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小説「大後悔時代」

後悔は知らず知らずにそこにあるもの

14時04分


パチンコ屋の真裏には、細い道路を一本挟んで3階建ての小さなアパートが建っていた。


そしてそのアパートの3階には、元妻の旧姓の表札が掲げてある部屋があった。


パチンコ屋の店先で声を掛けられたカオルは、以前は義理の母親であった人に招かれてその部屋へ来ていた。


「カオルくんが覚えてる風景とは全然変わっちゃったでしょ。」


たしかに風景の変化に最初は戸惑ったが、この町自体の雰囲気やその空気、そして何よりもこの元妻の母親である婦人自身に懐かしさを感じていた。


そうだ、この人はこういう人だったと。


突然、娘の元夫が訪ねてきても、特にその理由は聞かず、さも当然のごとく話しかけることができる人。


どこか気品が漂い、ゆとりのある口調でとても愛想良く話す人。


そんな望郷の気持ちに似た感情を持っているカオルに、婦人はこう言った。


「あの子を探しに来たんでしょ?」


会いにではなく、探しにと表現して、まるで何でも知っているような。


驚いたカオルの前にガラス製の灰皿を差出し、婦人はラークマイルドに火をつけた。


以前まで義理の母親であったとはいえ、若干の緊張感を持ちながら、カオルもそれに合わせる様にマルボロを吸い始めた。


それを確認した婦人はこの数年間で起こった出来事をゆっくりと話した。


まるで、最初からこの話しを聞かせるために用意していたかのように、分かりやすく簡潔に。


元妻の父親が会社を定年退職し、喫茶店を始めたこと。


ある時、その店を任せていた人間に騙され経営困難になり、多額の借金を抱えてしまったこと。


返済の為に、家を売却せざるを得なかったこと。


心労のせいか、父親は急に具合が悪くなり、しばらく入院していたが、一昨年亡くなったこと。


一周忌が終わり、ようやく生活が落ち着いて来た頃、娘が書き置きも残さずに黙っていなくなったこと。


娘の携帯に掛けても繋がらず、思い当たる友達や、場所も探したが見つからなかったこと。


探し疲れた頃、駅前のスーパーでパートを始め、今はここに一人で生活していること。


今日はたまたま休みを取り、好きなパチンコをして時間潰しをしていたこと。


この婦人の明るい性格のせいか、まるでドラマのストーリーを話すような感じで教えてくれた。


しかし、それを聞いたカオルはとても悲しく、そして悔しい気持ちになった・・・。


16時43分


気付けば辺りはオレンジ色に染まり始めていた。


カオルはある気持ちを固めていた。


必ず元妻の行方を探し出すと。


婦人の娘である元妻の携帯番号を教えてもらい、それから仲の良かった友達の名前と連絡先を聞き、カオルはその家を後にした。

13時24分


元妻の実家は、都心から電車を3回乗り継ぎ、最短でも約3時間かかるところにある。


結婚当初は年に数回訪れていたが、今となっては最後に来たのがいつだったか分からないほど時が経過していた。


そのせいか、以前のイメージでは駅前に昔ながらの商店街があり、少し大通りを外れると田んぼや畑も目に入ったものだったが、駅を出たカオルの目の前には大きなスーパーが建ち、立体道路も設置され、通り行く人々もどことなく都会的なファッションをしていた。


その変貌ぶりに圧倒されたカオルは、喫茶店を出た後すぐに会社へ連絡し、適当な嘘をついて休みを取ったことなどすっかり忘れてしまっていた。


元妻の実家に行くだけのことだが、離婚したカオルにとっては勇気が必要であり、そうまでしてそこに求めている答えがあるのかどうか全く自信が無かった。


数年ぶりで街並みも変わってしまっているとはいえ、思いのほか駅からの道のりはスムーズだった。


なぜなら、元妻との思い出が次々と湧き出してきていたからであった。


自販機の中のジュースの種類は変わっていても、この場所で一緒に飲んだコーラの味。


突然の雨に降られて、雨宿りがてら1時間も二人で立ち読みした本屋。


ちょっとした口論が原因で、泣かしてしまった公園のベンチ。


自転車の二人乗りをして、いつも停めていた駐輪場。


そして、その駐輪場の先には、元妻の両親が住んでいるマンションがある。


・・・はずだった。


駐輪場の先には、大きなパチンコ屋が建っていた。


カオルは、手掛かりを失った。


いや、元々手掛かりと呼べるようなものは何も無かったのかもしれない。


しかし、ここへ、この場所に来れば何か前進する気がしてならなかったのである。


カオルはパチンコ屋の店の前で、呆然と立ち尽くしていた。


その時、パチンコ屋の自動扉から出てきた人物は、カオルを見て話しかけてきた。


「カオルくんじゃない?」

5時48分


前日の出来事のおかげで、カオルは一睡もできなかった。


普段ならアルコールを身体に入れれば、テンションが上がるか眠くなるかのどちらかであったが、この日はどちらにもならなかった。


あと数時間でまた会社に行かなくてはいけないという焦りや不安ではなく、一刻も早く取引先の友人に連絡を取り、自分の身に起こっている様々な状況を話したかった。


そして、彼から紹介されたスーツ女性に連絡を取ってもらおうと思っていた。


8時32分


出社してすぐに連絡を試みたが、その思惑は見事に打ち砕かれてしまった。


彼は今月末で退職するため、今日から1週間の有給休暇を取っているということだった。


思わず絶句し、動揺を隠しきれなかった。


仲良くしていた相手から何も聞かされていなかったことへの驚きや憤りよりも、自分の周りの人間が次々と消えていってしまっていることにカオルは恐怖を感じた。


一体、何が起こっているんだ・・・。


急に胸苦しさを覚えたカオルは、外回りの営業に行く振りをして、会社から三駅ほど離れた同僚や知人が来ないであろう喫茶店に逃げ込んだ。


そこで、カオルは頭と気持ちの整理をつけようと努力した。


「バーの店員」「女性」「取引先の友人」「スーツ女性」「姪」「元妻」


この中で連絡が着かないのは5人。


しかし、姪自身の直接の連絡先は知らなかった。


次に場所で考えてみた。


「バー」「自宅」「会社」「キャバクラ」「ホテルのラウンジ」「元妻の実家」


この中でまだ行っていなかった場所は、元妻の実家しかなかった。


今やれることをやろう・・・。


すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、急いで会計を済ませ、携帯電話を耳に当てながら駅へ走り出したのだった。