは
「聞き役に回る能力」があるんです。
そして聞き役に回ることで、女子の思考パターンというのが少しづつ理解できるようになったんです。
占いを「娯楽」としてとらえるのであれば
「わたしの未来に何が起こりますか?」
という姿勢でいいとおもうのですが
悩みに振り回されないようにしたい、
人生を軌道修正したい、とおもうのであれば
「未来」に「何が起こる?」よりは
「過去」に「何が起こった?」と
自らの足跡を、占いを通じて辿ってもらった方が
正確に人生を軌道修正することができるとおもうのです。
「占い」を「娯楽」としてとらえている内は
「自分を変えるキッカケ」にすることはできないでしょう。
僕は少なくとも
「自分の人生を納得のいくものにする」
と決めてからは占いを「娯楽」としてとらえるのではなく
真剣に自分の生活に取り入れて
新しいリズムを作っていきました。
運気を読むことができれば
運気を上げることもできるはずとおもっていたので。
このように僕は「遊食酒蔵 ひじきん」というところで
飲食に携わっていたにも関わらず、頭の中は
「女子」
「占い」
「運命」
「天職」
「創作」
「自己啓発」
という分野のことばかりでいっぱいだったのです。
そして、自分のわがままで仕事を辞めることになるのですが、そこから先は履歴書1に書いた通りです。
この時期はほんとうに自分の「我の強さ」みたいなものと向き合わされましたね。
そして、その「我の強さ」が悪い方に転がって
「協調性のなさ」
「社交性のなさ」
「愛想のなさ」
「おもいやりのなさ」
を引き出したんだとおもいます。
開店間際と閉店間際の来客に対しての舌打ちの大きさは、スタッフの「いらっしゃいませ」をはるかに上回るほどのボリュームで、ずいぶんと失礼があったことは悔やんでも悔やみきれないものがあります。
相当に精神バランスを崩してたんだとおもいます。
「我の強さ」は自分の今の「仕事」によって
「良い面」が引き出されたり
「悪い面」が引き出されたりするものなので
慎重に、真剣に選ばないと
精神がボロボロになって
身体も不調を訴えてきます。
最近の僕は完全にフリー状態なので「我の強さ」が良い方に転がっているんだとおもいます。
飲み会に顔を出す事6回。
バッタリ知人と出会う事9回。
コインランドリーでおじさんおばさんに話かけられ
30分ほど立ち話すること2回。
セルフのうどん屋で隣のテーブルも拭いて帰ること1回。
ここ1ヶ月、手袋を落とした人に
「手袋落ちましたよ!!」
と声をかけること3回。
移ろい行く自分の心境が手に取るようにわかるんです、最近は。
「占い」と「料理」と「創作活動」
この3つのバランスが僕の中で居心地よく保たれつつあるのを感じています。
そして、これから訓練校で4ヶ月間しっかり学んで「我の強さ」が良い方向に転がっていく仕事をつくっていかなければなりません。
「血」湧き「肉」踊る・・・けれど「骨」がない。みたいにならぬよう、信念をもって突き進んでいけたらとおもいます。
あこがれの人
15年ぶりに福山に行ってきました。
夢を叶えようとしている人であれば、自分の人生において影響を与えてくれた有名人・著名人というのが1人や2人いたりするものです。
少なからずとも今の僕は夢を叶えようと日々、やるべきことに打ち込んでいるのですが、その道しるべにもなっている人物、尊敬する人物がいます。
「水野敬也さん」
そして、今回はその水野さんの
「サイン会に行く」
という、いわゆる「ミーハー的」なことをしてきました。
昔から芸能人・著名人に対して「会いたい」などとおもうほうではないのですが(とはいっても、小学校のころラッキー池田とタカビー近藤が清音に来た時は家族で見に行きましたが・・・)今回の水野敬也さんに関しては機会があれば「会っておきたい」となぜかおもっていたのです。そして、今回の出版記念での福山でのサイン会が一番の接近のチャンスでした。
ここで水野敬也さんを知らない人のために少し説明しておきますと自己啓発系の小説家であり、DVD制作の企画、構成、出演などもしていて、出版物は7、8冊あるのですがその中でも、群を抜いたベストセラー「夢をかなえるゾウ」は200万部を突破するという快挙を成し遂げた36歳の作家さんです。
僕も5年前に手にした「夢をかなえるゾウ」という作品に衝撃を受け、それから大きく自分が変わった、人生が変わったうちの1人であり「人に影響を与える作品」というものに魅せられ、いつか自分も作家として活躍したいとおもうようになりました。
福山のサイン会前日。
自分の造形に新たな要素を取り入れるための会議を4人でしていたのですが、そこで有意義な内容の打ち合わせになったので割と早々に解散しました。そして、その中の1人佐田野ともう少し残って喋っていた時にふとサイン会の話になったのです。
「そういえばお前、水野さんのサイン会手ぶらで行くつもり?」
「いや、一応なんか手土産はいるかなぁと思って水野さんのイメージで粘土を創ってみたんだけど、どうもしっくりこなかったから手ぶらになるとおもう・・・」
僕はその数日前から水野さんの「LOVE理論」という本にでてくる「水野愛也」という恋愛体育教師のキャラクターを自分なりに表現しようとおもい創作していました。
そのキャラクターのイメージは愛染明王に近く、僕の好きな仏像のジャンルだったので楽しく創っていたのですが途中から(・・・これ、本当に喜んでもらえるか?)などという気持ちが頭をもたげてきて、創り始めは似ていたはずの作品も、作り込めば作り込むほど似ているのかどうなのかよくわからなくなり、結局、途中止めになっていたのです。

(怒りのあまり頭皮が角化しつつ、脳がさらけ出されている)
「いや・・・だからって、手ぶらで行くのはどうかとおもうよ!てか普通の人ですらなんらかしらのプレゼントは渡すとおもうし・・・、てかお前も形は違えど作家として活動していきたかったら普通ではないプレゼントの1つでもして、顔と作品を覚えてもらう必要はあるだろうし・・・、てかなんで納得のいくものができなかったからといって手ぶらという発想になるのかわからんし・・・、てかそういえばお前1年前に水野さんの出版社に小説書いて持っていくとかいっておきながら小説なんか書いてねーし・・・てかお前、天邪鬼にナンタラカンタラウンタラカンマン・・・・・」
・・・僕はいつもそうだった。
ドラゴンボールZの悟空が界王さまの所から、蛇の道を通って急いで下界に返ってくるシーンがある。僕は小学4年生の時の文集の表紙にその絵を描いた。
(確かこのアングルの悟空を描いた記憶がある)
その絵を見た友人は、みんながみんな僕の絵を褒めてくれた。
普通ならそれで終わるのだが僕はそれを喜ぶことができなかった。
・・・なぜならば僕は、その文集の表紙の絵を学校の授業の時間内に納得のいくものにできず、自宅に持ち帰っての宿題にした。・・・そして、兄貴が持っていた「カーボン紙」を使って悟空のイラストを複写したのだった。
その時から僕は「逃げ癖」がついている・・・
今回の一件も、自分で作品をプレゼントしようとおもい、それを創る・・・といった所までのアプローチはなんら問題は無い。むしろ「もりやす星じの強み」とは「思い立ったら即行動までのスピードが尋常ではなく早い」といった所であり、それは自他ともに認めてもらっている所でもある。(以前、馴染めていない会社の昼休憩に「水島に無修正のアダルトビデオを販売しているお店がある」といった漠然とした情報を耳にいれ、その晩に全く土地勘のない水島を5時間ほど巡回したことがある)しかし、そこから「納得のいかない要素」というものが出てきた瞬間に、モチベーションが急落してしまうのである。そして今回はそこを佐田野に完全に突かれたのである。
「お前は「納得ができないからやらない」とか「納得ができないからやる必要がない」などと言って、すべて「納得」という言葉に逃げてきただろう。しかしな、よく聞け。お前の納得のいかなかった作品を水野さんが「これ、いいね」と言ってくれたらお前はどうなる?多分、自分の作業に、そして自分の作品に納得するだろう。結局お前は「納得」という言葉を「逃げ道用語」として使っているんだ。いいか!この先はお前が作家として売れるまで「納得できなくても納得しなければならない」ことの連続だ。作品の完成度が納得できないからといって「水野さんにプレゼントを渡したい、自分をアピールしたいという気持ち」がこのまま水に流れてしまっていいのか?お前は今までその考え方で何度もチャンスを水に流しているゾ」
それから佐田野は深夜を通り越して朝方まで、僕の作業を手伝ってくれた。
そして僕は一睡もせず昼過ぎまで作業をして、そのまま電車で福山まで向かった。
「もりやす星じが納めた手土産の数々」































・これらをすべて写真にし、その裏にメッセージをすべて手書きで入れたもの

・誰しも心に受けた傷を奥底に秘めているものである。だからこそ人に対してもやさしくいられるというのを表現したマグネットフィギュア「心閉秘之坊」

・慣れない環境や苦手な人付き合いで頬肉が引きつりそうになるが、それでもその場の空気を壊さないような忍耐力を表現したマグネットフィギュア「ほほ肉引きつり之坊」

・悪霊を寄せつけないように全身を般若心経で覆ったのは耳なし芳一だが、靴屋の前を通りかかった時に、靴を履くため前かがみになっている女性の胸元が開いているのを、足を止めてチラ見してしまいたくなるような邪心が寄り付かないように全身を淫語で覆った「頭皮淫乱用語だらけ之坊」のマグネットフィギュア

・仕事もせずに真っ昼間から発泡酒ばかりを飲んだり、タバコをやめると言っては1週間後にはすぐ吸い始めているなど、説得力の無い生活ばかりしているクセに説教ばかりは一丁前にする「仏のおっさんの壁掛け」
(説得力というのは、その人のやってきたこと(実績や功績)と比例して増していくものだが、ダラダラした生活をしている人の言葉にも説得力(物事の本質)は宿っていることがあり、それをその人の地位や立場、実績や功績に関わらず見抜き、自分の腑に落とす力を「納得力」と僕は勝手に呼んでいる。「お前に言われたくねーよ」と思う相手の言うことでも「確かに一理あるな・・・」とおもえば素直に納得したまえ・・・と「仏のおっさんの壁掛け」はおっしゃっているのです)
そしてこれらを詰め合わせ、引き出物感を意識して包んでいったのです。(今回、佐田野と盛り上がったのはこの「引き出物感」と「のし感」であり、この演出がこの先の明暗をわけるであろうと2人で言っていた)

選べる引き出物カタログとサービスチケットの入ってそうな演出
これらはすべて開演1時間前に福山市内で準備したもので、文具屋や雑貨屋やダイソーなどを駆け回り用意したのだ。そしてやっと「のし感」を存分に演出したプレゼントができたと安堵していたが、それらを持っていく前に、1つのアクシデントに見舞われた。
これらをすっぽりと入れる程の大きさの「紙袋」がないのである。
「紙袋」=「引き出物感」
開演まで10分・・・
もりやすは頭をフルに回転させた。
(すっぽりと箱が入る紙袋・・・すっぽりと箱が入る紙袋・・・すっぽりと・・・すっぽりと・・・、箱・・・、はこ・・・、・・・くつ・・・靴。そうだ、靴だ!!)
もりやすは辺りをは見渡すと「洋服の青山」の看板が目に入った。
「ここだ」
手に溢れるほどの荷物を持って「洋服の青山」に駆け込んだ。
そしてもりやすはなるべく物腰のやわらかそうな店員を探した。なぜならもりやすは靴が欲しいのではなく靴を入れる箱がすっぽりと入る紙袋が欲しいのであり、なるべくなら何も買い物をしない状態で紙袋をもらいたかったのである。しかし、いくら探しても物腰のやわらかそうな店員は居なかった。もりやすは仕方なく50代くらいの松居一代似の店員に声をかけた。
「・・・すいません。あの、靴の箱を入れる袋・・・、紙袋みたいなものってもらえませんか?」
「・・・紙袋?すいません、紙袋ならお買い物をしていただかないと。紙袋だけというのは差し上げるわけに÷%$&$#”+`P+」
(やっぱりな・・・)
もりやすは店内を見回すとある一つのコーナーに目が止まった。
mizuno
運は味方してくれている・・・
もりやすは総合スポーツメーカー「mizuno」のコーナーから1980円の白のTシャツを手に取り会計を済ませた。そして、最後の最後に水野さんにmizunoのTシャツというダジャレのアクセントに胸をなで下ろした。
そして堂々と店員に
「靴の箱を入れる紙袋を下さい」
と言った。
・・・もりやすは会場に間に合った。
そして、ベンチに腰をかけ、さっき購入したTシャツにのし袋を貼付け、そしてプレゼントの全部をさっきもらった紙袋へと詰め込むときだった。
・・・入らない・・・
もりやすの用意したプレゼントのフィギュアの詰め合わせは急遽箱詰めをしたせいもあり寝かして置かなければならなかった。しかし、靴屋の紙袋は本来箱を縦にしていれるので「縦長」、もりやすがほしがっていた紙袋は「横長」だったのだ。
今回の演出のキモである
「のし感」
「引き出物感」
これができなければ渡しても意味が無い。
それほどまでにこの2つの演出は僕にとって、そして友人の佐田野にとっても大切なことだった。
納得のいかない形でプレゼントを渡すのにもりやすは正直とまどっていた。
「納得のいかない要素」
もりやすは、佐田野の言葉をおもいだした。
(結局お前は「納得」という言葉を「逃げ道用語」として使っているんだ。いいか!この先はお前が作家として売れるまで「納得できなくても納得しなければならない」ことの連続だ。作品の完成度が納得できないからといって「水野さんにプレゼントを渡したい、自分をアピールしたいという気持ち」がこのまま水に流れてしまっていいのか?お前は今までその考え方で何度もチャンスを水に流しているゾ」)
佐田野という人物は実績があるわけでもなければ功績を残しているわけでもない。毎日をダラダラと暮らし、友人たちにも「お前に言われたくねーよ」と思われているところもあるような男だ。それでいて説教臭いところもある。しかし、言葉の節々に物事の本質が宿っているところがあり、もりやすは今回それで自分を奮い立たせたところも事実あった。そして、それこそが「仏のおっさんの壁掛け」の教えでもあった。
「納得のいかない形でもいい」
もりやすはプレゼントをもって列に並び、自分の番がくるのを静かに待った。

もう少し・・・
そして・・・
もりやす「お会いできて、光栄です」
水野さん「ありがとうございます。あの、入れてもらいたい言葉ってありますか?」
もりやす「あ、それじゃぁ・・・、しがみつけ・・・で」
水野さん「ははははは。しがみついていかないといけないですもんね。」
(横に文響社社長山本さんがいる。山本さんに向かって)
「これ、こついいたぃいな、コ、コイツ痛いなって思われるようなものを詰め込んで来ました。(事前に用意したセリフであるがゆえに、ここでの噛み方は尋常ではないレベルであったことは言うまでもない)もしよかったらアトリエにでも置いて頂けたら幸いです」
山本さん「お~ありがとうございます。ぜひ!」
水野さん「え?何されてるんですか?」
もりやす「あ、はい。造形作家してます。自分で粘土で創って」
水野さん「へ~、そうなんですか。がんばってください」
もりやす「はい!がんばります」
(ここで「いつかご一緒にお仕事ができればとおもい今日はきました」と言おうとおもっていたのだが、すっかり飛んでしまったのである)
そしてサインをしてもらい、両手で握手をして頂きました。

僕は恵まれているのかもしれません。
尊敬できる人たちがいて・・・
やさしく指導してくれる人たちがいて・・・
目指したい人たちがいて・・・
面白がってくれる人たちがいて・・・
支えてくれる人たちがいて・・・
僕はプレゼントと一緒に1通の手紙を入れておきました。
「少しでも可能星を感じて頂けたらご連絡ください もりやす星じ」
自分の作品があこがれの人のアトリエにあるかもしれないとおもいながら作品を創ることって、かなりモチベーションがあがるとおもうんです。そして、いくらコイツ痛い奴だなっておもわれてもそれはそれでなんかおもしろいじゃないですか。
今、地球に届いている北極星の光は300年前の光だと聞いたことがあります。光というのはすごいスピードで進んでいるのですがそれが何かに届くまでには、それなりの時間が必要なのです。今回僕が放った可能星の光が「いつ」「どこで」「だれに」届くのか楽しみにしていたいとおもいます。
「夢をかなえるゾウ」に出てくるキャラクターのガネーシャはインドの神様で、作中にもカレーのシーンがでてきます。
そんな流れもあってかその帰り、無性にカレーが食べたくなり福山駅周辺の「ロッツ」の最上階にあるスパイス王国に立ち寄りました。
そこでサイン本を眺めながら、
「自分のこと」
「自分の未来のこと」
などをしっかりと考えて
「ブレない自分」
というのをしっかりと打ち立てていかねばならないなと強く自分を戒めました。
・・・それから20分・・・
いっこうに店員がオーダーを聞いてくる気配がなかったので、そのまま店を後にし、ゆっくりと電車に揺られながら倉敷駅に到着し、駅前の商店街でぶっかけうどんのスペシャルが50円引きになっていたのでそれを食べて帰りました・・・とさ。
もりやす星じの履歴書・・・3
1979年06月11日 07:55生まれ AB型 木製人(-) 未 3男
まずはこの年表をご覧ください。
2000年 冬3年目 21歳 減退 (大殺界)
2001年 春1年目 22歳 種子
2002年 春2年目 23歳 緑生
2003年 春3年目 24歳 立花
「何かをやめる」
この行為が秘めるエネルギーってスゴイなぁと感じる時があります。
それと同じく
「何かをはじめる」
これもとんでもないエネルギーを放出しますよね。
そこで、今回は
「エネルギーを鷲掴みせよ」
のお話をしてみたいとおもいます。
僕みたいなヤツの人生でも、みんなからチヤホヤされた時期があります。
それは
「タバコをやめた時期」
です。
2000年の8月頃(いよいよ大殺界が終わるという時期)に飼っていた犬のコロが死にました。その時にプータローをしてた僕は1日中苦しそうなコロをみていました。そしてもう時間の問題と言われていたけれど何度もコロを病院に連れて行く親の姿もみていました。その姿をみて無性に胸が締め付けられた記憶が、13年経った今でもはっきりと記憶に残っています。そして、その数日後から工場で働くことになるのですが、そのタイミングでふと「タバコやめよう・・・」って決意し、禁煙を始めるんです。
その当時はまだ21歳やそこらの年齢だったので、健康を気遣うわけでもなく、世間的には今ほど禁煙ムードでもなかったのですが、身近に死を感じたばかりだったからなのか、この決断と実行の歯車がピシャッと合って禁煙に成功したんです。
その頃の僕のヘビースモーキングぶりからくる口臭のキツさを知っている友人からすると「あのもりやすが?」という騒ぎで、えらく話題に挙っていたことにも驚いていました。
それから、工場で1年ほど働いた頃・・・
テレビガイドで片っ端からバラエティー番組をGコード予約するのが日課だった僕の視界にある言葉が入ってきたのです。
「構成作家募集」
昔からダウンタウンに憧れていたのですが、それとは別にダウンタウンの周囲にいる「作家」の存在に惹かれていた僕はそこで初めて「自分のやりたいこと」を真剣に考えることになったのです。
「やりたいこと・・・」
正直、SEX以外はやりたいことが特になかった僕は、かろうじて興味のあった料理(とはいっても中学生の時に昼ご飯でチャーハンを作るのが好きだった程度)というのが頭の中に浮かびました。
そして「作家」「料理人」という2つの選択肢を前に
今、具体的にチャレンジできそうなのは「料理人」ということで、その世界に飛び込むことになったのです。
岡山の中央町の飲屋街にある「あじ仙」に入ったのが
2002年 春2年目 23歳 緑生
の1月で、仕事のほとんどがスナックやクラブに出前に行くという内容で、調理に関しては仕込みとまかないを作る程度だったのですがここで「たばこをやめる」「仕事を変わる」という僕の変化に対して次の変化が訪れたのです。
「野菜が食べれるようになる」
今まで野菜が全く食べれなかった(学校給食でも家庭でもじゃがいもとさつまいも以外の野菜を食べた記憶がない)僕は、自分で料理することによって一切の好き嫌いがなくなったのである。
心境の変化(たばこをやめた)
環境の変化(仕事を変えた)
体調の変化(好き嫌いがなくなった)
が立て続けに起こり自分の人生が大きく変わってきたことが、なんとなく実感できはじめた矢先、あじ仙で半年ほど働いて、そろそろ仕事も覚えるようにと、先輩から料理を教えてもらい始めていた僕のケータイに、友人(現・YUPA、流儀オーナー岩城)から一本の電話が入ったのです。
「わいの知り合いが新規で居酒屋をオープンするんじゃけど、そこで店長してみんか?」
(ここで言う知り合いとは岩城の高校の同級生で、それはすなわち僕の同級生でもあり、その人が1000万円ほど出資して飲食店を一から始めたい・・・で、人材探しをしていたそうです)
そして、こんなとんでもない白羽の矢が僕の全身に突き刺さるという事態になったのです。
始めは断っていたのですが、岩城は何度も何度もその話を僕に持ってきました。
僕は心の中で
(こいつのしつこさは尋常じゃないなぁ・・・)
と思いつつも、
そういえば僕も知り合って間もない女性に
「ええがぁ・・・やらしてぇやぁ、なぁ、やらしてぇやぁ・・・」
としつこく迫っていたハレンチ下衆野郎時代があったなぁなどと
感慨ふけりながらも断り続けていたのですが
あまりの押しに
「話だけならな・・・」
という僕の返答から、あれよあれよという間に
1ヶ月半後。
「遊食酒蔵ひじきん」
オープンである。
(いっておくが調理経験半年、しかもほとんど出前しかしておらず、仕込みやまかないで調理する程度。そしてあじ仙を辞めてお店を新規で始めるということで一切のレシピは使用禁止)という裸一貫の状態、特に経験者がサポートしてくれているわけでもなく、そしてそんなピンチの状態ですら母親に助けを乞うことができない人見知りは健在で、まさに八方塞がりの時期を送っていました。
オープン前後の話はあまりにも長くなりすぎるので割愛させて頂くが、一つだけエピソードを添えさせてもらうと「このキムチチャーハン、・・・キムチ、入ってないですよね・・・」とよくお客さんに声をかけられていました。
そんなこんなで相当グダグダにお店は始まっていくのですが、それが少しづつ軌道に乗っていくお話はまた後日にして、この一連のアクションは僕に
「度胸」
「努力」
「恥」
というのを叩き込んでくれたようにおもいます。
胸が締め付けられるような出来事が起こったり・・・
不安で心臓が飛び出しそうだったり・・・
何度も失敗して苦しかったり・・・
逃げ出したいくらい恥をかいたり・・・
そういう感情をしっかりと鷲掴みにして
絶対に離さないとしがみつききったときに初めて
「エネルギーを鷲掴み」
することができるのだとおもいます。
何かをやめたり、
何かをはじめたり
嫌なことがあったり
好いことがあったりすることって
エネルギーが伸び縮みしてるんだとおもうんです。
しっかり成長するための心の柔軟体操みたいに。
コロが死んだ時に締め付けられた感情が
何度も何度も伸縮を繰り返して
タバコをやめるエネルギーに変わったり
そのエネルギーがさらに伸縮を繰り返して
やりたい仕事にチャレンジするエネルギーに変わったり
嫌いなものを克服するエネルギーに変わったり
とんでもない事業に飛び込むエネルギーに変わったり・・・。
2000年 冬3年目 コロの死 禁煙 21歳 減退 (大殺界)
2001年 春1年目 作家募集を目にする 22歳 種子
2002年 春2年目 飲食業に携わる 23歳 緑生
2003年 春3年目 ひじきん スタート 24歳 立花
そして、新しい飲食事業「遊食酒蔵 ひじきん」のオープニングスタッフとして短期でバイトにきてた1人の女の子にすすめられた1冊の本によってもりやす星じのエネルギーはさらなる伸縮をみせるのであった・・・
自分の履歴書を振り返りながら
自分のエネルギーがどんな風に伸縮し
自分の環境がどんな風に変化しているのか
調べてみるのも面白いですよ。
もりやす星じの履歴書・・・2
今回の履歴書は小学生の頃にタイムスリップしてみようとおもいます。
1979年06月11日 07:55生まれ AB型 木製人(-) 未 3男
まずはこの年表をご覧ください。
1985年 秋3年目 6歳 幼稚園 安定
1986年 冬1年目 7歳 小学1年生 陰影(大殺界)
1987年 冬2年目 8歳 小学2年生 停止(大殺界)
1988年 冬3年目 9歳 小学3年生 減退(大殺界)
1989年 春1年目 10歳 小学4年生 種子
僕はことあるごとに「童心を忘れるな」というセリフを吐いています。
しかし僕自身、その童心を忘れてなさすぎるあまり
周囲から
「幼稚」
「社会性0」
「将来性0」
というお言葉を多々頂戴しています。
要するに
「一人前の大人になりきれていない半人前の大人」
つまり
「足の生えたおたまじゃくし状態で30代を過ごしている」
と言い換えれるのかとおもいます。
それは多分端から見たら
「そうとう気味が悪い」
のではないでしょうか。
世間一般の同年代を見渡すと確かにみんなカエルになっています。
しかし、カエルになってはいるけれど
「おたまじゃく精神を忘れたカエル」
のようにおもえてなりません。
童心、つまりおたまじゃく精神を忘れると
「愚痴や文句が多い」
「横柄」
「引きつり笑い&ため息」
この症状が極端に発症します。
これらは深刻化すると「ハワイ旅行」クラスの息抜きでも治まらないこともあります。
こうなるといくらおたまじゃくしからカエルになったといえども
「尾ひれの生えたカエル」
ということになります。
それはつまり
「一人前の大人になりきれていない半人前の大人」
と言えます。
そこで今回は
「足の生えたおたまじゃくし」
から
「尾ひれの生えたカエル」
に対して
何か伝えれることはないかとおもい1つのエピソードを思い出しました。
僕は小学生の低学年の頃、漫画とオモチャが大好きでした。
「ビックリマン」
「ドラゴンボール」
「キン肉マン」
「ドッジ弾平」
「少年アシベ」
「おぼっちゃま君」
「BB戦士 ガンダム」
「つるぴかハゲ丸くん」
「がんばれキッカーズ」
「超魔人英雄伝 ワタル」
列挙すればきりがない程で、中でも100円ガチャガチャの「聖闘士星矢」のフィギュアは大のお気に入りでいつも僕の学習机の右の一番下の大きいガラガラの引き出しに、たくさんのフィギュアが置いてありました。
学校帰りに友人と遊んで帰宅すると僕は夕飯までの時間は必ずそのフィギュアで「ぶしゅぶしゅ」をしていました。(戦闘における効果音を自分で付けていたため、襖の向こうにいた母親にはぶしゅぶしゅと聞こえていたようでその名前がついた)
しかし、そのぶしゅぶしゅをよくおもっていない人がいました。
僕の母親です。
ある日、いつものように学校から帰宅し、ぶしゅぶしゅの準備をしようと引き出しを開けるといつもと様子が違うことに気付きました。
聖闘士星矢のフィギュアがないのです。
僕はすぐに母親のもとに行きました。
「わいのオモチャは?」
「は?あんたが宿題せんけー捨てたが」
母親の返答に
「いや、するけー返してや」
「あんたいっつもそーやってせんが」
いっこうにオモチャを返す様子のない母親にしびれをきらし、いったん自分の部屋に戻りまた後日、改めて返してもらおうとおもい気持ちを落ち着かせました。
それから数日間、何度か母親に返してもらおうと交渉を重ねてみたが、聖闘士星矢のフィギュアが僕のもとに戻ることはありませんでした・・・
※その当時の心理状態を明確に表記します。
(・・・あれ?・・・てか、ほんまに返さん気?てゆーか・・・わいも何回も返してってゆーのシンドイし・・・あんまりしつこくゆーのもどうかとおもってそこそこ気ぃつかってるつもりじゃし・・・、てかマジで?・・・マジで捨てたんじゃろうか?・・・それだったらわやじゃが・・・わやじゃ・・・もぅええで・・・ほんま捨てとったらもぅええで・・・もぅわいもやりてーよーにするわ・・・もう親戚の集まりとか気ぃ使って参加しょーたけどもーえーわ・・・もーあんまり喋ることもねーで・・・返してくれんのんならもー用事がねーときはなんも喋らんで・・・もぅええわ・・・もぅわいの好きにするわ・・・もぅえぇ・・・えぇわ・・・)
僕は家族、身内、友人に対して過剰な程の人見知り(わいは喋らんでモード)をしてしまうのですが、その起因は間違いなくこのエピソードと結び付いているとおもうのです。事実、このエピソードはことあるごとに自分の脳裏に引っ付いて離れない時があるのです。これはハンター×ハンターでいうとこの念(制約と誓約)で、ペラペラ喋らない代わりに自分のやりたいことをやりたいようにする能力を授かったのかもしれません。(僕は愚痴や噂話の口数が他の人よりも極端に少ない自信があります)しかし、社会はやりたいことをやりたいようにする僕を許してはくれません。そこで社会不適合者としての生き方を余儀なくされるのです。
このいびつな形をした僕の「童心」が、少しでもまぁるく、まぁるくなったなら、社会や将来を無視して、ただやりたいことをやりたいようにするといった無法な生き方が、少しは改善するのかなぁ・・・などと考えたりもするのです。
童心といえば「遊び心」や「純真な心」でもありますが、そこに少しでも傷が付くと「童心」に「邪心」がまとわりつくということを覚えておいてほしいのです。
そして
「愚痴や文句が多い」
「横柄」
「引きつり笑顔&ため息」
の症状も
社会、世間との摩擦によって
童心に傷が付いたのだと思います。
おたまじゃく精神があまのじゃく精神になり始めたら、心は緩やかに歪んでいきます。
だから「尾ひれの生えたカエル」のみなさんも
もう1度自分の履歴書を見つめ直して
自分にとっての「ぶしゅぶしゅ」を思い出してください。
そして
ヤケ酒や
ヤケ食いや
ヤケ買いのようなもので
傷をふさぐのではなく
「ぶしゅぶしゅ」という
自然治癒力によって
自分の傷を癒してください。
今の状況をカエルのは
おたまじゃくしだった頃の自分かもしれないということ。
そして
「大海は広さ」
「井は深さ」
ということを
カエル目線で知ってください。
僕は創作をする時は
1人でぶしゅぶしゅと独り言をいいながら創っています。
そして活動中は
「森保星児」
としてではなく
「もりやす星じ」
と表記し
作品には
「2ねんいぐみ2ばん もりやす星じ」
と記しています。
これは特に意識したわけではなく
「なんとなくしっくりくる」
という理由でこうしただけなのですが
今回の履歴書を書くにあたって思い出したのが
この「聖闘士星矢事変」は
1987年 冬2年目 8歳 小学2年生 停止(大殺界)
の出来事でした。
そして26年の歳月を経て
2013年 春1年目 34歳 無職 種子
あの時に傷ついた童心が
小さな音をたてて僕の胸の奥をノックしています。
もりやす星じの履歴書・・・1
1979年06月11日 07:55生まれ AB型 木製人(-) 未 3男
とりあえず思いついた年代をランダムにピックアップしながら書いてみようとおもいます。
まずはこの年表をご覧ください。
2009年 秋3年目 30歳 安定
2010年 冬1年目 31歳 陰影(大殺界)
2011年 冬2年目 32歳 停止(大殺界)
2012年 冬3年目 33歳 減退(大殺界)
2013年 春1年目 34歳 種子
僕はよく「カチャの時期」という表現をします。
人生なんてなんとなく生きていると、何となくの周期に入ってしまい、何となくの人生になるものです。そこで「自分はこうなりたい」「自分を変えたい」という一心で活動したり、もしくは「なんらかしらの力が働いて変わらされている」というような変動期をさして、この言葉を使っているのですが、この2010・2011・2012年はまさしく自分を次のステージに上げるための「カチャの時期」だったようにおもいます。
では具体的にどんな3年間だったのかというと以下の通りです。
・7年半、店長として続けていた飲食店を辞めて占いを本格的にスタートさせる。
・一切軌道に乗る事もなく、新境地にビビってしまい、友人数人をそそのかして小さな飲食店を始めてそこで料理をしながら細々と占いを始めるという逃げ道を作る。
・飲食店も占いもうまく行かず、友人に借金だけを作らせ、自分も借金を背負い、自分発信で友人関係全般に不穏な空気が尋常じゃなく充満しはじめる。
・「ユニークな映像を取る」とお笑いの感性が近い友人と2人で色んな映像を取りまくる・・・が、その他の友人から疎まれ、「あいつらと絡むとサブい目にあう」と並々ならぬ不穏な空気が流れる。
・食べていくお金が尽き、おばはんに囲まれて朝食係の仕事をする。
・友人が始めた飲食店を手伝う。しかし一向に軌道に乗らず、料理開発も難航し、なにがなんだかわからなくなる。(流儀)
・自分たちの思い描く映像がなかなか撮れずに自然とフェードアウトする。
・映像を辞め、情報冊子を制作(human navi)し、流儀に置かしてもらったものの、スタッフ、客共々「苦笑い」に終止する。
・占い説法108でイラストと文章を組み合わせたブログを始める。
・絵本小説を書き綴りはじめる。
・占いおみくじを制作し、流儀に設置。相変わらずスタッフ、客共々「苦笑い」に終止する。
・ユーストリームを始めるも、ほぼ視聴数0、しかし自分の中のビジョンがはっきりする。
・粘土を制作し流儀に置かしてもらう。始めてスタッフ、客共々評価されるがそれ以上の進展は無し。
・友人の店の立ち上げを手伝う。(YUPA)
このように自分の今までの経験(料理)を生かしてお金を稼ぐことはできても、自分のやりたいこと、得意なこと(粘土、占い、絵本など創作全般)では全くお金を稼ぐことが出来て無いんですね。
このような現実を経験してしまうと、人は夢を描いたり、夢に挑戦したり、自分を変える気力がなくなっていくのだとおもうのです。
しかし、そこはさすがもりやす星じ。
自分の経験を分析しながら、人生において大切な事をきちんと抽出できてます。
大切な事。それは、もう「恩」に尽きますね。
人はなるべくはやくこの「恩」を肌身で感じる経験をすることが大事なのかもしれません。
結構いいこと言ってるんでもう一度言いますよ。
人はなるべくはやくこの「恩」を肌身で感じる経験をすることが大事なのかもしれません。
ポイントは「肌身で感じる経験」というところです。
要するに、心や身体になんらかしらの傷が付いたときにやっと「恩」の存在みたいなものに気づくとおもうのです。
そう考えると、何もかもが当たり前のように感じているこの世の大半は「恩」で構成されていると言ってもいいとおもうんです。
で・・・でですよ。突き詰めていくとひょっとしたら人生って「恩返し」してる時が1番楽しいのかもしれません。
それはつまり「恵まれている」と感じながら「尽くして」生きるということ。
僕はこの3年間、お金を稼ぐことはできなかったですが、思い付いたやりたいことはすべて実行してるんですよ・・・これって、かなり恵まれてますよね。
だからこそ、そこで受けた恩を返していく作業。
今まで受けていた「恩」に気付きそれを返していく作業。
それはつまり、今いるありがたい環境に全力で尽くしていくことにほかならないのだとおもいます。
そして、それこそが僕の年収1000万円への道に向けての最大にして最速の近道だと思うのです。

友人への借金返済の明細の数々

自分の人生をシニカルに描いた絵本小説

様々な金言が書かれた占いおみくじ

低俗の骨頂とまで言わしめた冊子

ユニークな映像とはほど遠い映像

生き方にキレが全く無かった頃

成人式の悪ノリとは対照的な悪ノリ

水筒の小道具がなんかサブい

追伸:おい!青木!!青木智章よ!!ギグをするって言ってたくせに酔った勢い、酒の席ということで無かった話にするつもりか?今まさにお前は「カチャの時期」だ。この先、ギグの無い受動的な日々を過ごすのか?それともギグのある能動的な日々を過ごすのか?もう一度おのれの魂と対話しろ!!
アカデミック粘土014「毎日ふりだし」


教養造形作家もりやす星じです。
今回の作品の着眼点はいいですね!
すごろくでいう所の「ふりだし」って
出発点じゃないですか。
だからどれだけマス目を進んで行っても
どこかで「ふりだしに戻る」という
恐怖感があるんですよね。
ふりだしという言葉には
「過去の出発点」
「未来の出発点」
という2つの解釈があると思うんです。
だから「今日のふりだし」から
「明日のふりだし」に向かって
進んでいるということなんですね。
別の言い方をすれば
「1からやり直し」
ではなくて
「101が始まる」
というニュアンスですね。
僕のサイコロは
1の目・・・一人遍路
2の目・・・アカデミック粘土
3の目・・・ためになる占い
4の目・・・女子道徳学
5の目・・・トークイベント
6の目・・・グッズ販売
って感じです。
このサイコロを毎日振っているんです。
そして、5・6の目がなかなか出ないんです。
しかし、降り続けなければならないんです。
(ふと気づいたのですが僕のサイコロに恋愛という目は今のところ無いようです。しかし、何か一つでも成就することができたなら、恋愛という出目が出現するのだとおもいます。)
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