小説「大後悔時代」 -9ページ目

小説「大後悔時代」

後悔は知らず知らずにそこにあるもの

23時45分


昼間の彼と仕事帰りに落ち合い、キャバクラに来ていた。


女の手掛かりを探す目的で会ったわけだが、彼は黙ってついて来いと言わんばかりにカオルを引き連れてその店に入った。


その店には彼に連れられて来たことが過去に2~3回あった。


最初はただ飲みながら話の続きをするだけなのかと思ったが、そうではなかった。


「初めて言うけど、この店、俺の店なんだ」


正直、ものすごく驚いた。


彼は自分と同じ普通のサラリーマンだと思っていたのに、副業をしていたのだ。


正確には、自分と友人ふたりの3人で共同出資した店らしく、実際の経営はその友人ふたりが管理して、自分は金の動きしか見ていないということだった。


確かに昼も夜も掛け持ちで働くことは、ものすごく大変なことだと容易に想像できる。


出資のみで経営を人に任せてしまえば、そこまで負担にはならないだろう。


だが、それも今回の離婚の原因の一つではないのかと頭によぎったが、自分と彼の両脇にドレスを着たキャバ嬢が座っていたので、言わないでおいた。


混乱している自分を察して、彼は説明した。


「こういう水商売の店っていうのは、色んな客も来れば、色んなキャストも働いている。見た目じゃ分からない、それぞれ事情ってやつを抱えている。そして、その裏の事情をかなり把握している人間がこの店にはいるんだ。」


ますます意味が分からなくなってしまったが、黙って続きを期待していると、彼に向かって優雅に歩いてくる一人の女性がいた。


その女性はスーツを着こなし、他のキャバ嬢と明らかに違う雰囲気を醸し出していた。


挨拶をした後、そのスーツの女性が我々の向かい側に座ると、両脇にいたキャバ嬢は店のボーイに呼ばれ、他の席についていった。


「お話しは聞きました。その女性を探していらっしゃるんですね。」


どこまで話が通っているのかは分からないが、彼女が“裏”を把握している人物、ということだけは分かった。


14時19分


カオルは取引先で仲の良い担当者と遅めのランチを食べていた。


仕事上の付き合いとはいえ、お互い歳も近く何でも話し合える仲だった。


ランチタイムぎりぎりで店に入った二人は、同じB定食を食べながら仕事以外の話をしていた。


自分はもうすぐ離婚をするつもりなのだと、その相手は話し出した。


以前からその手の話しは聞いていたため特に驚きはなかったが、現実に離婚するとなると色々大変なことがあるものだと話をした。


既にカオルはバツイチであった。


カオルには子供がいなかったおかげで養育費など気にせず、お互いの財産を分けるだけで済んだのだが、彼の場合は3歳の娘がいる点で、状況は全く違っていた。


その為、特にアドバイスができるわけでもなく、同情と応援をするぐらいしかなかった。


冷たいように思われがちだが、彼にとってはカオルのその距離感がちょうど良かった。


そして、今度はお前の話す番だと言わんばかりに、「で、そっちは?」とマルメンをくわえて目配せをしてきた。


最初から、あの話をするとしたら彼だけしかいないと思っていたカオルは、先日起きた出来事を脚色せずに説明した。


「それからその店にいったのか?」


予想通りのその質問にも躊躇なく回答した。


「行くには行ったが、その女の存在を知る店員がふたりともいなかったんだ。」


そして、その店の別の店員にも尋ねてみたが、その男女の店員は2人とも既に店を辞めており、女性客の存在も自分には分からないと答えられたことも。


「しかし、何も手掛かりがないわけじゃない。」


彼の発言に驚き、同時に期待している自分がいた。

20時08分


社内でPCに向かい、時間をかけてじっくりと売上のデータや商品の在庫数を確認していたが、何度も同じ数字を見返してしまっていた。


仕事に身が入っていない。


ただ、その集中できていない理由は分かっていた。


昨夜出会った女性が原因だからだ。


彼女を自宅に招きいれ、酔いを少しでも覚まそうと、1本のペットボトルのお茶を二人で交互に飲みあった。


酔いは覚めてきていたつもりだったが、緊張感もなく、シャワーを浴びてくると言えた。


この後はやはりそういう事になるのだろうか、と考えながら体を洗っている時、話し声がシャワー音の合間から聞こえてきた。


「うまくいってるから大丈夫」


そう聞こえた。


それ以外の会話は全く聞き取れなかったが、それだけは確かに聞き取れた。


Tシャツと短パンに着替え、部屋に戻るとすれ違いに彼女はシャワーに入り、誰とどんな会話をしているのか分からなず仕舞いになってしまった。


しばらくして、ベッドで横になっていた自分の隣にすっと彼女は入り込み、ありがとうと言ってすぐ眠ってしまった。


何も出来なかったことを後悔するよりも、隣の女性の存在にまごついている内に、いつの間にか自分も深い眠りについてしまっていた。


翌朝、目が覚めるとまるで最初からいなかったかのように彼女は消えてしまっていた。


何か忘れ物など残ってはいないかと調べてみた。


それらしきモノはなかったが、彼女の吸っていたペシェの吸殻だけが1本灰皿に落ちていた。


あれは何だったのだろう。


酔っていたせいか、ほとんど覚えていない。


ただ、シャワー中に聞こえたきた「うまくいってるから大丈夫」という言葉だけが妙に記憶に残っていた。


また今夜もあの最初に出会ったバーに顔を出そうと思った。


だが、その女性に会って何を知りたいのか、自分の中で答えが出せていなかった。