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小説「大後悔時代」

後悔は知らず知らずにそこにあるもの

XX時XX分


カオルは一人公園を歩いていた。


その公園はとても広く、敷地面積の半分以上を占めるほどの大きな池があり、それを取り囲む遊歩道には所狭しとたくさんの木々が色濃く茂っていた。


そのおかげで真夏の痛めつけるような日差しは完全に遮断され、気持ちの良い空気がそこには流れていた。


子供達は池の淵でザリガニでも取っているのだろうか、大声ではしゃぎ回っているのが微笑ましく見えた。


その池の中央には、真っ二つに分断するかのように大人二人が通れるぐらいの橋が掛かっており、そこを渡るとすぐに向こう岸へ行けるようになっていた。


特にこれといった目的はなかったが、カオルはただ何となくその橋に向かい出した。


しっかりとした木造の橋だった。


ちょうど渡り始めたその時、ふと顔を上げると、その橋の先には白いワンピースを着た女性が一人立っていた。


元妻だと思った。いや、他人のそら似かもしれない。


だが、そう思った途端、女性はすぐに後ろ向きになり、目の前の橋を渡らず、池の周りの遊歩道を歩いて行った。


カオルは早歩きになり、次第にスピードを上げ、やがて走り出して橋を渡り切った。


しかし、いくら走って追いかけても追いつかず、むしろ見失ってしまうぐらい遠く小さくなっていった。


カオルは呼吸が乱れ、汗が吹き出し、だんだん体が重くなっていくのを感じた。


それでも、力を振り絞り、苦しくなった胸を押さえ、ふらふらになりながらも追いかけた。


とうとう気が遠退いていき、完全に女性が視界から消えてしまった。


同時に、カオルはその場に体ごと倒れこんだのだった。


6時35分


目が覚めた時、そこは自宅のベッドの上だった。

20時45分


ホテルからさほど遠くない国道沿いの場所に一軒のレストランがあった。


和食、洋食、中華、すべて揃っているファミレスのような店だったが、カオルは特に迷うことなく唐揚げ定食とビールを注文した。


自分の好物ということもあったが、なぜかそのメニューに載った写真を見た時に、自分の両親の顔を思い出したのがきっかけだった。


会社をサボってまで田舎町に来たからか、それとも元妻の母親に会ったからか、いずれにせよ急に胸苦しさを覚え、とにかく何か胃に入れて落ち着こうと思った。


食事が運ばれてくる間にふと店内の様子を見渡すと自分以外に客は三組いた。


ひと組はまだ20代前半ぐらいの若いカップル。


ひと組は小学生ぐらいの子供を連れた家族。


ひと組は少し年配のサラリーマン二人組み。


そのどれもが、楽しそうに笑いながら会話をして、食事をしていた。


瓶ビールと一緒に料理が運ばれてきて、すぐにグラスに注いだ一杯のビールを飲み、唐揚げも一口食べ始めた。


しかし、二口目からは箸が進まずにいた。


目や耳に入ってくる三組の客の光景や話し声が、胸の苦しさを消せずにいたのだった。


自分にもあんな楽しい時代があった。


自分も離婚さえしていなければ、あんな子供が今頃いたかもしれない。


そして、時々、会社帰りに同僚と飲みに行き、仕事の愚痴や家庭の悩みを言い合ったりしていたかもしれない。


もしかしたら、あの二人のサラリーマンは近所にお互い住んでいて、たまの休みは家族同士も仲が良く、どこかへ一緒に遊びに行くのかもしれない。


どちらかが留守の時は、お互いのペットを預けたり、そのお礼に作りすぎた料理をお裾分けしたりするのかもしれない。


カオルは、そんな想像をし、自分と重ね合わせて、取り戻せない過去を夢見ていた。



21時52分


部屋に戻ったカオルは、ベッドに横たわり天井をじっと見つめていた。


食事に出かける前は、元妻の手掛かりを掴もうとリストに載った友人に連絡を取ろうと思っていた。


しかし今は、涙がこぼれ落ちてきそうな感情を押し殺してまでの気力が出てこなかった。


心も体も疲れ果てたカオルはいつの間にか深い眠りに入ってしまっていた。

17時06分


婦人から聞いた話や、元妻との思い出に浸りながら歩いていると、いつの間にか駅前の大型スーパーの入り口まで来ていた。


最初は特に目的があったわけでは無かったが、5階建てのその広さや売り場の多さにつられ、つい物色して買い物をしていた。


ポロシャツ、チノパン、スニーカー、3枚セットのお徳用と表示された下着や靴下。


そして、それらを入れてもまだ余裕のありそうなボストンバッグ。


会計を済ませ外に出る頃には、すっかり陽が落ちていた。


スーパーを出てすぐのところに市内の案内図が立て掛けられていた。


それを見たカオルは、帰らずにこの近くで宿を探すことにした。


そんな自分自身の行動が目に見えない何かに誘導されているようで思わずニヤけてしまった。


このまま流れに身を任せるのも悪くない。そう感じてもいた。


思えば、昔からこんな衝動的行動など取ったことは無かった。


そのような無計画な行動に憧れのような気持ちはあったが、いざ現実的にするとなると、やはりどこかで迷いや不安が付きまとっていた。


19時31分


平日の、特に名所と呼べるようなものも無い田舎町に一軒だけビジネスホテルがあり、そこへ泊まることにした。


部屋は狭いながらも不自由を感じるところは全くなく、ここなら色々と落ち着いて出来ると思った。


荷物を降ろしすぐさま、元妻の携帯番号に掛けてみることにした。


番号を間違えない様に慎重にゆっくりとダイヤルを押した。


「ルスバンデンワサービスセンターニ・・・」


どうせ使われていない番号だと思い込んでいたが、意外にも留守電に切り替わっていた。


吹き込むメッセージなど全く考えていなかった為、つい慌てて切ってしまい、すぐにポケットからマルボロを取り出し火をつけた。


カオルは思い切り肺に煙を吸い込み、それからゆっくりと吐き出し、その間に改めて考えをまとめた。


元妻の仲の良かった友人3人の連絡先を見た。


その内2人が自分も知っている人だと分かった。


そして、あえて知らない人物から連絡してみようと思った。


決めた途端、突然、空腹感に襲われた。


そういえば、今朝からコーヒーしか飲んでいない・・・。