三篠の地の名所のひとつに、三滝の観音さん(三滝寺)があります。



ここは三篠に50年以上住んでいるawakinにとって、30分あまりで訪れることができる非常に身近な存在であります。



幼いころからの毎年の初詣にはじまり、こどもの頃には遠足と図画の写生場所として、または本堂奥の谷にある水晶谷へ探検に行ったりと思いでは尽きませんし、大人になってからは春の花見と紅葉狩り、宗箇山散策のルートの一部としてもよく利用させてもらっています。



昨日は昼から雨の予報でありましたので、午前中メタボ対策で散歩してきました。



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小学4年生か5年生のころ、大芝小学校の図工の授業で写生に来て、そのとき座って多宝塔の絵を描いたのですが、そのとき座ったコンクリート製のベンチと同じ位置から見上げた写真です。



あれから40年余たっているため、楓とツツジが茂って塔が見にくくなっていました。



あのとき描いた絵は、今もどこかにあるのでしょうか。



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ダライ・ラマ十四世が宿泊したこともあるという、三滝寺の茶堂です。



きょうび、農村に行ってもなかなか見ることができない茅葺き屋根の庵です。

大正時代に撮影された写真を見ると、awakinの地元の新庄之宮の大楠の下に、昔は茅葺き屋根の農家があったらしいですが、最近では志和堀とか芸北のあたりまで行っても、トタンのカバーがかかった家が目立ち、昔ながらの茅葺き屋根の家を見かけることは稀になってしまいました。



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茶堂の前には、広島市のHPなどでは重森三玲設計と紹介されている『補陀落の庭』が落ち着きのある佇まいを見せており、そこには三滝のひとつ『梵音の滝』が流れ落ちています。



昨日は、梵音の滝を流れる水量がふだんより多めだったのですが、落ち口を見上げているうち、50メートルあろうかと思われる断崖に朱色の庵が建てられているのに気がつきました。

ほとんど『投入堂』の風情でありました。
(朱色の建物の上部には尾根道がつけられていて、中学生のころその道を歩いて奥にある水晶谷まで行ったことがあるのですが、建物には気づきませんでした)



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三滝寺は山の上に建てられていて、参道である階段のそばにはずっと、お地蔵さんや石像が祀ってあります。



途中、花崗岩の岩壁が迫っているところがあって、そんな場所にはいつごろのものか摩崖仏が彫られていました。



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檀家の方々が、先祖供養のためにお供えしたものでしょうか?



銘の中には、牛田村(昭和4年までの地名)とか舩入村(明治44年までの地名)と読めるものがあり、歴史を感じさせてくれます。



    
ここは、紅葉の名所でもあります。



特に、最も下流にある滝である『駒が滝』の周辺はawakinのお気に入りの場所で、毎年カメラを持って出向く場所でありますが、今年の盛りはいつごろでしょう?



楽しみなことであります。