小説「大後悔時代」 -4ページ目

小説「大後悔時代」

後悔は知らず知らずにそこにあるもの

10時40分


友人と話し始めてから、2時間が経過していた。


電池切れなど起こさない様、途中で充電コードを差込みながら話の続きを聞いていた。


ふと、こいつはどこでどういう状況で話しているのだろうかと考えた。


先程までの話しでは、自分の元妻と一緒にいてもおかしくはない。


ひどく、通話終了ボタンを押したい衝動にかられた。


しかしカオルの中で、必ず元妻を見つけ出そうと誓った瞬間から、そういう覚悟も決めていたことを思い出した。


「最初は無理かもしれないと思ったよ。例の女性と出会わせる方法を色々と考えたさ。あのバーだけじゃなく、お前の行きそうな店は全て回り道して押さえた。その為に金も人も時間も使った。でも、それぐらいすべきと思ったし、したいと思ったんだ。」


あの女性もこいつの筋書きだったのか。まんまと誘導されてたわけだ。


受話器の向こう側から、タバコに火を着ける音がした。


「しかし、元々の筋書きはそこまでだった。半ば無理やりだとしても体の関係を持てば離れられない理由になって、あとは俺や女でなんとか周りを固めてしまえばいいって。実際、例の女自身、会わせる前にお前のことを話したら興味持っててな。うまく行くと直感したんだ。」


今もマルメンを吸ってるのだろうか、煙を勢いよく吸い、そして吐き出す息が微かに聞こえた。


「お前も知ってる通り、俺は仕事で直感を信じてる。そしてそれを外したことが無い。だが、誤算があった。せっかく部屋まで泊り込んだのに、特に何も無く、終いにはあの子自身が、お前がいい奴過ぎてこんな形で付き合いたくないなんて言い出したんだ。俺はなんとか説得しようと試みたんだが、意固地になっちまってな。姿をくらましちまった。だから、お前自身の方から、その子を探したいって話を持ちかけてくれた時は、嬉しかったよ。本気で探す協力をしようとしたんだ。」


友人は、そこでまた煙を肺にいれ、しばらくして吐き出した。


「だから、俺の経営してる店のことも話したし、その繋がりで知り合ったスーツ女も紹介した。あの人のことは実は俺もよく知らないんだが、ある人の紹介から、店を開くのに結構力になってくれてな、それ相応の礼は必要なんだが、必ず良い結果になるんだ。で、今回も協力を依頼した。ただ、それが逆に意外な方向にいっちまった。」


そう、その時スーツ女性は自分が例の女性を探す理由が必要だと言っていた。


今でこそはっきり分かるが、例の女性を探したい理由は特になかった。


強いて言うなら、元妻の面影をそこに重ね合わせてしまっていたからだった。


「あとは、お前自身の動いた結果だよ。元奥さんの実家まで行って、俺の所まで連絡してきた。この番号はあいつにしか教えていない番号だったんだ。だからもう全て話そうと思った。」


それが全て?


カオルは何か違和感を感じずにはいられなかった。


自分の知らない過去や経緯は分かった。元妻のことをあいつと呼ぶのもまあいいだろう。しかし、あまりにも話しが安直過ぎる。


謎のスーツ女性と姪っ子の関係や、ホテルから自宅への瞬間移動の不可思議さ。


そして、一番重要な元妻の所在がまだはっきりとは聞いていない。


カオルはむしろ混乱したのだった。

8時35分


電話の相手は自分もよく知っている人物、取引先の友人であった。


カオルは、そろそろだと思ってたよと言う友人の口調に腹が立ち、嫌な胸騒ぎがした。


どういうことかと責め立てると、その質問さえ読んでいたのだろうか、4年前の出来事から語り出した。


「俺とお前が初めて出会ったのは、ちょうど4年前の夏頃だったよな。あの頃は、お互い仕事に対して燃えていたし、その分ぶつかってもいたけど、すごく充実感があったよな。それに、単純に取引先の担当だからっていうだけじゃなく、酒を飲みながら話す話題があまりにも共通していたよな。」


昔話を持ち上げてきたことで肩透かしを食らったが、その続きを聞いてカオルはがく然とした。


「実は、お前と仲良くなってからしばらくして、仕事の関係でお前の元奥さんの実家近くに出張する機会があったんだ。で、たまたまなんだが、ふと入った居酒屋で隣の席に座って飲んでる子がいてな。話してみたら、自分は離婚したばかりだって言ってて、よくよく聞くと、お前の元奥さんだったわけなんだよ。そりゃ驚いたよ。ただな、特に変な話は言ってなかったが、なんだか聞いてる内に悔しくなってきてな、人生って、ふとしたことでこんなに変わってしまうもんなんだって。そう思ったら、どうにかして元のレールに戻せないものかって真剣に考えるようになったんだ。自分のエゴだってことは分かってる。でも、たった一度の人生で、お前と彼女が出会ったのも運命なら、俺とお前や、俺と彼女が出会ったのも運命だろ。だったら、なんか残して置きたくってな・・・。」


なんて言い返せばいいのか分からず、カオルにはそのまま黙って携帯を握り締め、耳にあてているしかなかった。


「お前が彼女のことを忘れられていないことは分かっていたよ。だから、逆に彼女の方はどう思っているのか知りたくて、どんどん接近した。俺自身の悩みを聞いてくれたりしてな。そしたら、俺、いつのまにか彼女に惚れちまってな。元のレールに戻したいって思ってたけど、そのレールって、お前とやり直すってことじゃなくて、彼女自身の人生を取り戻すってことが一番重要なんじゃないかって思い始めたんだ。」


カオルの不安は的中していた。だが、その話を聞いてもまだ続きがある気がしてならず、最後まで聞き続けようと覚悟した。


「その頃から、俺自身の離婚を決意したんだ。それで彼女と関係も持つようにもなった。だが、当たり前だが、しっかりと全て整理をつけなきゃいけないと思って、家庭だけじゃなく仕事面でも色々動き始めた。」


それが、あのキャバクラの経営か。そして、軌道に乗ったところで今の会社を退職したというわけか。


「だがそんな中、お前のことが気掛かりだったんだ。どうすればいいか悩んだ。そして忘れさせようと思った、お前の中から彼女の存在を・・・。それで、色々と考えた結果、ある作戦が浮かんだわけなんだ・・・。」


カオルは怒りの感情を押し殺し、こうなったら不可解な出来事すべてを聞き出そうと思った。

6時35分


目は覚めていたが、体は金縛りにあったように動けず、頭も混乱状態に陥っていた。


自分は田舎町のビジネスホテルに宿泊していた・・・はずだった・・・。


だが、実際は自宅のベッドで寝ている。


わけが分からず、何かを考えようとしても、終始、思考回路の迷宮にどっぷりと浸かっていた。


もしかしたら、自分は死んだのか?


だとしたら、やっと楽になれたと思い、少しほっとした。



カオルは過去に、死のうと考えたことがあった。


それは現実逃避の延長であり、自分など生きていてはいけないという罪の意識からの衝動であった。


だがその行為に至ろうとすると、いつも胸が苦しくなり、嘔吐が止まらなかった。



目を閉じ、じっと横になったままでいたが、汗でびっしょり濡れた服の冷たい感触のせいで、生の感覚が蘇ってきた。


それと同時に急に涙が溢れてきた。


どのくらいの時間そうしていただろうか、ひとしきり泣き終えると、空腹感を覚え、少しずつ冷静さを取り戻してきた。


倦怠感はあったが、このままでは何も変わらないと思い、準備をするため無理やり体を起こした。


まず、着ていたもの全てを洗濯機に投げ入れ、スイッチを押した。


それからシャワーを浴び、念入りに頭と体を2回ずつ洗った。


風呂場を出てからは、動きやすい服装に着替え、冷凍庫に保存してあった食パンをトースターで焼いて食べた。


食器を洗い、洗濯し終わった服や下着をベランダに干した。


8時30分


次にやるべきことを考えていた。


携帯を取り出し、元妻の友人3人の連絡先があることを確認した。


改めて昨日の出来事は夢ではなかったという事を自覚し、早速その中で見知らぬ一人の友人に電話してみた。


だが、3コール目で出た相手の第一声で、またもや驚かずにはいられなかった。


「そろそろだと思ってたよ・・・。」