エピローグ
〜7年後〜
西暦2087年
灰域に呑まれた世界は、ゆっくりと、しかし確かな歩みで“再び地上を取り戻す”段階へ進んでいた。
生き残った科学者たちは知恵を振り絞り、ノヴァの残滓を必死に解析した。
その結果、人類はついに灰域に耐性を持つ特殊構造体を作り出すことに成功する。
灰域の粒子をはじき、内部を安全に保ち、さらには移動すら可能な巨大建造物。
それは都市であり、旅路であり、避難所であり、拠点である。
灰域踏破船(かいいきとうはせん)。
通称・ミナト。
灰に覆われた世界に佇む、唯一の安息地。
欧州ではすでにいくつかの踏破船が完成しており、各地を巡りながら分散生存する人々を保護し、再建作業を続けていた。
その中でもひときわ大きな船があった。
外壁はノヴァの細胞構造を応用した多層装甲で覆われている。
それは灰域の濃度に応じて表面がゆっくりと変質し、内部を守るように働く。
内部では農業区画が稼働し、上下水道も完備され、居住区には多数の生活が根を下ろしている。
その名は——
ダスティミラー。
灰色の世界でも、強く、静かに息づく花の名から取られた。
“逆境でも耐え抜く”
“静かな決意”
“あなたを支えます”
その花言葉は、かつて世界を救った者たちの生き方に重なるものだった。
そして、その船の船長を務める男がひとり。
アイン。
7年前、ソーマ・シックザールという名を封じ、灰域を終わらせると誓った男。
今、その誓いを胸に抱いたまま、彼は灰域踏破船ダスティミラーの操縦席に立っていた。
外は濃い灰域の霧が渦巻く。
だが、アインの視線は揺らがず、遥か先を見据えている。
厄災の日にアラガミから受けた左目の傷は、癒えることはなかった。
視力を半分失い、隻眼となっても彼は歩みを止めなかった。
ダスティミラーは今日も灰域の海を進む。
人々を乗せて。
未来を乗せて。
そして、7年前の戦いで遺された希望を繋ぐために。
新たな人類の拠点は、こうして世界を巡り始めていた。
そのとき。
アインの背後から、複数の足音が近づいてきた。
リヴィ、スズ、サバタ、そしてすっかり背が伸びたルナだった。
リヴィ「アイン、航行は順調か?」
アインは視線を前から外さず、短く答える。
アイン「ああ。問題ない。灰域濃度も安定している。機関部も正常だ。」
スズはほっとしたように息をつき、サバタは腕を組んだまま鼻を鳴らす。
ルナは、これまでより一回りも二回りも成長した姿でアインの隣に立った。
中学生くらいの年頃。
まだあどけなさは残るが、その瞳には確かな意思の光が宿っている。
そして両腕には、小さな腕輪がはめられていた。
対抗適応型偏食因子
新世代のゴッドイーター
通称•AGE(エイジ)
ルナ「アラガミが来ても安心してよ! あたしが守るから!」
胸を張って言い切るルナ。
だが、横にいたサバタがすかさず毒を吐く。
サバタ「お前じゃ逆に手間増えるだけだろ。」
ルナ「なっ……!サバタお兄ちゃんの意地悪っ!」
頬をぷくっと膨らませ、ルナはサバタを睨む。
その様子にスズは苦笑しながら言う。
スズ「ルナちゃん、いつでも訓練つきあってあげるから。焦らなくて大丈夫だよ。」
ルナ「……スズお姉ちゃんの訓練、きついんだもん……。」
スズ「ふふ、立派になるには必要だよ?」
そんなやり取りを、アインは静かに聞いていた。
そして……ゆっくりとみんなのほうへ身体を向ける。
甲板の風が、灰の粒を優しくかすめながら流れていく。
アインはしばらく黙っていた。
言葉を選んでいるようでもあり、決意を固めているようでもあった。
リヴィが小さく眉をひそめる。
リヴィ「……アイン?」
アインは息を一つ吐き、全員の顔を順番に見た。
アイン「......ダスティミラーは、いずれ......極東を目指す。」
四人の表情が一斉に変わる。
スズ「……極東へ?」
リヴィ「本気か?」
サバタでさえ目を丸くする。
アインはゆっくりと頷いた。
アイン「灰域を根本的に解決するには、極東にいる連中……あいつらの協力が不可欠だ。」
サバタはぶっきらぼうに言う。
サバタ「……極東にいる連中ってのは、今も生きてるのか?」
その言葉にスズとリヴィは息を飲み、胸の奥が熱くなるのを感じた。
7年前の仲間たちの顔がよみがえる。
アインは続ける。
アイン「……確かに、あいつらが生きている保証はどこにもない。厄災の直後に一度だけリンドウと連絡を取れたが、それ以降は通信手段を断たれてしまったからな……。」
あの日の記憶が蘇る。
厄災を必ず終わらせると誓った日。
アイン「……だが、あいつらがそう簡単に死ぬはずがない。きっと生きてる。俺はあいつらを信じてるんだ。」
その言葉にスズとリヴィは力強くうなづく。
"当然だ"と目で答えた。
アイン「だが極東へ行くには、ただ向かうだけでは無理だ。途中の灰域濃度は未知の部分が多く、リスクが高すぎる。」
リヴィ「……中継拠点が必要、というわけか。」
アイン「ああ。道中にミナトを作る。」
ルナが瞬きをしながら聞き返す。
ルナ「ミナト……?」
アイン「灰域を渡るための“足場”だ。人々が暮らし、補給を行い、いくつもの航路を繋ぐ……小さな国のようなものだ。」
リヴィは腕を組み、深く考え込む。
リヴィ「極東へ行くために……ミナトを建設するつもりなのか?」
アインは静かに頷いた。
アイン「ああ。しかし、そのどれもが……使い捨てでいいはずがない。」
風が止まり、灰がふわりと舞う。
アインは強く言い切った。
アイン「ミナト一つ一つが、人々にとって“かけがえのない家”でなくてはならない。ただの補給所ではなく、生きる場所だ。
俺たちは……そういう未来を作らなければならない。」
その声は静かだったが、不思議と甲板の奥まで響いた。
誰も反論しなかった。
むしろ胸の奥に、じんわりと灯りがともるような想いが広がった。
アインは仲間の顔を一人ずつ見つめる。
7年前とは違う。
しかし、確かにつながっている。
しばし静かな空気が流れる。
アインは、手すりから視線を外し、ゆっくりと外を見る。
視線の先には、厄災で荒廃した世界があった。
アイン「……俺は、この世界の一端を担った人間だ。」
低く落とした声は、誰に聞かせるでもなく、自分自身への言い聞かせのようでもあった。
アイン「……厄災の片棒も担いだ。そんな俺が、道中にいる人間を見捨てていけるはずがない。」
指先に力がこもる。
手すりを握る手の節が、かすかに白くなった。
リヴィは黙ってその横顔を見ていた。
スズも、ルナも、サバタでさえ、口を挟まない。
しばらくして、アインはゆっくりと息を吐いた。
灰色の空の向こう、どこまでも続く見えない航路を見据えながら、はっきりと言葉を紡ぐ。
アイン「果てしなく長い道のりになるだろう。」
それが脅しでも弱音でもないことを、全員が直感で理解した。
アイン「だが……厄災から生き延びたすべての命。
その一つ一つを、無駄にはしないさ。」
強く言い切ったわけでも、鼓舞するようでもない。
ただ、静かな確信だけがそこにあった。
リヴィはふっと小さく笑い、腕を組み直す。
リヴィ「……ったく。船長がそこまで言うなら、従うしかなさそうだな。」
スズは目を細め、どこか懐かしそうに頷いた。
スズ「“前に立つ人の言葉”って感じだね。……アインさんらしいです。」
ルナは胸の前でぎゅっと握った拳を見つめ、それから顔を上げる。
ルナ「じゃあ……あたしも、無駄にしない。この腕輪も、この力も……ママにもらったこの命も。
ちゃんと、誰かを守るために使う。」
その言葉に、アインはわずかに目を丸くし、すぐに穏やかに口元を緩めた。
アイン「ああ。頼りにしてる。」
三人の間に流れる空気には、迷いよりも期待の色が濃かった。
ただ一人、サバタだけが、そっぽを向いたまま舌打ちをする。
サバタ「……大口叩いてんじゃねぇよ。世界だの命だの、そんなもんいちいち数えてたらキリがねぇ。」
ルナ「もー、またそういう言い方する……。」
スズは苦笑し、リヴィは肩をすくめる。
だがサバタは、そこで言葉を切らなかった。
サバタ「……道中で落ちてるやつがいたら、勝手に拾え。どうせてめえは無視して進めねえお人好しだろ?」
ルナ「それって……結局一緒のこと言ってない?」
サバタ「うるせぇ。」
吐き捨てるように言いつつも、その横顔には否定の色はない。
むしろ、アインの言葉を認めたうえで、自分なりの言い回しへ変えただけのようだった。
アインはそんなサバタをちらりと見て、小さく息を吐く。
アイン「……そういうことだ。」
リヴィ「結局全員、同じ方向を向いてるってことだな。」
スズ「長い旅になりそうだけど……悪くないね。」
ルナ「うん!ダスティミラーで極東まで行くんだもんね!」
サバタ「……まぁ、目指すくらいはしてやる。」
灰色の空の下で、ダスティミラーは静かに進み続ける。
ノヴァの残した細胞から生まれた装甲が灰域をいなし、人々の想いを乗せたミナトが、ゆっくりと世界をつなごうとしていた。
果てしなく長い道のり。
けれど、その一歩一歩は決して無駄にはならない。
誰も、それを否定はしなかった。
ーー極東地方
旧極東支部跡地
灰に覆われた世界の中で、ここだけは輪郭が残っていた。
かつて支部があった場所。
瓦礫の山と化していたその跡地に、今は巨大な防壁と多層装甲の建造物がそびえている。
灰域耐性構造体。
ノヴァの残滓を解析して得られた技術を、極東は極東なりのやり方で形にしていた。
表面は、灰域濃度に応じて微細に質感が変わり、粒子を弾くように働く。
内部は明るい。
照明があり、配管が走り、通路には人の足音が絶えない。
子どもの声、鍋を叩く音、農業区画の機械音。
単なる施設ではなく、人々が暮らしている場所だった。
外は灰色。
それでも、この中には確かな温度があった。
研究区画の一角。
ガラス越しに見える灰域の霧は、相変わらず濃い。
サカキは端末のグラフを覗き込みながら、静かに言った。
サカキ「……増えているな。」
傍らにいたリッカが、手元のデータを確認する。
リッカ「灰域種……ですか?」
サカキは小さく頷いた。
サカキ「うむ。ここ数か月で、極東近郊の灰域種の出現頻度が確実に上がっている。個体数だけじゃない。活動域も広がっている。」
リッカは眉をひそめ、ガラス越しの外を見た。
灰の向こうに、かつて街があったはずの場所がぼんやりと沈んでいる。
リッカ「……また、何か起きるんでしょうか。」
サカキ「起きるさ。世界は、まだ落ち着いていない。」
ただ、それは悲観ではなかった。
研究者が事実を語るときの、淡い確信に近い声だった。
リッカは少し言い淀み、それから、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を口にした。
リッカ「博士。ひとつ、聞いてもいいですか。」
サカキ「もちろんだ。」
リッカ「極東の周辺には、灰域踏破船がいくつもあるって聞きました。」
リッカ「なのに……どうして、ここは移動要塞にしなかったんですか?」
言ったあとで、リッカは自分の声が少し尖っていたことに気づき、慌てて息を飲む。
だが、サカキは怒らなかった。
むしろ――ほんの少しだけ、口元を緩めた。
サカキ「合理性だけで考えれば、移動要塞にした方がいい。危険を避け、資源を追い、灰域種の動きに合わせて逃げられる。」
リッカ「……はい。」
サカキはガラスの向こうの灰を見つめる。
その瞳は、研究対象ではなく、遠い場所を見ているようだった。
サカキ「しかしね、リッカ君。人が生きる場所というのは、危険から逃げられることだけでは成り立たない。」
リッカは黙って聞いた。
サカキ「帰る場所があること。それが、どれほど人を強くするか……私たちは厄災の中で嫌というほど見てきたはずだ。」
その言葉に、リッカの胸の奥が少しだけ熱くなる。
極東支部があった頃の光景が、断片のように蘇った。
ラウンジの喧騒。
任務帰りの疲れた笑い声。
誰かが誰かを呼ぶ声。
サカキは続ける。
サカキ「いずれ――彼らはきっと帰ってくる。」
リッカ「……彼ら、って……」
サカキは笑った。
それは確信というより、願いに近い。
だが願いは、時に研究より強い。
サカキ「ソーマたちだよ。」
リッカの目がわずかに見開かれる。
サカキ「世界を巡る船がある。ミナトがある。道を繋ぐ者がいる。なら、帰ってこない理由はない。」
サカキ「……そして、帰ってきたとき。」
サカキは指先で、端末の画面を閉じた。
サカキ「彼らの休める場所が必要だからだよ。」
その言葉は柔らかいのに、妙に重かった。
リッカは唇を噛み、視線を落とす。
理屈では分かっていたはずの答えが、胸の奥にまっすぐ刺さってくる。
リッカ「……帰る場所。」
サカキ「うむ。人は、どこへでも行けるようになった瞬間に、逆に“どこにも居場所がない”と感じてしまうことがある。」
サカキ「ここは動かない。だからこそ、世界の中で変わらず灯りを灯せる。」
通路の向こうから、子どもの笑い声が響いた。
誰かが叱る声。
食堂の匂いが、研究区画の端にまで流れてくる。
リッカはその音を聞きながら、ゆっくりと頷いた。
リッカ「……分かりました。」
だがその目には、別の決意も混ざっていた。
リッカ「じゃあ……ここを守らなきゃいけませんね。帰ってくるって信じるなら。」
サカキは満足そうに目を細める。
サカキ「その通りだ。だから私は研究を続ける。灰域種が増えるなら、対策を前に進める。」
サカキ「彼らが帰ってくる日までに――世界を、少しでも歩きやすくしておくために。」
リッカは深く息を吸い、ガラス越しの灰域を見据えた。
外は灰色で、危険は増えている。
それでも、極東には灯りがある。
帰る場所がある。
そしてその場所は、ただ守られるために存在しているのではなく――
誰かを迎えるために、ここにあり続けるのだ。
灰域の霧が、ゆっくりと揺れた。
まるで、遠い航路から近づく足音を、世界が先に聞き取っているかのように。
ーー訓練室
強化ガラス越しに見える訓練室では、乾いた金属音が規則正しく響いていた。
ブン、ブン、と空を切る音。
ショートブレードを握る小さな腕は、まだどこか頼りない。
構えも甘く、踏み込みも浅い。
それでも、その少年は必死に刃を振り続けていた。
10歳ほどの少年。
『雨宮レン』
そのすぐ横で、腕を組んだまま睨みを利かせている男がいる。
リンドウだった。
リンドウ「腰が浮いてる!振り終わりで止まるな、流れで戻せ!」
少年は肩で息をしながら、情けない声を上げる。
レン「も、もう無理だよぉ……パパの訓練、厳しすぎるよお……。」
リンドウは一瞬だけ眉をひそめ、それから呆れたように鼻を鳴らした。
リンドウ「だらしねえな。たったそれだけで音を上げるな。神機は遊び道具じゃねえんだぞ。」
レン「うぅ……。」
それでもレンはブレードを離さない。
小さな手が震えながらも、もう一度構え直す。
その様子を、強化ガラスの向こう側から何人かが静かに見守っていた。
ナナ、シエル、ギル、ロミオ。
そして、腕を組んでやたら大げさにうなずいているエミール。
ナナ「レン君、頑張ってるよね……あの年であれだけ振れるなら十分だよ。」
シエル「ええ。基礎はまだ未熟ですが……反応速度はかなり良いです。」
ギル「やっぱリンドウさんの息子だな。筋がいい。」
ロミオ「10歳であれはすげーよ。俺なんか最初、神機持つだけで泣いてたし。」
エミール「ふっふっふ……未来の英雄候補であるな!レン殿!我が騎士団に入らぬか!!」
ナナ「エミールさん、静かに。」
エミール「おおっと失礼!」
ガラスの向こうでは、リンドウの声が再び響く。
リンドウ「弱音吐く前に、もう十回だ。」
レン「ええぇ……!」
それでも、レンは歯を食いしばって刃を振る。
ブン。
ブン。
不格好でも、確実に前より速くなっていた。
ロミオはその姿を見ながら、ふっと真面目な顔になる。
ロミオ「……俺たちも、のんびりしてられねぇよな。」
ギル「ああ。次の世代が、もう育ち始めてる。」
シエル「年齢から考えて......私たちが現役でいられる時間は、そう長くはありませんから。」
ナナはガラスに手を当て、訓練室を見つめた。
ナナ「でも……だからこそ、守らなきゃだよね。ここも、この子たちも。」
その言葉に、誰も反論しなかった。
遠い欧州。
灰域の向こう。
そこには、まだ帰ってきていない仲間たちがいる。
ギル「スズやリヴィが戻ってきたときに……」
ロミオ「『おかえり』って胸張れる極東にしとかなきゃな。」
エミール「当然であるぞロミオ殿!
このエミール=フォン=シュトラスブルクの同胞である以上......勝利は約束されているのだ!」
ナナはゆっくりと視線を変え、訓練室の外――
灰に覆われた空の、そのさらに向こうを見た。
欧州のある方角。
誰にも聞こえないくらいの小さな声で、呟く。
ナナ「……待ってるからね。」
その言葉は、祈りのようで、約束のようだった。
強化ガラスの向こうでは、今日も刃の音が鳴り続けている。
未来へ繋ぐための、まだ幼いその一振りを......
極東は、静かに、確かに見守り続けていた。
ーー欧州区域
灰域踏破船 ダスティミラー
船内
外は相変わらずの灰色だ。
霧というには濃すぎる灰域の粒子が、海のようにうねり、装甲の外側を滑っていく。
ダスティミラーの多層装甲が、微細に質感を変えながらそれを弾くたび、かすかな摩擦音が船体を震わせた。
静かな航行。
それは、この船が“家”である証でもあった。
だがその静けさが、ひとつの警告音に切り裂かれる。
ピッ、ピッ、ピッ。
モニターの端に、赤い点がいくつも灯った。
点は増え、帯になり、やがて明確な塊として輪郭を持つ。
オペレーター席のセンサー表示が、短く冷たい文字を吐き出す。
敵反応:北西
推定:灰域種
船内の空気が、わずかに重くなる。
操縦席に立つアインは、前方の霧を見たまま、声だけを落ち着いて響かせた。
アイン「……来たな。」
背後には、揃った足音。
リヴィ、サバタ、ルナ。
そして少し離れた場所に、スズがいた。
今のスズは神機を握らない。
けれど、ここにいること自体が、この船にとっての支えだった。
アインはゆっくりと振り返り、三人と視線を合わせる。
その眼差しは鋭いのに、どこか温度がある。
アイン「出撃準備はいいか。」
誰かを急かす言い方ではない。
確認というより、同じ覚悟を確かめる言葉だった。
リヴィが最初に頷く。
リヴィ「問題ない。」
ルナも、少し背伸びをするように胸を張る。
ルナ「いつでも行けるよ。あたしが船を守る。」
最後にサバタが、面倒くさそうに鼻を鳴らした。
サバタ「……ああ、行きゃいいんだろ。」
その手にはロングブレード、呪刀。
かつては共闘を拒む、歪な神機だった。
近くに誰かがいるほど鈍り、孤独であるほど冴える。
サバタは噛み合わない刃と一緒に戦い続けるしかなかった。
しかし今、その刃は静かだった。
コアの光は荒れず、刃の先が不機嫌に震えることもない。
そこにあるのは、まっすぐな武器の気配だった。
7年前の戦いの果てに――
ダインスレイフが残した想いが、呪いの形を変えた。
孤独を求める刃ではなく、共に戦う意味を知った刃へ。
サバタはそれを口にしない。
何かを語るのは性に合わない。
ただ、握りの馴染み方だけが、以前と違っていた。
スズはブリッジの奥、通信端末の前に立つ。
淡い光を帯びる画面に指を滑らせ、微笑みを作った。
スズ「みんな、安心して。私は船の中から、常にサポートするから。」
その声は優しいのに、頼もしい。
スズ「航路も、砲撃支援も、情報も全部回す。……みんなだけに背負わせないよ。」
ルナが少しだけ息を吸い、頷いた。
ルナ「うん。」
リヴィは視線を前方へ戻しながら、淡々と役割を切り分ける。
リヴィ「今回は私が後衛に回る。前衛は――サバタとルナに任せた。」
ルナ「了解!」
サバタは呪刀を肩に担ぎ直し、わざとらしく首を鳴らす。
サバタ「……ヘマすんじゃねぇぞ、監視役。」
リヴィは一瞬だけ眉を動かし、それから肩をすくめた。
リヴィ「もうお前に監視は必要ないだろ。」
その言葉は、皮肉でも叱責でもない。
事実としての、そしてどこか誇らしげな確認だった。
サバタは、ほんの一拍だけ黙る。
そして――口元が歪んだ。
ニヤリ。
サバタ「……へ。悪くねぇ返しだ。」
リヴィ「事実を言っただけだ。」
サバタ「それが気に入ったって言ってんだよ。」
ルナは二人を交互に見て、ぷっと吹き出しそうになるのをこらえる。
ルナ「……仲良いの?」
サバタ「......しばくぞガキ。」
リヴィ「......ふっ。」
スズも小さく笑った。
その笑いは、胸の奥にたまっていた重さを、ほんの少しだけほどく。
アインは会話の終わりを待つように、一度だけ視線を閉じる。
次に開いた片目は、まっすぐ前を射抜いていた。
アイン「航路変更。作戦区域へ。」
ブリッジの端末が一斉に反応し、航行表示が切り替わる。
ダスティミラーの船体が、ゆっくりと角度を変え始めた。
灰域の海が、進路を割っていく。
外は変わらず灰色で、世界はまだ完全に戻ってはいない。
それでも、この船は進む。
ただ生き延びるためではなく、繋ぐために。
アインは操縦席へ向き直り、ハンドルに手を添えた。
その手は迷わない。
七年前の誓いも、背負った罪も、救えなかったものも。
すべてを抱いたまま――それでも前に進むための手だ。
ブリッジにいる全員が、同じ瞬間を共有している。
終わりではない。
けれど、ここまで繋いできた旅路の先にある、新しい始まりへ。
アイン「灰域踏破船 ダスティミラー......発進!」
ダスティミラーの低い振動が艦内を満たす。
エンジンの唸りが、まるで決意の音のように響く。
灰の世界を越えていく。
繋ぐために。
迎えるために。
帰るために。
灰域から生き延びた全ての命のために。
そして戦いの果てに待つ――
極東へ向けて。
ー完ー
ゲーム ゴッドイーター3へ続く