心地よい鳥の鳴き声。


海岸を包み込む波の音。


その日にどんな運命が待ち受けていようと、朝日はいつも通りに顔を出す。


フェンリルタワーを眩しく照らす朝日。


その頂上は包のように空洞になっていた。


いや、包というより砲台と呼んだ方が正しいのかもしれない。


上空の風を受けながら、タワーは静けさを保っていた....。









十五夜クライシス 





〜 第7話 〜





ヴェインでは朝から複数の部隊が任務の出撃準備を行っていた。


ハヤトとトモは格納庫へ行くべく、エレベーターに乗ろうとしていた。


そこへユキオがやってくる。


ユキオ「もう任務へ行くのか?」


ハヤト「ああ。」


いつも通りミュータントを討伐すべく、飛行ビーグルが次々と飛び立っている。


ユキオ「そうか...気をつけるのじゃぞ。一つの油断で命というのは簡単に消えてしまうのじゃ。」


ハヤト「お、おう。」


普段と違うユキオの態度に違和感を感じる。


ユキオ「ワシも後から任務へ向かう。お互い無事に帰還しようぞ。」


ハヤト「ああ、もちろんだ。」


ハヤトとトモはエレベーターへ乗り、格納庫へ向かった。


格納庫では2人のビーグルが出撃ゲート前に用意されていた。


整備士「いつでも出せますよ。」


トモ「ありがとう。」


エンジン音と共に2人のビーグルは出撃し、作戦区域へと向かった。


眼下に広がる大海原を抜け、旧市街地エリアに着陸した。


トモ「よし、任務を始めようか。」


周辺には廃墟と化した民家や倒れた信号機などが散らばっている。


エリアを包む静けさが逆に不気味だ。


トモ「偵察班によると、民家や他の建物の中にミュータントが身を潜めているらしいよ。」


ハヤト「...だろうな。姿は見えねえが、ネバネバした殺気を感じるぜ。」


既にこちらの姿は認知されているのかもしれない。


いつでも戦闘を開始できるよう、最大限の警戒をする。


どこから見られているか分からない緊張感の中、2人は索敵を始めた。





ー 同時刻 ー



荒廃した地帯にそびえ立つ一つの建造物。


フェンリルタワー


その内部に普段は無い人影があった。


高身長の青年のような風格。


不気味に光る赤い目。


そこにいるのはクロムだった。


タワー内部の一室。


クロムの前には巨大なモニターがある。


そして起動されたコンピューター。


クロムは不敵な笑みを浮かべながらコンピューターのパネルを操作する。


クロム「ゼノン軍よ。お前達はこの世界の平和を取り戻すべく産み出された人類最後の希望.....」


クロム「そしてその建前の裏に隠された真実によって犠牲となる救いの無い存在。」


クロム「ゼノン軍...その犠牲はこの世界の記憶に未来永劫語り継がれてゆくだろう。」


パネルには〈起動〉の文字が表示されている。


クロムはその表示を見つめる。


その表情は全てを見通してるような、冷静な雰囲気を漂わせていた。


右手がゆっくりと〈起動〉の表示に近づく。


クロム「悲しき戦士...ゼノン軍よ。安らかに眠れ。」


右手が〈起動〉の表示に触れた。


その瞬間、フェンリルタワー頂上から一瞬の閃光が広範囲に放たれた。






旧市街地エリアではハヤトとトモがミュータントと戦闘をしていた。


ハヤト「おらっ!」


トモ「でやっ!」


ザシュッ!


ミュ『ピギャア!』


周辺には複数のミュータントの死体が倒れている。


ハヤト「次々沸いて来やがるな。」


先ほどから隠れていたミュータントの奇襲を受けている。


家屋の中にかなりの数が潜んでいるようだ。


トモ「何匹いるか分かんないけど、しっかり数を減らしておこう。」


このエリアには多くの廃墟が存在する。


ミュータントが隠れられる場所はいくらでもある。


まだまだ戦闘は続きそうだ。


再び索敵を始めようとしたその時だった。


突如他のエリアの隊員から無線が入った。


『救援求む!誰か聞こ....るか!?』


通信が安定しない。


ハヤト「どうした!?」


通信機を取り出して答える。


『突ぜ...数人の隊...が暴走...めた!まるでミュ.....ントのよう...!』


ブツンッ


ハヤト「おい!何があった!!おい!」


通信は途絶えてしまった。


トモ「一体どうなってるの!?」


ハヤト「分からねえ!周りもやけに騒がしくてよく聞こえなかった!」


何が起きている?


ハヤト達にも緊張が走る。


そのとき、再び通信機が鳴った。


その通信はフランからだった。


フラン『緊急事態が発生しました!先ほど広範囲に及ぶ大規模なEMP攻撃を検知!ヴェイン内部でも複数の隊員が暴走しています!』

 
その通信からは奇声や戦闘音などが聞こえてくる。


フラン『現在正常な戦闘員が食い止めていますが....え!?暴走がどんどん広がっていく!!正常な隊員にまで!そんな...きゃあああ!!』


ザザアァ...!


ヴェインからの通信も途絶えた。


トモ「フラン!?聞こえる!?フラン!!」


いくら呼びかけても応答はない。


各地でも同様のことが起こっているのだろう。


ハヤト「くそっ!とにかくヴェインへ戻るぞ!」


2人は急いで飛行ビーグルに乗り込んだ。


エンジンをかけ、猛スピードでヴェインへ機体を発進させた。


眼下に広がる廃ビル地帯を抜け、太平洋の上を走り抜ける。


毎日通る大海原の道のりがとても長く感じる。


トモ「フラン...無事でいて..!」


2人の機体はフルスピードで移動を続ける。


ハンドルを握る手に力が入る。


かつてない事態を前に恐怖も大きかった。


自分たちが常に死と隣り合わせに居ることを改めて痛感していた。


だが、それでも仲間の元へ行かなければならない。


ひたすら機体を飛ばし続け、ようやくヴェインに到着した。


2人は到着と同時に機体から飛び降りた。


無人の格納庫を出て通路を走る。


内部では激しい戦闘音が響いている。


ハヤト「やばい状況だ...急ぐぞ!」


トモ「分かってる!」


すぐに戦闘に入れるよう武器を片手に先を急ぐ。


階段を駆け下り、エントランスへ向かった。


エントランスのゲートを開く。


そこに広がる光景は想像を絶する凄惨なものだった。


荒らされた室内、飛び散ったガラス片。


そして多くの隊員の死体が横たわっていた。


ハヤト「マジかよっ!」


トモ「そんな...!」


ゼノン軍にとって安息の地だったヴェイン。


その内部でこのような光景を目にするとは思わなかった。


2人は言葉を失った。


そしてその一箇所に戦闘員のものではない身体が倒れていた。


トモ「...フラン?」


トモはそこへ駆け寄る。


近づくと倒れている白い肌をはっきりと認識出来た。


その場所には、血溜まりの上に横たわるフランの姿があった。


トモはフランを抱きかかえる。


トモ「フラン!しっかりして!フラン!!」


必死に名前を呼びかけるが、全く反応がない。


その身体は傷だらけだった。


もう息は止まっている。


武器で襲われたのは一目で分かった。


どこからどう見ても致命傷だった。


トモ「うぅ...。」


トモは目に涙を浮かべる。


昔から妹のように可愛がっていた存在だ。


そのショックは大きかった。


トモが悲しみ暮れていたその瞬間。


『ガアアアア!!』


物陰から何者かが現れた。


ゼノン軍の戦闘服を着た人物が武器を振り上げていた。


その者の目は赤く光っていた。


暴走したゼノン隊員だろう。


トモに襲いかかろうとしていた。


ハヤト「トモ!後ろだ!!」


隙を突かれたトモは反応が遅れる。


トモ「あっ....!」


振り向いたときには武器が振り下ろされようとしていた。


間に合わない。


頭めがけて近づいてくる武器を前に、時間がゆっくりと流れるような感覚がした。


ここまでか。


襲いかかる武器が身体に当たろうかという瞬間。


ドカッ!


『グアアアア!』


襲って来た暴走隊員が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


ユキオ「お前達、無事じゃったか!」


そこにはゼノン隊員を蹴り飛ばしたユキオの姿があった。


ハヤト「オッちゃん!一体何があったんだ!!」


ユキオ「お前達も聞いたじゃろう!EMP攻撃とやらを受けたんじゃ!」


各地で起きた大規模なEMP攻撃。


逃げ場のないヴェイン内部では暴走した隊員と、正常な隊員の激しい戦闘が行われた。


ユキオ「最初は暴走した者は数名じゃったが...それが次々と正常な者にまで広がっていきおった!
まるで感染していくように!」


暴走した者と戦ううちに、正常な者まで暴走していった。


その光景はまさに「感染」そのものだった。


ドガンッ!


そのとき、エントランスと通路を繋ぐ扉の一つが破られた。


『ガアアア!!』


そして多くの暴走した隊員が襲いかかってきた。


ユキオ「いかん!お前達、逃げるぞ!」


ハヤト「逃げるってどこへ行けばいいんだよ!」


ユキオ「もうヴェインは危険じゃ!格納庫から飛行ビーグルで脱出するんじゃ!」


ヴェイン内部はもはや暴走隊員の巣窟だ。


とにかく外へ出て身を潜めるしかないだろう。


ハヤト「トモ、行くぞ!」


ハヤトはトモの手を取る。


トモ「...うん、行こう!」


悲しみに暮れている余裕などない。


トモは力強く立ち上がった。


そして最後にフランの姿を目に焼き付けた。


ユキオ「格納庫じゃ!行くぞ!」


3人は駆け出した。


暴走隊員たちが来た方向と反対側の通路へ走る。


ハヤト「トモは真ん中にいろ!」


先頭をハヤト、真ん中にトモ、そして最後にユキオの順で移動を続ける。


この状況でエレベーターを使うのは危険だ。


最上階の格納庫へ向けて階段を駆け上がる。


暴走隊員たちも3人を追い続ける。


『ガアアアアアア!!』


室内には奇声が鳴り響く。


ユキオ「決して立ち止まるな!走り続けるのじゃ!」


緊迫した状況が続いているせいか、身体の疲労はピークに達している。


だが、ここで止まるわけにはいかない。


止まれば地獄が待っている。


階段を最上階まで登り、通路を走る。


ハヤト(昔この通路でよくコウタと走り回ってたな...。)


緊迫した状況の中、ハヤトは昔のことが頭をよぎった。


3人は突き当たりを曲がり、さらに通路を走り続けた。


そして、ようやく格納庫へ到着した。


格納庫へ入ると、すぐに扉を閉めた。


そして扉のロックをかけた。


走り続けた3人は息を整える。


トモ「この扉を破られるのも時間の問題だよ。」


ロックをかけたとはいえ、暴走隊員のパワーを持ってすれば突破するのは難しいことじゃない。


ハヤト「ああ、とにかく脱出だ。」


まずは目の前の危機から逃れることが先決だ。


3人は飛行ビーグルへ向かった。


ユキオ「ゔぉ....っ!」


そのときだった。


突如ユキオの足が止まった。


一瞬の身体の震え。


それと同時にユキオは下を向いた。


ハヤト「どうした?」


様子がおかしいユキオに気づく。


一刻も早く脱出しなきゃならないのにユキオは動かない。


ハヤト「おい!」


痺れを切らしたハヤトはユキオの方に向かう。


しかしユキオは手を前に出し、それを制した。


そしてハヤト達の方にゆっくりと顔を上げた。


ユキオ「すまぬ。ワシは....行けん。」


小さくそう呟いた。


ハヤト達はユキオが何を言っているのか理解出来なかった。


しかし、次の瞬間。


その言葉の意味を理解した。


ハヤトとトモを見るユキオ。


....その目は赤く光っていた。


ハヤト「嘘..だろ...。」


トモ「ユキオさん....!」


信じられない光景だった。


ユキオ「ふっ...ワシもヤキが回ったのう。」


まだ意識はある。


しかし、ユキオは自我が少しずつ侵食されてゆくのを感じていた。


この侵食が完了する頃、自分は完全に自分じゃなくなるのだろう。


ユキオ「お前達...行くのじゃ。」


こうなれば出来ることはハヤトとトモを確実に脱出させることだ。


ハヤト「行けるわけねえだろ!!」


しかしハヤトはそれを拒む。


幼少の頃から慕っていた戦友だ。


簡単に見捨てられるはずがなかった。


ガンッ!ガンッ!


そのとき、格納庫のドアが激しく殴られた。


『グアアアア!!』


扉の向こうから暴走隊員たちの奇声が聞こえる。


もう時間がない。


ユキオ「行くのじゃ!!ワシはいつまで正気を保てるか分からん!ここはワシが食い止める!はよ逃げい!!」


格納庫の扉は激しく揺れる。


いつ破られてもおかしくない。


ハヤト「オッちゃん...!」


もうどうにもならないことはハヤトも分かっていた。


助ける術などないことを。


しかし、頭で分かっていても心は納得出来ない。


出来るはずがない。


トモはハヤトの手を引く。


トモ「...行こう!ハヤト!」


ハヤト「ぐっ...!」


ハヤトは歯を食いしばる。


怒りや悔しさで頭がおかしくなりそうだ。


ユキオ「この世界を守るのがお前達の使命なのじゃ!!行け、ハヤトー!!」


ここで全員が倒れてしまっては全てが無駄になる。


犠牲となった者、そして地下で暮らす人類のためにも生き延びなければならない。


ハヤト「くそっ!!」


ダッ!


ハヤトはトモを連れて飛行ビーグルへ駆け出した。


それぞれの機体へ乗り込み、エンジンをかける。


ユキオ「それでよい...。」


ユキオは小さく微笑んだ。


戦友として今日まで共に戦ってこれた。


ハヤト達の成長も見守ってきた。


充分幸せだった。


ゴゴゴゴゴ...


エンジン音と共に2人の飛行ビーグルは外へ飛び立つ。


ヴェインの格納庫から脱出する瞬間。


ブルーファルコンの窓越しにハヤトとユキオは目が合った。


互いに最後の姿を目に焼き付ける。


ユキオ「この世界を...任せたぞ。」


ハヤトとユキオはうなづき合った。


バシュウウウ!!


激しいエンジン音を残し、2人の機体は外へ消えていった。


格納庫に1人残ったユキオ。


扉は今にも破られそうだ。


ユキオは扉の方に体を向ける。


ユキオ「ゔぐぉ...っ!」


確実に自我が侵食されてゆくのを感じる。


だが、間に合ったようだ。


自分が暴走する前にハヤトとトモを脱出させることが出来た。


ユキオは腰に着けていた小型爆弾を手に取る。


万が一のために身につけていた兵器だ。


ユキオ「このような形で使うとはのう...。」


爆弾を見つめ、小さく呟く。


ガーン!!


その時、とうとう扉が破られた。


『グガアアアアアア!!』


大量の暴走隊員が格納庫へ流れこむ。


その中にはツバキ、そしてリョウの姿もあった。


他の者と同じく、自我を失っている。


共に過ごした頃とは別人のような狂った表情だった。


暴走隊員たちは待ち構えるユキオに一直線に向かってゆく。


殺戮衝動に支配された姿はミュータントと何も変わらなかった。


ユキオ「この先には...行かせんぞ!!」


最期の使命を果たすべく、爆弾に手を添える。


そして、ユキオは爆弾の栓を抜いた。


その数秒後、激しい爆発音が響き渡った...。


最期まで務めを果たした。


ゼノン軍としての信念を貫いた。


後悔などはない。


人類のため、そして仲間のために戦い抜いたんだ。


その誇りを胸に、ユキオの生涯は幕を閉じた。




 

十五夜クライシス 第7話 完