甲立にある「パルパ」というスーパーマーケットで、目的である自費出版本『鉄路を見つめて半世紀・魅力ある鉄道』を手に入れたあとの帰り道に、大正時代に建てられた時計台が残されているという東広島市の志和堀を訪ねました。
時計台と聞いていたのですが時計はなく、鐘で時を知らせる時報塔でした。
由緒によると、大正11年(1921年)に、定時励行を目的にして建設された時報塔なのだそうで、昭和の時代からはサイレンで、平成に年号が変わった現在でも、正確に時を告げており、広く住民に親しまれているそうであります。
時報塔の周囲を散策していると、彼岸花がいい感じで咲いていました。
あたりは、水田がひろがる田園風景なのですが、茅葺き屋根の家屋が点在していることに気がつきました。
右にも、左にもポツンポツンといった感じですが、昔ながらの茅葺き(トタンなどで覆われていない)の家が残されています。
フラフラと歩き回っているうち、大きな屋根が見えたので、ほんの少し敷地に入らせてもらって撮影させていただきました。
志和堀の地は、江戸時代の侍が歩いていても、少しもおかしくないような雰囲気が漂う場所でありました。
こちらは、志和堀の隣、志和町に一軒だけポツンと建っていた茅葺きの民家です。
これから稲刈りされる水田が隣接しており、なかなかいい感じでありました。
それにしても、電線と電柱はどんな山奥に行ってもファインダーに入ってきて閉口します。この写真でも、カラスの止まった電柱が写り込んでいて、トリミングを行っています。
