十五夜クライシス 第4話









クロムと名乗る男...いや、ミュータントは不敵な笑みを浮かべ続ける。


ハヤトは武器を構えた。


ハヤト「お前みたいな個体は初めて見るが、ミュータントであることに変わりはねえ。ここで殺す。」


クロム「まあ待て。君たちの今日の相手は私ではない。」


クロムに戦う気はなさそうだ。


クロム「来たな。」


そう言うと、クロムの後方から人影が現れた。


うつむきながらフラフラと歩くその人影はこちらに近づいてくる。


トモ「あの武器...あの戦闘服...。」


ハヤト「ゼノン隊員なのか...?」


物陰から現れたゼノン隊員らしき人物。


恐らく今回行方不明になっていた隊員の1人だろう。


だが様子がおかしい。


そのゼノン隊員はゆっくりと顔を上げた。


ハヤト「マジかよ...。」


ユキオ「どうなっておる。」


トモ「そんな...。」
 

ゼノン隊員の目は赤く光っていた。


まるでミュータントのように。


クロム「くくく...。〈暴走〉した同胞を前に君たちはどうする?果たして殺せるかな?」


そう言うと、クロムは階段から立ち去っていった。


廃墟と化したデパートのような建物。


その一角で信じられない光景に遭遇していた。


言葉を操るミュータント クロム。


そしてミュータントのような姿と化したゼノン隊員。


ハヤト「逃がすかよ。」


クロムを追おうとハヤトは駆け出す。


しかし


『ピギアアアアア!!!』


突然目の前のゼノン隊員がミュータントと同じような怒号を上げた。


そして手に持っていた武器でハヤトに襲いかかった。


ハヤト「ちっ!」


ガキンッ!


ハヤトは武器で受け止める。


ダッ!


ハヤトは後方へ退避し、距離を取った。


暴走隊員は殺気を放ちながら3人に近づいてくる。


ユキオ「こやつ...自我を失っておるのか。」


トモ「どうにかして助けなきゃ!」


暴走隊員は力任せに武器を振り回し、暴れる。


3人は攻撃を回避する。


ハヤト「このパワー....。直撃したら無事じゃ済まねえぞ。」


ズドン!


バキッ!!


暴走隊員の一撃一撃の衝撃で壁や柱にヒビが入る。


まずい状況だ。


敵がただのミュータントであれば殺せば済むが、今回はそうはいかない。


同胞を殺すわけにはいかない。


『グアアアアア!!』


暴走隊員の怒号が再び響く。


先ほどよりもさらに激しく力任せに暴れ狂う。


トモ「どんどん凶暴化していく...!」


ハヤト「くそっ!」


殺戮衝動に支配されたかのように武器を振り回し続ける。


その戦い方はまるでミュータントそのものだ。


トモ「どうすれば...!」


目の前の暴れ狂う隊員を助ける方法を考えるが、手段が見つからない。


苦渋の決断が迫られる。


かくなる上は...。


ハヤト「もう、楽にしてやるしか...。」


とうとうハヤトが攻撃体制に入った。


だが、その時...。


ガゴーン!!


暴走隊員の真上の天井が破壊された。


ユキオ「なんじゃ?」


そして、上から人影が勢いよく降りてきた。


ザクッ!


その勢いのまま、その人物は暴走隊員に武器を突き刺した。


『ア.....ガ...!』


暴走隊員は大量の血液を垂れ流し、地面に倒れた。


その体はピクピクと痙攣(けいれん)していたが、やがて動きは止まった。


突如現れたその人物は突き刺していた武器を暴走隊員の死体から抜く。


「......。」


そして無言のままハヤト達の方に顔を向けた。


3人はその顔を凝視した。


次の瞬間、戦慄が走った。


ハヤト「なっ....!」


トモ「うそ...。」


ユキオ「なんと...!」


その人物の顔を見るのは15年ぶりくらいだろうか。


記憶していた顔と比べると、あどけなさは消えているが、確かに面影はあった。










ハヤト「コウタ.....!」


目の前に現れたのはかつての親友だった。


そして、かつてのゼノン軍の仲間だった。


コウタは3人に背を向け、ガラスが破壊された窓の方へ歩きだした。


ハヤト「待て!!」


建物にハヤトの怒号が響く。


その声にコウタの足が止まる。


ハヤト「てめえ...今までどこにいやがった?どの面下げて出てきやがった!!」


ハヤトは物凄い形相でコウタを睨みつける。


夕陽が建物内を眩しく照らす。


コウタ「ゼノン計画。知りすぎるなよ....。」


ダッ!


コウタはその言葉だけ言い残し、窓から飛び降りていった。


ハヤト「逃がすか!」


ハヤトは窓の方へ駆け出す。


そして地上を見渡すが、すでにコウタの姿はなかった。


ハヤト「くそっ!!」


ユキオ「逃したか。」


突如現れた言葉を操るミュータント、クロム。


ミュータントのように化したゼノン隊員。


そして、かつての仲間...コウタ。


予想外のことが立て続けに起きたが、まずはヴェインに報告しなければならない。


トモは通信機を取り出し、フランに今の出来事を伝えた。


フランは動揺したが、すぐに遺体回収の部隊を送り出した。


その後、ハヤト達もひとまずヴェインに帰還した。





帰還した3人をまずツバキが迎えた。


ツバキ「ご苦労だった。任務の直後で悪いが、先ほどのことを詳しく聞かせてくれ。」


ヴェインの中は慌ただしい雰囲気だ。


3人はツバキに今日出くわしたことの詳細を話した。


その話が終わるまでツバキは黙って耳を傾けていた。


ツバキ「新種のミュータント...クロムか。そしてミュータントと化したゼノン隊員...。」


ツバキは腕組みをしてつぶやく。


ツバキ「それにコウタが姿を現したとは...驚きだ。」


日はすっかり落ち、夜を迎えている。


ツバキ「ミュータントのように化したゼノン隊員の遺体は医療班が調べている。そして体内のコアはリョウヘイが解析をしてくれている。とりあえずお前達は今日は身体を休めろ。」


そう言われ3人は食事や風呂など、それぞれ向かった。


だが今日は衝撃的なことが相次いだこともあって、食事の味などどうでも良かった。


食事を終えたハヤトは身体の疲れを無理矢理洗い流すかのようにシャワーを浴び、雑に頭からお湯をかける。


その間も頭の中にあるのは今日の出来事...特にコウタのことだった。


突如姿を消し、長年行方をくらませていた理由。


そして今日の去り際にコウタが残した言葉。


『ゼノン計画...知りすぎるなよ。』


その言葉が何を意味するのかが分からなかった。


自室に戻り、ベッドの上でしばらく考え続けていたが今日は心身共に疲れているせいか、頭が働かなくなっていた。


そのまま少しずつ意識が遠のいていき、いつの間にか眠りに落ちていった。




時刻 深夜2時


海上のヴェインから北に離れた海岸。


ザザァ


夜の闇に包まれ、波の押し寄せる音が辺りに鳴る。


その闇の中、1人の少女が海岸に立っていた。


その視線は遠く....ヴェインが位置する方角を見つめている。


少女「恐らく...もうすぐ事態が大きく動く。」


波の音でかき消されそうな程のかすかな声で少女は呟く。


少女「私の役目は...彼らの魂を連れていくこと。肉体と魂が切り離される....その時を今は待つ。」


静かな口調の中に少女の強い意志が感じとれる。


少女「強い感応能力を持つ2つの魂を。」





外が夜の静寂に包まれる中、ヴェインの研究室ではリョウがミュータントのように暴れ狂った隊員の機械型コアを解析していた。


解剖された遺体から取り出されたコアの状態がモニターに表示されている。


それを見るリョウの顔は先ほどから険しい表情を浮かべている。


画面の一箇所に気になるものがあるようだ。


そして調べていくうちに、その疑いは確信へと変わった。


リョウ「まさか...こんなことが...!」


真実というのは突如として姿を現す。


過去を知ることでこの世界の真実に近づくことができるのかもしれない。


闇に包まれた深夜。


どこかで眠るコウタは忘れることのない過去の記憶が夢に出てきていた。







ー15年前ー




コウタ「うおおおお!」


昼過ぎ、寂れた工場跡地で激しい戦闘が行われていた。


複数のミュータント相手に次々と斬撃を当てるコウタ。


その斬撃と共に倒れていくミュータント。


コウタ「ラスト1体!」


コウタがトドメを刺そうとしたとき。


ハヤト「俺だ俺だ俺だああ!!」


コウタ「あっ!てめえ!俺の獲物だぞ!」


突然割り込んできたハヤト。


それを阻止するコウタ。


最後の1体を奪い合う2人の少年。


コウタ「こいつは俺が先に見つけたんだ!」


ハヤト「うるさい!早い物勝ちだ!」


コウタ「だから俺が先に見つけたと言ってるだろ!」


エリアには2人の言い争う声が響く。


ミュ『ウガアアアア!』


目の前にいたミュータントは2人に襲い掛かってきた。


コウタ&ハヤト「うるせー!!!」


ズバーン!


2人のイライラ任せの斬撃はミュータントを葬り去った。


コウタ「ふっ。死んだか。さすが俺の一撃。」


ハヤト「いや、俺やろ。」


コウタ「いや、どう見ても俺やん。」


ハヤト「いやいや、絶対俺やし。」


ピピピッ!


言い争う2人を遮るかのように通信端末が鳴った。


端末からはフランの声が聞こえてきた。


フラン『....お二人共。任務が終了したら帰投準備を始めて下さい。速やかに。』


呆れたようなその声にヤベッて思い、2人は慌てて帰投準備をし、それぞれの飛行ビーグルに乗り込む。


コウタは愛機 ファイア・スティングレイのエンジンをかける。





ハヤト「コウタ!どっちが先にヴェインに着くか競走しようぜ!」


ズビューン!!


そう言うと、間髪置かずにハヤトはブルーファルコンを猛スピードで発進させた。


コウタ「あ、待て!ハヤト!ハヤトォォォォォォ!」


コウタは慌てて機体を発進させるが、ブルーファルコンは既にかなり遠ざかっていた。


眼下に広がる海の上を走り抜け、しばらくしてヴェインへ帰還した。


到着して機体を降りると、ハヤトがニヤつきながら待っていた。


ハヤト「うわっ。おせー。」


コウタ「卑怯だぞ!」


ダッ。


ハヤトはコウタを煽るように逃げ出した。


コウタ「待てぃ!」


2人は格納庫を抜け、通路を走り回る。


ダダダダダッ!


2人は激しい足音を響かせながら鬼ごっこをする。


コウタ「うおおお!!」


もう少しで追いつきそうだ。


2人が通路の角を曲がったその時。


ドカッ!


何かにぶつかった。


ハヤト「うわっ!」


コウタ「いてっ!」


2人はぶつかった拍子に転けた。


何にぶつかったのか確認する。


そこには仁王立ちのユキオがいた。


ユキオ「何を騒いでおる。」


ハヤト「うげっ...オっちゃん!」


コウタ「いや、これはその...。」


慌てる2人を見てユキオは大体察した。


またくだらない争いを起こしていたと。


ユキオ「まったく、しょうがない小僧共じゃ。」


ヒョイッ


そう言うとユキオは2人を両肩に担ぎ上げた。


コウタ「うわっ!」


ハヤト「は、離せー!」


2人はジタバタする。


ユキオ「大人しくせんか。飯の時間じゃ。」


ユキオは2人を両肩に乗せたまま食堂へ向かった。


食堂へ入ると食事をしていた隊員たちはハヤトとコウタが担がれてるのを見て笑っていた。


モブ「ハハッ。あいつらまたユキオさんにシメられてるぜ。」


モブ「懲りない奴らだ。」


ハヤトとコウタは赤面した。


ドスッ。


ようやく降ろしてくれ、2人はお盆を持って列に並ぶ。


ハヤト「すいません、おいなりさん下さい。」


食堂のおばちゃん「あ、皮がないです。」


ハヤト「とほほ...。」


ハヤト&コウタはそれぞれ食事を持って席についた。


そこへお盆を持ったトモが現れた。


トモ「おつかれー。」


ハヤト「おう。」


コウタ「調子はどうだ?」


トモ「そのトマト買うの、ちょっと待とう!」


晩飯は3人で食うことが多い。


いいなぁ。


ヴェインは夕食の時間を迎えており、食堂は多くの隊員で賑わっている。


ハヤト「コウタ。この後トレーニングな!」


コウタ「おう、いいぜ!」


ガツガツッ!クチャクチャッ!ブリッ!


あっという間に食い終わり、2人はトレーニングルームへと向かった。


他の隊員たちは皆食事をしているせいか、トレーニングルームには誰もいない。


コウタ「俺たちの貸切だぜ!」


ハヤト「どのトレーニングする?」


コウタ「とりあえずこれだな!」


そこには自転車みたいなトレーニングマシンがあった。


本物の自転車みたいに移動はしないが、その場で漕ぎ続けることで下半身を鍛えることができる。


ハヤト「よしっやるか!」


コウタ「まあ待て。」


そう言うとコウタはその場に膝を着いた。


ダンッ!


そして片膝を立てた。


ササッ!


そして足首にバンダナを巻いた。


ハヤト「なにをやっている?」


コウタ「ふっ。ズボンのスソにバンダナを巻くことで、スソがチャリのチェーンに巻き込まれるのを防ぐことが出来るんだぜ!」


ハヤト「な、なんだとぉ!」


コウタ「驚いたか?俺の勝ちだな。」


ハヤト「ぐぬぬ。トレーニングでは負けん!うおおおおおお!」


コウタ「うおおおおおおぉ!」


2人はひたすらチャリを漕ぎ続けた。


トレーニングは深夜まで続き、疲れ切った後はぐっすりと眠った。


翌日以降も相変わらず任務に励み、トレーニングを続ける日々を送った。


コウタとハヤトは任務終わりによく海岸へ寄り道していた。





コウタ「いやー、この海岸はいい場所だよなー!」


ハヤト「ああ、俺らの特等席だぜ!」


1日の任務を終え、地平線に夕陽が沈んでいる。


海を照らす夕陽はとてもキレイで、見ているだけで疲れが癒やされる。


波の音、海から来る浜風、それらがすごく心地よく感じる。


コウタ「これからもこの場所は俺らの大切な場所だからな?」


ハヤト「もちろんだ!ミュータントなんかに渡さねえぞ!俺らでしっかり守って行こうぜ!」


荒廃してしまった地上にもまだ輝いている場所はある。


この海岸のように美しい場所をミュータントに汚させるわけにはいかない。


ゼノン計画完遂の日まで、しっかり戦っていこうと改めて決心した。


その後も2人は任務を終えた後はよくこの海岸へ立ち寄った。


嫌なことを忘れさせてくれる大切な場所。


ここへ来れば広大な海が戦う力を与えてくれた。


2人にとってすごく楽しい日々だっただろう。


時にはその海岸で哲学的な話で盛り上がった。


ハヤト「なあ、シュレディンガーのハトって知ってるか?」


コウタ「あれだろ?毒ガスが充満した箱の中にいるハトが生きてるか死んでるか...それを観測するまで2つの確率が存在してる的な。」


ハヤト「いや、いかん!」


コウタ「これは知ってるか?世界5分前仮説!」


ハヤト「ふっ。この世界は本当は5分前に始まった。全ての生物の記憶、森羅万象は5分以上前から存在してるように設定して作られてる。だろ?」


コウタ「ぐぬぬ...!」


この海岸で過ごす時間は特別なものだった。


毎日のように喧嘩?しながらも充実した日々を過ごした。


いつまでもそんな日常が続くと思っていた。


だが、幸せというのは突如として終わりを迎える。


とうとう、コウタの運命を分岐させるきっかけとなった出来事がやってくる。


ある日、単独での討伐任務を終えたコウタは帰路へ着こうとしていた。


コウタ「さて、今日はこんなもんか。」


飛行ビーグルに乗ろうとしたとき、ある建物が目に止まる。


コウタ「フェンリルタワーか...。」


フェンリルタワー


それはかつてゼノン軍が創設された当初に、人類によって造られた高さ100メートルを超える巨大な構造物である。


内部には人類に関する歴史や遺伝子情報など様々なデータが眠っており、タワーを保護することもゼノン軍の重要な使命なのだ。


内部へ入るには、一部の人類のみが知る認証パスワードが必要なため、ゼノン軍が中へ入ることは出来ない。


コウタは帰る前にタワーの近くに行ってみることにした。


コウタ「やっぱりでけぇなー。」


地上の構造物はほとんどが朽ち果てているが、フェンリルタワーだけはゼノン軍によって保護されているため、景観を保ったままそびえ立っている。


コウタ「こういうのは男心くすぐられるぜ。」


しばらくタワーを眺めた。


コウタ「ちょっと触るくらいならいいよな?」


テンションの上がったコウタはフェンリルタワーの壁に触れてみた。


すると


コウタ「うぐっ...!」


突如頭痛が走った。


その瞬間、頭の中に奇妙な映像が流れてきた。




その映像の中には数人の人類が映っていた。


背広を着た偉そうな人や科学者らしき人物がいる。


研究室と思われる場所で機械型コアを手に持っている。


ゼノン隊員の体内に組み込まれているコアだ。


なにやら話し込んでいる様子だが、そこにいる全員が邪悪な笑みを浮かべている。


それは、とても善人には見えない表情だった。


すると、映像が真っ白な物に変わった。


ザザ....ザ...


その映像の中心に文字列が浮かび上がって来た。


数秒その状態が続いたが、そこで映像が途切れた。






コウタ「....っ!」


気がつくと、先ほどと同じフェンリルタワーの前にいた。


コウタ「なんだよ...今のは...。」


突然の出来事に頭が混乱する。


コウタはもう一度タワーの壁に触れてみたが、何も起きない。


夢でも見ていたのだろうか。


だが、あまりにもハッキリとした映像はコウタの脳裏に焼き付いた。


それと同時に恐怖を感じたコウタは飛行ビーグルに乗り込み、急いで帰路に着いた。


エンジン音と共に飛び去ったコウタの飛行ビーグル。


それをタワーの前で見つめる謎の少女の姿があった。


少女「高い感応能力...。それこそが私が求めていた存在...。」


そう呟いた少女の顔はわずかな笑みを浮かべているようにも見えた。


夕陽が地平線に消えかけ、間もなく夜を迎えようとしていた。






十五夜クライシス 第4話 完