広島市内では滅多に見られない雪景色を、比較的簡単に見ることができる芸北八幡へ、今月は三度も足を運んだawakinであります。
たいていは高速道路を戸河内ICで降りる行程で行くのですが、R191を太田川沿いに進み、峠を越えて松原の集落に入ると急に雪が深くなるのがわかります。
そして、雪に覆われた頂が陽光を眩しく反射する深入山を横目に見ながら、再び峠を越えると後は下りとなり、しばらくすると八幡の地に到着するのです。
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高速の戸河内ICがあるところは上殿といいます。
旧戸河内町の大字のひとつで、現在道の駅が造られ広い駐車場となっている場所の近くには旧可部線の上殿駅がありました。
小さな駅で、駅というより停車場の風情でありましたが、完全に破壊されてしまい、余韻も何もない無情の風が吹くのみという風景でありました。
(可部線は比較的最近廃線になったため、運行されているときに撮られたDVDが販売されています。破壊される前の上殿駅の様子は「可部線~最後の秋を走る」とか「可部線の四季」と名付けられた作品により、雰囲気を感じることができます。)
太田川を跨いでいるコンクリート橋は途中でぶち切られていて、無惨な姿を晒していますが、手前の背の高い堤状の線路敷は10年経ってなお、当時の姿をそのまま止めているように思えます。
正面には太田川が削った谷が続いていて、むこうにうっすら見えているのは加計の百々山でしょうか。
加計へ続く谷あいの道は、かつて江戸時代に、広島藩のお抱え絵師である岡岷山が歩いた道(右岸)なのですが、可部線は反対側の左岸に造られておりました。
現在の安芸太田町役場の前にある広場(駐車場?)には、かつてここに駅があったことを示す駅標が、それこそポツンと残されています。
awakinは理由は覚えておりませんが、学生のころ家族連れでこの地に汽車でやって来たことがあるのです。
そのとき駅前にあった喫茶店でコーヒーを飲みました。
もしかすると若いころ山登りで芸北へよく行っていた亡父の知り合いがこの地に住んでいて、三段峡を歩いたついでに訪ねてきたのかもしれません。
こちらは旧可部線の最奥の地、三段峡の駅があった柴木(しわぎ)の集落です。
手前を流れているのは太田川の支流で当地の地名を冠した柴木川です。
右手に見えているV字谷はすでに三段峡、そして柴木川はずっと奥の餅ノ木や旧樽床の集落、さらには八幡の地まで続いているのです。
かつて奥地の集落の山あいには、コウラと呼ばれる植物が採取されていました。
コウラは軽くて水をよくはじくことから簑などの材料になりましたが、民俗学者の宮本常一さんが昭和14年に三段峡を歩いたときに見た、餅ノ木の民家の庭先にコウラが干してある光景は実に美しかったと書かれています。
そして眼前に広がる柴木の集落は、奥地の集落からコウラを集荷し、簑を専門に造る集落であったそうです。

