先日、関門海峡を行き来する船舶を、ぼーっと眺める機会に恵まれたawakinです。



最近は、涼を求めて、山方面へ出かけることが多く、青い海に真っ白な航跡を残して進む船を久しぶりに見て、忘れていた何かを思いだしたような気がしています。
   



高速道路が、県内にまだ建設されていなかったawakinの子供のころには、夏の季節、海水浴といえば、宇品まで路面電車、港からは船で行く、高須、岸根、絵の島などの海水浴場でした。
子供心に、海に浸かっている目の前を通り過ぎる、自衛隊の潜水艦はカッコよく、また、大きな船が蹴立てていく大きな波に大喜びしていました。



   
そうです。
広島にも、瀬戸内の多島美と行き交う船舶の航跡を楽しめる場所は、あるのです。



ということで、宇品から船に乗って、三高港まで行き、公園として整備されているときいたことのある、明治時代の三高山砲台跡(砲台山)に行って来ました。



Houdai001 宇品港から、awakin号を載せて来てくれた、シャトルすたー号が三高港に停泊しています。



お墓参りのおじいちゃん、おばあちゃんに、海水浴行の学生たちなどで満員御礼状態、車などは正にすし詰め状態でありました。



この界隈に来るのは、広島が高速道路圏に入る昭和63年以来で、20年ぶりくらいと言ってよいでしょうか?
それにしても、水がすばらしく透明で、『こんなにきれいだったか?』 と正直思いました。



Houdai002_2 無駄に広くて、舗装された林道(愛称:砲台山スカイロード)を、「創造の森まで2.6㎞」の看板に導かれてやってきた三高山砲台跡は、こんなになっていました。



『海に行こう!』とビーチサンダルを履いて、軽装の妻に。『こんなところに連れてきて!』と怒られるくらいの、寂れた廃墟です。
宇品港の食堂で、おむすびを握ってもらっており、海を見ながら昼飯でも と 持ってきていたのですが、周囲はコウモリ? の糞だらけ、ミンミン蝉の鳴き声が頭にジンジン響く場所でした。



実は、事前にリサーチしていたのです。

沖美町には、明治時代の砲台跡が、「三高山」、「鶴原」、「岸根鼻」の3ヶ所あって、その中の鶴原砲台跡は、広島空港のビーコンを取り外すときに、何故か壊されて現存せず、岸根鼻砲台は、沖美町時代の平成13年に、公園整備されたものの、平成16年に江田島市になったことで、維持整備する予算がつかず放置され崩壊。
残る三高山砲台跡は、「創造の森森林公園」として整備され、規模が大きくて、標高も400メートルと一番高い所にあるので、眺めがたいへんによい。 はずでしたが…。



 
『百聞は一見に如かず』 でありんした。



Houdai003 ただ、ロシアのバルチック艦隊を迎え撃つために造られた砲台は、さすがに眺めがよいところでありました。



写真は、津久茂瀬戸に航跡を残すフェリーと、むこうには絵下山のテレビアンテナが見えています。



Houdai004 広島市街も一望できます。



写真では、阿武山から、鈴が峰までの山並みが、はっきり確認できました。



Houdai005 宮島方向には、潜水艦が航行していました。



呉界隈では、珍しくないのでしょうが、awakinには懐かしい光景で、いつ以来の光景か思い出せないくらいです。