十五夜クライシス 第5話











ハヤト「コウタ最近顔色悪くねーか?」


フェンリルタワーの前で謎の映像を見てから数日が経っていた。


普段通りの任務をこなし、夕食を食っていたときにハヤトに心配された。


コウタ「ん?まぁ...ちょっと疲れているかな。」


ハヤト「マジかよ。でも確かに最近毎日任務だからな。ちゃんと睡眠取っとけよ。」


コウタ「ああ、そうだな。」


ここ数日コウタはあまり眠れていなかった。


あの日の妙な映像のことが頭から離れない。


日が経つにつれ、あの映像の真意を確かめたいという感情がコウタに出てきていた。


ただの幻覚なのか。


それとも何かの暗示なのか。


次の日、任務を片付けた後に再びコウタはフェンリルタワーの前に来ていた。


そびえ立つタワーを見上げる。


今も先日の映像が脳裏に焼き付いている。


タワーの内部へ繋がる巨大な扉の前に立った。


映像の中で見た文字列を今もハッキリと覚えている。


果たして何を意味する文字だったのか。 


コウタ「まさかとは思うが...一応入力してみるか。」


緊張で変な汗が出てくる。


コウタは指を震わせながらダメ元で扉のパネルにその文字列を入力した。


ピーッ!


その音に体がビクッと反応する。


少しの沈黙が続いた後。


ゴゴゴゴ...


コウタ「開いた...。」


まさか本当に開くとは思っていなかった。


映像の中で見た文字列はタワーの認証パスワードを表示したものだった。


それと同時にあの映像はただの幻覚ではないことが確実となった。


唖然とするコウタ。


その光景を後方の物影から見る何者かの姿があった。


その人物は何かを呟き、不敵な笑みを浮かべて去っていった。
 

扉の向こうは暗くてよく見えない。


コウタは中へ入るのを躊躇する。


決して開いてはならないパンドラの箱を開けるような恐怖に襲われる。


しかし今のコウタはあの映像の真意を突き止めることへの使命感みたいな感覚を背負っていた。


そしてゆっくりと中へ足を進めた。


この先は未知の領域だ。


最大限の警戒をしつつ、しばらく進んでいくと。


コウタ「誰だ!」


前方に人影が見えた。


コウタは武器を構えた。






ー2時間後ー




リョウ「さて、武器の整備終わりっと。」


ヴェインの武器保管庫ではリョウがいつも通りメカニックとしての仕事をしていた。


ウイーン


すると保管庫の扉が開いた。


リョウ「おう、コウタ!今日は帰りが遅かったじゃん!」


そこには帰投したばかりのコウタがいた。


コウタ「....ああ。」


リョウ「お前、どうしたんだ?顔面蒼白じゃん!」


そこにいたコウタは目がうつろだった。


心ここにあらずという感じだ。


コウタ「...任務で疲れただけだ。悪いがこいつ片付けといてくれ。」


そう言うと、リョウに武器を渡した。


リョウ「お、おう。あんま無理すんなよ?」


コウタは軽くうなずいてそのまま保管庫を出て行った。


その後は適当に夕食とシャワーを済ませて眠りに落ちた。


心身共に疲弊していたせいか、布団に入ってすぐに意識は無くなっていた。


ここ数日で一番長い睡眠時間だったせいか、翌日は思いの外、身体の疲れは回復していた。


しかし心は重かった。


タワー内部で見たものが頭を駆け巡る。


コウタは重い足取りでハヤトの部屋へ向かった。


コンコンッ。


ハヤト「あん?」


ノックの後にハヤトの声が返ってきた。


ドアを開けるとハヤトはだるそうにベッドに座っていた。


起きたばかりのようだ。


ハヤト「おう、どうしたこんな朝早くから。」


コウタ「ああいや、その...。」


歯切れの悪い様子のコウタにハヤトは不思議がる。


コウタ「今日任務が終わったら話したいことがあるんだ。時間空けといてくれるか?」


ハヤト「なんだよ。話したいことって。今じゃダメなのか?」


タワー内部に侵入したことや、そこで見たもののことを打ち明けようと考えていた。


本来は重大な違反となることなので、誰かにバラすことなど出来ないが、親友にだけは話そうと思っていた。


だが、一晩経った今もコウタは動揺している。


1日身体を動かして落ち着いてから話そうと決めた。


コウタ「俺はこれから軽く任務を済ませてくるし、夜の方がゆっくり話せそうだから。」


ハヤト「そうか...。詳細が気になるが、お前のタイミングに合わせるよ。」


コウタ「悪いな。それじゃあ、行ってくるわ。お前もダラダラしすぎるなよ。」


ハヤト「へいへーい。」


コウタは部屋を出て行った。


フランに適当な任務を発行してもらい、さっさと飛行ビーグルでヴェインを出た。


とにかく今は身体を動かしたかった。


部屋で一人でいたら頭がおかしくなりそうだった。


少しでも気晴らしになればと思い、青空の下で武器を振り回すことを心が求めている。


とにかく1日中思う存分身体を動かして全てをハヤトに打ち明けよう....そのつもりだった。






しかし、コウタがヴェインに戻ってくることはなかった。


コウタの代わりにヴェインに来たのは衝撃的な知らせだった。


『コウタがとあるレジスタンスキャンプのメンバーを全員殺害した。』


この知らせが来たのは夕方だった。


襲われたメンバーの1人が瀕死の状態でヴェインに救難信号を送ってきていた。


コウタに襲われたというメッセージと共に。


すぐに救護班と複数の隊員が現場へ急行した。


その中にはハヤトとトモも同行した。


しかし、現場に着いたときには既に全員息絶えていた。


周囲に散らばる大量の血液と死体。


凄惨な光景だった。


現場の近くにはコウタの飛行ビーグルと通信端末が捨てられていた。


位置情報が分かるそれらを捨ててコウタは行方をくらましたようだった。


ハヤト「コウタ....なんでだよ....っ!!」


その後も現場の解析が行われたが、調べれば調べるほどコウタが犯人だという確証が強まるばかりだった。


その後コウタは大量殺人犯、逃亡犯としてヴェインの重要指名手配人となり、行方を追われ続けることとなった。


フェンリルタワー内部で何を見たのか。


そしてあの日の惨殺事件をなぜ起こしたのか。


....その真実はいずれ明かされることになるだろう。






ー現在ー




朝日が眩しく海を照らす。


太平洋の海上にあるヴェインも朝を迎えていた。


食堂ではハヤトとトモが朝食を食っていた。


トモ「昨日は眠れた?」


ハヤト「いや、あんまり。」


トモ「私もだよ。」


昨日は多くのことがありすぎた。


謎のミュータント、クロムの出現。


15年ぶりに姿を現したコウタ。


衝撃的な出来事の連続で身体よりも精神的に疲れがたまった感じだ。


ピピピッ。


そのとき、トモの通信端末が鳴った。


リョウからだ。


リョウ『おはよう。今ナカムラと一緒か?』


トモ『うん、食堂にいるよ。』


リョウ『そうか。昨日ミュータントみたいに暴れたゼノン隊員いただろ?彼のコアを解析して分かったことがあるんだ。朝飯食ったら研究室まで来てくれないか?』


トモ『了解。ハヤトにも伝えておくよ。』


朝食をさっさと食い終え、2人は研究室へ向かった。


扉を開けるとリョウの他にツバキとユキオもいた。


ツバキ「おはよう。昨日は大変だったな。」


トモ「はい。...それで、分かったこととは?」


ツバキはリョウを見る。


リョウ「早速だけど説明させてもらうよ。」


モニターの画面を起動させる。


リョウ「昨日暴走した隊員...彼のコアに強力な電磁パルスを受けた痕跡が見つかった。」


ハヤト「電磁パルス...だと?」


リョウ「うん。間違いないよ。」


リョウ「そして、現場にこんな物が落ちていたらしい。」


ゴトッ


机の上に何かを置いた。


ハヤト「そいつは...拳銃?」


リョウ「うん。この銃も調べたけど、どうやら引き金を引くと銃口から電磁パルスが発射される仕組みのようだよ。」


腕組みをしていたツバキが反応する。


ツバキ「電磁パルス...EMP攻撃か?」


リョウ「その通り。彼のコアはEMP攻撃を浴びせられて彼自身の暴走に繋がったと考えられますよ。」


モニターの画面にはコアの状態が表示されている。


リョウ「そして...ある程度暴走した後は、宿主の身体は耐えられず...死に至る。」


一同の表情が曇る。


リョウ「俺たちゼノン隊員の身体に埋め込まれた機械型コア...その構造はとても複雑で俺も全てを知っているわけじゃないよ。でも...」


一瞬の間を置いて続ける。


リョウ「機械型コアのことを熟知してないと、こんな物は作れない。コアを暴走させ、そして宿主もミュータントのように自我を失わせ、死に至らしめるような代物なんて。」


ユキオ「悪魔のような兵器じゃな。」


ツバキ「ああ。まるでゼノン軍を殺すために作られたような...恐ろしい兵器だ。」


一体誰がこのような物を作ったんだ?


トモ「昨日遭遇したクロムとかいうミュータント...。あいつが怪しいね。」


ハヤト「あの野郎...かなりの知性を持っているように見えた。捕まえて拷問して吐かせるしかねぇな。」


昨日見たクロムの邪悪な笑みが頭に浮かぶ。


ツバキ「クロムと名乗るミュータントは不明な点が多いが、危険な個体というのだけは確かだろう。遭遇したらくれぐれも無茶な行動はするな。まずは身の安全を第一に考えた行動を取れ。」


ハヤトは渋々うなずいた。


リョウ「とりあえずこれからも解析を進めるよ。新しいことが分かり次第すぐに報告する。」


現状は解析が進むのを待つしかない。


ハヤト「コウタの野郎は...どうするんだ?」


正直ハヤトはそこが一番気がかりだ。


ツバキ「知っての通りコウタは再び行方をくらましている。見つけるのは困難だろう。
だが奴は大罪人として必ず捕縛し、ゼノン軍として相応の処分を下さなければならない。...いつになるか分からないがな。」


ツバキ「とにかく今は通常通りの任務をこなせ。ミュータントを狩ることがお前たち戦闘員の仕事だ。」


こうしている間にもミュータントは地上に生存している。


ミュータントを殲滅し、ゼノン計画を完遂させることがゼノン軍の使命だ。


気持ちを切り替え、ハヤトとトモは任務へ向かった。


照りつける太陽の下、飛行ビーグルが風を切って走り抜ける。


2人の機体は廃墟が並んだ地帯に着陸した。


しばらく歩いてゆくと、ミュータントの群れが近づいて来た。


そして反対側から別の群れも来た。


左右から挟まれた形だ。


ハヤト「俺は右、トモは左側を頼む。」


トモ「了解。気をつけてね。」


ダッ!


そう言うと2人はそれぞれの方向に駆け出した。


近づいて来たトモに一体のミュータントが飛びかかる。


しかしトモは槍のリーチを生かし、そいつを串刺しにした。


ミュ『ガウッ!』


そしてそのミュータントを群れの方向へ蹴り飛ばした。


群れは一瞬ひるむ。


トモはその隙を逃さず、一気に距離を詰め、次々と斬りつけてゆく。


ミュ『ウガァ!』


ミュータントも反撃するために力任せにトモを殴りつけようと拳を振り上げる。


トモ「おっと!」


トモは後ろへ宙返りし、かわす。


そしてビルの壁へ一瞬着地する。


ダッ!


そのままビルの壁を蹴り、勢いよくミュータントへ突進しつつ槍を貫通させた。


ミュ『ピギャー!!』


得意のスピードを生かした戦い方ですぐに群れを殲滅させた。


そしてハヤトも群れを次々と殺していった。


ザシュッ!


返り血を浴びながら横を見る。


群れにいたミュータントが一体逃げ出していた。


逃げた先には林があり、その向こうには深い谷が広がっているはずだ。


ハヤト「逃がすかよ。」


木々の間をミュータントの足音を頼りに追いかける。


しばらくミュータントを追いかけた所でハヤトの足が止まる。


視界からミュータントが消えていた。


いつの間にか林を抜け、前方には谷が広がっている。


ハヤトは目を瞑る。


数秒の沈黙が続いたのち、再び目を開けた。


そして岩陰の方へ歩き出した。


一歩一歩岩陰へ近づいてゆく。


手を伸ばせば岩陰に届きそうな距離まで近づいたとき。


ドゴーン!!


岩陰に隠れていたミュータントの拳で岩が破壊された。


その勢いのままハヤトに攻撃が襲いかかる。


だがその瞬間。


ミュータントの頭上にはハヤトの大剣が襲いかかっていた。


ブチャア!!


ミュ『ガウ...!』


ハヤト「...そんな殺気に気づかねぇと思うか?」


頭を潰され、その場に倒れるミュータント。


即死だろう。


その死体をハヤトは見下ろす。


ハヤト「...俺は今日機嫌が悪いんだよ。」


死体を睨みつけながらタバコに火をつける。


煙が風に流されてゆく。


谷から強い風が吹いてくる。


ハヤトは谷の方へ歩いてゆく。


そして下を覗きこむ。


ハヤト「かなり深いな。」


ビュォォォ...


谷には風の音が響いている。


ハヤトは辺りを見渡す。


すると、近くに吊り橋があった。


その吊り橋は谷の向こう岸へと繋がっている。


ハヤトは吊り橋の方へ向かった。


近くで見てみるとその吊り橋はかなり老朽化が進んでいた。


ハヤト「ボロい橋だぜ。」


スパー


タバコの煙が風でどこかへ消えてゆく。


ハヤトはそれとなく吊り橋の手すりに触れてみた。


次の瞬間


ハヤト「うぐっ..!」


頭痛が走った。


そして視界が歪んでゆく。


それと同時に頭の中に妙な映像が流れこんできた。







映像の中には吊り橋に立つハヤトの姿があった。


だが、様子がおかしい。 


何かを叫んでいる。


いや...怒り狂っている様子だ。


武器を片手に、もの凄い形相で吊り橋の向こう岸を睨みつけている。


そして叫びながら吊り橋の向こう岸へ走り出した。


直後に映像が激しく揺れた。


そこで映像は途切れた。







ハヤト「....っ!」


気がつくと、さっきと同じように吊り橋の前にいた。


ハヤト(なんだ、今のは....!?)


吸っていたはずのタバコが地面に落ちている。


ハヤト(前にも似たようなことがあったよな...?)


幻覚でも見たのか?


一旦冷静になろうと深呼吸する。


すると、ハヤトの横に人の気配がした。


ハヤトはその方向を見た。


小さな気配だったがその気配は気のせいではなかった。


ハヤトが向いた先...そこには10歳にも満たないであろう小柄な少女が立っていた。


不思議な気配を持つその少女とハヤトは目が合う。


ハヤト「子供...どこかのレジスタンスの迷子か?」


その問いに少女は首を横に振る。


少女「私は....私の名前は...リル。」


リルと名乗る少女は子供とは思えないほど落ち着いた雰囲気だ。


リル「私の正体は....この世界...」


そう言いかけたとき。


近くで足音が聞こえてきた。


その足音は少しずつ近づいてくる。


トモ「ハヤト、こんな所にいたんだ。何してるの?」


トモがハヤトを探しに来てたようだ。


ハヤト「いや、一服してただけだ。あ、トモこのガキ知ってるか?」


ハヤトはリルの方を指す。


しかし


ハヤト「ん?いねえぞ。」


そこにリルの姿はなかった。


トモ「ん?ガキって何のこと?」


確かにそこに居たはずの少女の姿が消えていた。


ハヤト(いつの間に帰ったのか?すばしっこいガキだな...。)


不思議ではあったが、面倒なのであまり考えないことにした。


ハヤト「ああいや、なんでもねえ。」


トモ「そっか。とりあえずヴェインに戻ろうよ。」


ハヤト「そうだな。」


2人は飛行ビーグルの方へ歩いていった。


谷に掛かる吊り橋の上。


そこには、遠ざかるハヤトとトモを見つめるリルの姿があった。


リル「さっき彼が見た感応現象は....近々訪れるかもしれない...未来?」


ビュォォォ...


谷間の風でその声は今にも消えそうだ。


リル「だとしたら...この場所...この谷で大きな"何か"が起こる...。」


そう呟くリルの視線は吊り橋の向こう岸を見つめていた。





十五夜クライシス 第5話 完