十五夜クライシス 第11話











西の地平線に姿を消した太陽。


同時に東の地平線から月が姿を見せていた。


透き通った大気。


太平洋の上空に浮かぶ満月はとても綺麗で大きな存在感を放っていた。


夜の冷たい浜風と波の音が砂浜に押し寄せる。


その海岸線に2人のゼノン隊員が倒れていた。


既に冷たくなって動かないコウタとハヤト。


生命活動は終わりを告げていた。


ザッ...ザッ...。


そんな2人に近づいてくる足音があった。


月明かりに照らされた小さな人影。


その人影は2人の死体を見下ろす。


リル「この時を...待っていた。」


静かに呟く。


リル「この先は...魂のみが入れる場所。強い感応能力を持つ者が入ることの出来る領域。今、全てを知り...そして全てを終わらせて。」


リルは両手を前に出した。


コォォ...


するとその手から光が発生した。


その光はコウタとハヤトを包み込む。


2人の魂はその光に吸い寄せられていく。


そのまま緩やかに肉体を離れ、別次元へと運ばれていった。






...ここはどこだ。


何も見えない。


真っ暗な闇がどこまでも広がっている。


俺たちは死んだ...のか?


コウタとハヤトの意識に何かが語りかける。


リル「この世界でのあなた達は死んだ。私はそれを待っていた。魂と肉体が切り離される...その時を。」


どういう意味だ。


訳が分からない。


リル「この場所...そしてこれから向かう先は魂のみが入れる領域。強い感応能力を持つあなた達が果たすべき使命が...待っている。」


俺たちの使命だと?


何を言っているんだ。


お前は一体何者なんだ?


リル「私は...この世界...ミュータントの世界が作られた時、偶発的に生まれた...バグのような存在。
この仮想現実が作り出したバグ...それが私。」


仮想現実?


バグだと?


リル「大丈夫...。奴の領域へ入れば全てを思い出す。偽物の記憶を植え付けられてようと、魂には本物の記憶が眠っている。」


魂に眠る...本当の記憶。


リル「さあ...行って。そして全てを元通りに。」


すると暗闇に時空の扉が出現した。
 

ギギギ...


ゆっくりと開く扉。


扉の向こうから光が差し込んでくる。


コウタとハヤトの意識はその光に吸い寄せられた。


そしてその扉の中へ入っていった。








気がついたら見たことのない場所に2人は立っていた。


明らかにこの世のものとは思えない場所。


まるで精神世界のような領域だった。


空間が不安定で、果てしなくそれが広がっている。


自分たちが不思議な世界に来たことを認識したとき。


ズン...!


2人の頭に衝撃が走った。


ハヤト「うっ...!」


コウタ「ぐっ...!」


脳に直接電撃を送られたような感覚が襲う。


脳が異常なまでに活性化しているのか。


何かを思い出そうとしている。


大切な何かを。


魂に刻まれた記憶。


その全てが頭の中に流れこんできた。








ー 記憶 ー



とある日の夕方、人々は空を見上げていた。


正確には、空に突然現れた者を。


その者を包み込む眩い光、そして翼を生やしたその姿はまさしく神々しかった。


神のような姿をしたその者は不敵な笑みを浮かべる。


ブォン!!


そして両手を広げ、正体不明の波動のような物を広範囲に放った。


「うわー!」


「きゃあー!」


目の前で起こる超常現象に人々はパニックに陥る。


すると、またたく間に辺りは闇に包まれた。


時間は止まる。


空間は裂けてゆく。


この日、世界中から人類は姿を消した。







ー 現在 ー



その記憶が流れ終わった時。


2人は全てを思い出した。


あの日突然現れた何者かによって。


全ての人類が別の世界へ飛ばされたことを。


記憶は消され、偽物の記憶が塗り替えられた。


その記憶を疑うことなく、この世界で実際に生きてきた。


では、この世界で本当はどれくらいの時間を過ごしたんだ?


2人の頭の中にリルの声が聞こえてきた。


リル「15年...それがこの世界が作られて経過した本当の時間。100年前にゼノン軍が創設されたという歴史は...奴が作ったこの世界の設定に過ぎない。」


世界5分前仮説。


それと同じようなことが起こっていた。


リル「全ての人間はランダムに年齢を変えられ...15年の時を過ごした。奴を倒せば、創造主を失ったこの世界は崩壊し...全ての人間が解放される。」


失った記憶を取り戻し、全てを理解した。


この精神世界にいる「奴」を倒し、本当の世界へ帰らなければならない。


ハヤトはコウタの方を見た。


死の直前にあの海岸で戦ったときのことを思い浮かべる。


ハヤト「コウタ...すまない。俺は、お前のことを...。」


親友に刃を向けたことに強い罪悪感を覚えた。


コウタはハヤトの肩に手を置いた。


そして優しい顔でうなずいた。


コウタ「帰るぞ...元の世界へ。」


失っていた絆が再び戻った。


この世界にいた人間に悪など居なかった。


ゼノン軍も、人類も。


全員が「奴」によってあやつられた被害者だったのだ。


ゴゴゴゴ....


すると精神世界が揺れだした。


空間を異様な雰囲気が支配する。


コウタ「何かが来る...!」


目には見えないが、圧倒的な存在感が近づいて来ている。


人間でもミュータントでもない、超越した何かが。


広大な空間の上層。


ゆっくりと降りて来た。


神のような姿をした存在が。


邪悪な雰囲気、それでいて神々しい。


この世界の支配者が目の前に君臨した。


ハヤト「こいつは...!」


その姿は記憶にあった。


偽の世界へ飛ばされる直前、人類の前に姿を現した者だ。


全ての元凶。


「フフフフフ。人間よ...いかがだったかな?僕が用意したオードブルのお味は?」


その者は不敵な笑みを浮かべている。


コウタ「お前は...何者だ!」


目の前に現れた者はとうてい人間と呼べる姿ではない。


言葉で表現するのも難しい。


次元の違う...何かだ。


「フフフ、教えてやろう。我が名は...アリマ。森羅万象全てを司る...神だ。」


ハヤト「神...だと!?」


目の前にいるのは恐るべき存在だった。


アリマ「この世界の様子はずっと見ていたよ。バグが発生したのは予想外だったが、おかげで一層面白い展開になったじゃないか。」


ゼノン軍も人類もミュータントも全てはアリマの手のひらで踊らされていた。


アニメを見るような感覚だったのだろう。


アリマ「さて、創造主である僕を倒せば君たちは解放される.....果たして、それができるかな?」


神を倒すなど到底不可能なことだ。


生物として...存在として次元が違う。


それは充分に分かっている。


だが、やるしかない。


仲間と共に、本当の世界へ帰るために。


ハヤト「覚悟はいいか、コウタ。」


コウタ「ああ、いつでもいける。」


2人は剣を構えた。


フワフワと空中に浮かぶアリマを睨みつける。


これが最後の戦いだ。


人間が神を倒し、全てを元通りにする。


その火蓋が切って落とされた。


ダッ!


コウタ「うおおお!」


ハヤト「でやああ!」


真っ向からアリマに突撃した。


飛び上がって剣撃をぶつける。


ギン!


アリマは翼で2人の攻撃を受け止める。


翼には傷一つ入らない。


アリマ「フフフ、甘いよ。」


全くダメージを受けてないであろう、余裕の笑みを浮かべる。


アリマはハヤトに顔を向ける。


そして眼力を強める。


ブォン!


ハヤト「ぐわっ!」


すると目から波動が放たれた。


その波動はハヤトを簡単に吹き飛ばした。


コウタ「くらえ!」


一瞬の隙をついてコウタは剣を振り上げる。


命中したかに見えた。


だが、錯覚だったようだ。


気づいたときには、アリマは背後にいた。


コウタ「な....!」


アリマ「この程度かい?」


動きが全く見えない。


アリマは手を前に出す。


キュイン!


一瞬の光と同時に手から念力を繰り出した。


コウタ「ぐはぁ!」


その威力にコウタは圧倒される。


味わったことのない攻撃だ。


その念力にコウタは弾き返され、地に叩きつけられた。


ハヤト「コウタ!」


体に痛みが走る。


駆け寄ったハヤトの肩を借り、どうにか立ち上がった。


コウタ「く...そ!」


やはり強い。


それにアリマはまだまだ全力には程遠い。


どうすれば勝てるんだ。


ハヤト「コウタ、まずは部位破壊だ。」


小さくそう呟く。


ハヤト「あの邪魔な翼を破壊すれば...戦いやすくなるはずだ。」


コウタ「...了解。」


ダッ!


作戦を立て、2人は再び駆け出した。


アリマへ接近し、翼めがけて突撃する。


ザシュッ!


2人の剣撃が翼に命中する。


しかし傷は入らない。


コウタ「まだまだ!」


それでも攻撃の手は緩めない。


アリマはずっと翼で攻撃を防いでいる。


この翼さえ壊してしまえば盾を失うはず。


そしたらアリマは丸腰になるだろう。


2人はそう考えていた。


その作戦通り、翼を狙い続けた。


そんな2人の戦い方を見て、アリマはニヤリと笑う。


アリマ「なるほど、部位破壊か。実に王道なやり方だね。」


何もかもを見通したような顔だ。


アリマ「だが残念。君たちはこの翼が防御のためだけにあるとでも思ったのかい?」


ハヤト「なんだと!?」


アリマの言葉に嫌な予感がした。


危険を察知した2人は攻撃をやめ、距離を取った。


アリマ「この翼の本当の使い方を見せてあげよう。」


そう言うと、アリマは翼を上に掲げた。


アリマの頭上で異様な動きをする翼。


その一本一本がゆっくりと横一列に並んでゆく。


コオオ...


すると、金色に光輝いた。


コウタ「何をする気だ...!」


激しく光る翼が金色の剣へと姿を変えてゆく。


その数は計り知れない。


アリマ「味わいたまえ。神の技を。」


シュドドドド!


その声と共に、無数の攻撃が放たれた。


コウタとハヤトを襲う剣の暴風雨。


2人は防御に全神経を集中させた。


キン!


ガガッ!


どうにか自分の剣で弾き返し、回避する。


だが、さすがにこの量全てを防ぐのは不可能だ。


防ぎ切れなかった攻撃が2人の体をかすめてゆく。


コウタ「ぐっ...!」


ハヤト「うぐ...!」


少しずつ傷が増える。


顔や体から血が流れてゆく。


直撃したらひとたまりもない。


それだけは絶対に避けなければならない。


アリマ「フフフフフ。楽しいねえ。」


相変わらず余裕の笑みだ。


どうやらアリマは攻撃を直撃させる気はないようだ。


ギリギリの戦いを演出している。


それを見て楽しんでいる。


アリマにとってはただの遊びでしかなかった。


コウタとハヤトもいつまでも攻撃を回避できるわけではない。


このままでは体力が尽きてしまう。


すると突然攻撃が止まった。


アリマ「うむ、この技も飽きてきたねえ。」


金色の剣は元の翼へと姿が戻り、アリマへ集まってゆく。


だが、それも束の間。


アリマ「こういうのはどうだい?」


白い翼がユラユラと動く。


その動きは徐々に大きくなっていき、激しく翼を羽ばたかせた。


キュイン...!


その羽ばたきは念力波を発生させた。


発生と共に念力波は地を這って2人に襲いかかった。


コウタ「う....!」


ハヤト「しまった!」


念力波に捕まって動けなくなる。


2人の周りで念力波は渦を形成する。


そして巨大な竜巻を発生させた。


グオオオオ!


なす術なく2人は竜巻に飲み込まれた。


高速で振り回され、上へと巻き上げられる。


アリマ「フフフ、もっと抵抗したまえ。」


それを見てアリマは邪悪に笑う。


どうあがいても逆転不可能な戦力差。


アリマは勝ちを確信している。


いや、勝敗は戦う前から決まっていたも同然だ。


どれだけ死力を尽くそうと、くつがえせないだろう。


ドサッ!


竜巻が止み、2人は地に叩きつけられた。


コウタ「はあ....はあ...。」


ハヤト「はあ....はあ...。」


すでにかなりのダメージを負っている。


勝敗は決した。


だが、それでも2人は起き上がる。


コウタ「諦めるわけには....」


ハヤト「いかねえんだよ...!」


歯を食いしばり、剣を構える。


ボロボロの体でも、戦いをやめるつもりはない。


アリマ「フフフフフ、健気だね。では、これはどうだい?」


そういうとアリマは手を上に掲げた。


ズズズ...


同時に精神世界が大きく揺れる。


コウタ「次は...なんだ。」


空間に殺気が漂い始めた。


ネバネバした不快な殺気。


ハヤト「まさか。」


ゴオオ...


何度も味わった、対峙した殺気だ。


コウタとハヤトの後方。


『ピャー!!』


そこに無数のミュータントが召喚された。


コウタ「くそ....!」


数え切れないほどのミュータントがこちらを見ている。


前方にアリマ。


後方にミュータント。


囲まれてしまった。


これはもうどうにもならない。


絶対絶命、四面楚歌。


ここまでか。


元の世界まであと一歩だった。


その希望は無惨にも打ち砕かれた。


この状況を前に、2人は戦意喪失寸前だった。


「諦め」の文字が頭に浮かんできた。


だが、その時。


声が聞こえた。


リル「....呼んで。」


姿は見えない。


だが、確かにリルの声が2人の頭の中に入ってきた。


リル「あなた達は...孤独じゃない。その強い感応能力があれば...呼べる。.....大切な人たちを。」


その声はとても優しい声だった。


この絶対絶命の状況でも、背中を押してくれる...そんな声だった。


コウタ「呼ぶ....。」


ハヤト「大切な人たち...。」


リルが伝えようとしたこと。


それが分かった気がした。


俺たちは孤独じゃない。


仲間がいる。


その言葉を信じて、2人は念じた。


大切な仲間を思い浮かべながら。


その想いは感応能力を大幅に増福させた。


爆発的な2人の感応能力。


そして仲間との絆。


この2つが共鳴した。


コオオオ!


すると、精神世界に光の柱が出現した。


眩く、明るい光だ。


その光の柱は数秒出現したのち。


ゆっくりと消えた。


そしてそこにいたのは。


トモとユキオだった。


もう二度と会えないと思っていた大切な仲間。


ハヤト「ト...トモ!オッちゃん!」


コウタ「.....っ!」


奇跡の再会だ。


トモとユキオはしばらくその場でじっといていた。


そしてゆっくりとこちらを見た。


ユキオ「全て...」


トモ「思い出したよ。」


この世界が偽物であること。


元の世界の記憶が消されていたこと。


魂に眠っていた記憶が蘇った。


だが、感動している場合ではない。


今はやるべきことがある。


ユキオ「ミュータント共はわしらに任せろ。」


トモ「2人は奴を!」


トモとユキオはミュータントの方を見て、武器を構えた。


その姿はとても頼もしかった。


ハヤト「ふっ。背中は任せたぜ。」


体に力が湧いてくる。


土壇場で再び戦う力が戻ったようだ。


アリマ「フハハハハ!やはり人間は素晴らしい!まだまだ僕を楽しませてくれるんだね?」


コウタとハヤトは顔を見合わす。


そしてうなずき合った。


ハヤト「やるぞ!」


コウタ「おう!」


ジャキッ!


2人は剣を構えた。


コウタ&ハヤト「うおおお...!」


2人の剣からオーラが出現する。


明るく、邪気は一切なく、それでいて不屈の心を持つ...そんなオーラだ。


ユキオ「ふん!どぉらあ!!」


ボコッ! ドゴーン!


トモ「でやああ!」


ザシュッ! ズバッ!


ミュ『ピギャアアア...!』


後ろのミュータントは頼れる仲間たちが相手をしてくれている。


何も心配はない。


コウタとハヤトは互いを信じ、感応能力を上げ続けた。


ボオオオ...


2つの剣から出たオーラが絡まり合う。


それらは密度を増していき、やがて融合した。


信頼、絆が互いの力を高め合うことで成せる技。


神をも打ち砕く究極の技が完成した。









合体ゼノンアーツ









チャレンジング・サザーラン








コウタ&ハヤト「はあーーーーーー!!!」


チュドーーーン!!


2つの剣から一閃のレーザーが放たれた。


瞬く間にアリマへ向かってゆく。


全ての使命を背負い、一直線に。


アリマ「フフフ、こんなもの。」


ガッ!


アリマは翼で受け止める。


射出され続ける光線と、それを防ぐ翼。


その攻防は均衡を保っている。


グググ...


アリマ「....ん?」


その攻防が続いたとき。


アリマの翼が押され始めた。


アリマ「こ、こんなもの...!」


予想外の事態にアリマの顔に焦りが見える。


ビキビキ...!


ヒビが入り始める翼。


その損傷はどんどん広がってゆく。


光線の射出は止まる気配がない。


攻めと受け。


両者に差がついてゆく。


コウタ&ハヤト「うおおおおお!!」


2人は互いの感応能力を高め合う。


トモ「いけえ!」


ユキオ「決めるんじゃ!」


仲間の声がさらに力を増福させる。


アリマ「こ....こんなもの!こんなものぉぉぉぉ!!」


今、決着の時が来る。


コウタ「人間を!」


ハヤト「舐めるなあ!!」


2人の感応能力が限界まで達したとき。


バキーーン!!


アリマの翼が粉々に破壊された。


その破片が宙を舞う。


アリマ「な....!!」


そして光線は一直線に進んでいき。


チュドーーーン!!


アリマの体を貫いた。


アリマ「ぐわああああ!!」


苦痛の表情に変わるアリマ。


始めて味わう感覚だった。


見下していた人間を相手に、ここまでやられるとは。


アリマ「人間...ごときがあ...!」


計り知れない屈辱。


こんなところでやられるわけにはいかない。


どうにか反撃しようと前を見た。


だが、そこにコウタとハヤトはいなかった。


どこへ消えた?


アリマは辺りを見渡す。


接近してくる気配に気づいたとき。


もう遅かった。


アリマの頭上。


そこに剣を構えるコウタとハヤトがいた。


落下しながら真っ直ぐに剣が振り下ろされる。


脳天から2人の剣撃が襲いかかった。


コウタ「これが!」


ハヤト「俺たちの!」


コウタ&ハヤト「全てだ!!」


ズバーーーーン!!


その剣撃は見事に命中し、アリマの体を縦に切断した。


アリマ「が...あああああ....!!」


その瞬間、神という存在は打ち砕かれた。


絶対的な存在のはずが。


人間ごときに。


何かを守ろうとするとき、人間は計り知れない力を発揮する。


それに気づくのが遅すぎた。


徐々に崩壊してゆくアリマの体。


初めて味わう感覚...恐怖がそこにあった。


アリマ(こ...れが...人間の力。恐ろしい....。)


アリマ(僕...は...触れてはいけない...もの...に...)


アリマ(触れて....しまった...の....か....)


最後に頭に浮かんだのは後悔だった。


その後悔と共に、アリマの存在は完全に消滅した。


神を打ち砕いた人間の絆の力。


奇跡の決着劇がここに完成した。


ハヤト「やっと...。」


コウタ「終わった...。」


2人は顔を見合わせる。


ハヤトが手を差し出した。


ハヤト「ありがとう。」


その一言で想いは充分に伝わる。


コウタ「こちらこそ。」


2人は固い握手をかわした。


そこへトモとユキオが歩いてくる。


アリマの消滅と同時にミュータントも消えた。


トモ「さすがだよ、2人共。」


ユキオ「うむ、見事じゃったぞ。」


絆がもたらした究極の一撃。


チャレンジング・サザーラン


最初で最後の合体技だった。


コウタとハヤトの目が合う。


コウタ「へへっ。」


ハヤト「ははっ。」


照れるかのように笑った。


ようやくあの頃の笑顔が戻った。


コウタ「またみんなとこうして再会できて嬉しいぜ。これからもよろしくな。」


もう二度と一緒に過ごすことは出来ないと思っていた。


だからこそ、その喜びは大きかった。


ズズズ...


そのとき、精神世界が揺れた。


創造主を失った世界。


その存在自体の役目が終わろうとしていた。


コウタとハヤトの頭に声が聞こえてきた。


リル「全て...終わった。この世界は消滅し、ようやくあなた達は解放される。この世界の記憶は消え...再び時間は動き出す。」


アリマが現れたあの日から、元の世界の時間は止まったままだ。


人間は偽の世界から解放され、あの日から再び時間が動き出す。


本来の歴史を歩むのだ。


リルは、どうなるんだ?


コウタとハヤトは1つの疑問が浮かんだ。


リル「私は...この世界に発生したバグ。私の存在もこの世界と一緒に.....消滅する。」


リルもこの世界同様、本来は存在しないものだ。


産まれてはならない存在だ。


それを分かった上で、人間の手助けをした。


最終的に自分が消滅するのを分かった上で。


コウタとハヤトは目をつぶった。


そして、リルに答えるように頭の中で囁いた。


コウタ「俺たちを...人間を....」


ハヤト「導いてくれて....」


「ありがとう。」


その声はリルにも伝わった。


どこかで微笑むリルの顔が一瞬見えた気がした。


ゴゴゴゴ...


この世界が崩壊してゆく。


終わりのときを迎えている。


世界を形成したもの、全てが消える。


リル「...さようなら。」


最後にそう呟いたリルは、優しく微笑みながら、世界と共に消滅した。


こうして、神による陰謀は終わった。


この世界で経験した出来事は、人々の記憶から消え、再びそれぞれの日常が始まる。


止まっていた時間も何事もなく動き出した。


...そう、全て元通りに。











ー 西暦2024年  九州地方 ー








澄み切った青空。


顔を出した朝日と共に、涼しい風が吹いていた。


団地のそばに建つスーパーマーケット。


そのスーパーの目の前に広がるカラフルな広場。


そこに1つの集会所があった。


集会所の屋上に人影が1つある。


屋上をリョウが走り回っていた。


その遊びに何の意味があるのか分からないが、本人は楽しそうだ。


屋上に一箇所ガラス張りの部分がある。


そこに勢いよく飛び乗った。


その瞬間。


パリーン!!


ガラスが見事に割れてしまった。


リョウ「ナカムラァァァァ.......!」


その悲鳴と共に、リョウは地面へ落ちていった。


めでたし。


その集会所から歩いて数分の集合住宅の一室。


食卓に朝食が並んでいた。


香ばしく香る焼き魚だ。


食卓に1人の男が腰かけた。


ユキオ「さて、食うかの。」


いつも通りの食事を口に運んでいった。


部屋を歩き回る一匹のネコと共に、これからも平和な日常を過ごしてゆくだろう。









ー 同時刻 近畿地方 ー









ブーン!


1台の白い車が高速道路を駆け抜けていた。


運転席にトモ、助手席にハヤト、後ろにコウタ。


車内には電子タバコの匂いが漂っている。


ハヤト「今日どこ行くか分かる?」


コウタ「え?知らん。」


ハヤト「ほぅー!」


目的地を知らないまま車に乗っているコウタ。


知らないというより、気にしてない様子だ。


乗ってりゃいつか着くだろ。というスタンスだ。


コウタ「ハヤオ、昨日晩飯何食ったと?」


ハヤト「えっと、何食ったっけ?」


ハヤトはトモに問いかける。


トモ「何だったっけ...。」


コウタ「いや、いかん!」


このやり取りもいつも通りだ。


そう、ようやく日常が戻ってきた。


記憶に無くても、自分たちの力で取り戻した日常だ。


その事実が消えることはない。


コウタ「よし、歌うぞ!」


後部座席で体勢を整えるコウタ。


ハヤト「ゴホッゴホッ。」


お茶を一口飲み、ハヤトは喉をならす。


そんな2人を見てトモはニヤけた。


街を包み込む澄み切った青空。


明るく輝く朝日。


その全てが心地よい。


何物にも変えがたい平和な日常だ。


それがこの先も続いてゆくことを願おう。


その日常の中、車は高速道路を駆け抜けて行った。


車内で流れる、ハロー・ミスター・マイ・イエスタデイと共に....。









十五夜クライシス 完





御愛読ありがとう!