私もこのデモに参加しましたよ。
当日は、とても人が多くて、雨が降っていましたが、かなりの人が参加していました。
皆で、人間に害のない、自然に良い影響を与えることを考えるというのはとても良いことだと思います。
ただ、途中から歌や伴奏などがたくさん入ってきて、肝心な原発の問題について詳しくみんなが考えたりする時間がすごく少なかったと思いました。
せっかくデモをするのなら、やはり原発の様々な問題について語り合う場や、情報を聞ける場がほしかったなと思いましたね。
| ■ユダヤ系資本と原発産業 原発の沸騰水型は、モルガン系ジェネラル・エレクトリックという会社から、以下のような流れで最終的な原子力発電所が出来上がっている。 モルガン系ジェネラル・エレクトリック→三井物産→東芝→日立→日本原電→東電→中部電力→中国電力 原発の加圧型は、ロックフェラー系ウェスティング・ハウスから、以下のような流れになっています。 ロックフェラー系ウェスティング・ハウス→三菱商事→三菱重工→関西電力・四国電力・九州電力・北電力・旧道熱 |
| ■中部電力の嘘 中部電力が地元の有力者たち(80才、90才)をバスで東海村に連れているときに、バスの中で、今は放射能の中和剤が開発されていて、洋服についた放射性物質をシュッとひと噴きでとってくれるので安全です…というような嘘を地元の有力者たちに対して言うのです。 |
| ■2001年の内部告発 実は、浜岡原発でも福島第一原発と同じように水素爆発が起きたことがある。冷却装置で問題があり水素爆発が起き、それ以来一号炉と二号炉が運転されなかった。二号炉は少し運転されたが一号炉と同じ型の原発なので運転が停止された。制御棒のある装置の溶接部から水が漏れていたらしい。その調査をした労働者60人体制で水中カメラを使い調査した結果、一か所ではなく、実はあちこちで亀裂が起きていたと言われしたので、それを中電に行ったら否定された。 |
| ■株主総会での話 電力会社の株主総会で、最初は原発は20年持つ言われた。固定資産税の償却が15年ですから、それからまた5年くらいは大丈夫と言われ、それから、30年は持つと発言が変わった。そこで、30年もたつと原発が老朽化しているのではないかと聞いたら、中部電力の取締役は、「今、40年、50年、60年持つようにそういう措置を取っている。」と、地元では嘘をつきまくるんです。このような感じなので、中部電力の言うことは信用できない。 |
| ■住民の7割が反対 住民の7割が原発建設に反対したなのに、それなのに原発は建設されてしまった。 |
| ■浜松原発の土台…相楽層 浜松原発が一番危ない。浜松原発の建屋の土台は岩盤の上に立っているが、その岩盤をサンプルで持ってこられ、それを私達の目の前で、手で折って見せたんです!ぼろっ・・・ともろくも割れてしまい、それがコロコロっとステージ前の椅子のところに落ちてしまった・・・ 手で簡単に砕けるほどに貧弱な岩盤の上に原発が建っているとは!こんなの地震が来たらひとたまりもありません!これを建設した人たちは、いったい何を考えているのでしょうか?お金と富がほしいから、自分たちの命を捨てようというのでしょうか? |
| ■浜松原発の下にある岩盤はもろい 相楽層とは? これは柔らかい岩盤に分類されるが、原子炉の岩盤はこの相楽層の岩盤なんです。この岩盤の上に浜岡原発は建っているので全然安全ではない。そして、しばらくたって同じホームページをみるとその相楽層の説明が綺麗に消されている。中部電力は都合の悪い情報は隠蔽する。 | |||||
http://slowlife-sk9.blog.so-net.ne.jp/2011-04-21
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| ・原発に反対の場合、一番いいのは行政に言いに行く事です。原発の電力会社に言うのは何もいみが無い。 | |||||
| ■取水口 巨大な津波が来て水が引くときに発電機がやられる。また、取水口にはクラゲなどが詰まったりしてダメだと言っても、東電の担当者は地面よりも取水口は低くしてあるから大丈夫と、マニュアルに書いてある事を読んで答えてた。しかし、地面より低いと海水が入って来ますよね?ダメじゃ無いですか?
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| ・浜岡原発は全部止まっても電気は足りる事が中部電力のデーターからわかっているので、まずは、浜岡原発を止める事です! 「平成23年度電力供給計画」の策定について の、別紙 添付資料1:平成23年度「電力供給計画」概要[PDF:267KB] をご覧ください。 |
| ■原発の生成する核分裂生成物の量 【大切な人に伝えてください】小出裕章さん『隠される原子力』 こちらのビデオは、4/29の講演会とほぼ内容が同じですので掲載しました。 ↓↓↓ 2011.4.29 終焉に向かう原子力 小出裕章氏講演 http://vimeo.com/23141252 | |
これ凄くわかりやすかったですね! 広島原発でウランが燃えて、生成された核分裂生成物の重量がこの小さい四角になり、 それに対して、右側は、100万KWの原子力発電所一基が1年間運転したときに生成される核分裂生成物の重量を四角で表しています。こんなに違うのには凄く驚きました。私はてっきり、広島原爆の方が量は大きいと思っていました。 これが日本にいくつあるのでしょうか? 今地震があちこちで起きていますが、もし、次に浜松原発が地震にあったら・・・恐らく、福島原発の影響と重なり、日本全国が住めなくなると思います。そうなったら、到底その被害の損害賠償を電力会社が自力ですることは不可能になります。すると、原発推進に支障をきたすので・・・原子力推進波がこれに対抗してとった対策というのが非常に汚いことなんです! | |
| ■Price-Anderson法、原子力損害賠償法 電力会社を破局的事故から免責する法律を作ったんです! ↓↓↓ この法律により、破局的事故時の賠償の上限を定め、それ以上の賠償を電力会社から免責しています。 日本では、この法律は原子力損害賠償法といいます。 すると、もし東海地震が起きて浜岡原発で破局的事故が起きたとしても、中部電力は責任を問われないということにさえなってしまいます。 | |
| ■チェルノブイリ原発事故 チェルノブイリ原発事故の話が忘れられません。 (1)事故の経緯と石棺化 今から25年前の1986年4月26日に、旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所四号炉が事故を起こしました。ソ連きっての最新鋭の原子力発電所で、モスクワの赤の広場に建設しても安全だと言われてましたが、その原子炉が建設されてから2年間順調に発電を続けた後、初めての定期検診に入ろうとして出力を徐々に下げていき完全に停止させる直前に突然核暴走事故を起こし爆発してしまいました。 ↓↓↓ 80万人の軍人、退役軍人、そして、労働者たちが借りだされて、事故処理をしていく時の写真です。この写真では、鉛の防護服を着せあっているところです。 こうして、原子炉建屋の屋上に上り・・・その先には・・・ 建屋の屋上です。そこに爆発で吹き飛ばされてきた原子炉燃料の塊が散らばっていたので、それを片づけないことには事故処理、石棺化ができない状態だったので、生身の人間がこうやってスコップで燃料のがれきをすくって、建屋の中に落とす作業をしていました。この人たちは、この作業のあといったいどうなったんでしょうか。この人たちのおかげで、今、チェルノブイリの周囲の人たちは生き延びることはできましたが、その後、たくさんの人たちが癌になり、死んでしまった人たちも数多くいます。 特に重い被爆をした人たち31人は生きながらミイラのようになりながら短期間のうちに悲惨な死をとげました。 (2)住民の避難 ソ連政府は、事故が起きた当初は事故を隠そうとしました。しかし、隠し通せないということに気づいて、周辺住民を避難させることになったんです。 そこで、最初は周辺30km圏内の住民に対して原子力発電所内でちょっとしたトラブルが起きたので三日分の手荷物を持って避難してくださいという指示を出しました。 彼らはまた自宅に帰ることを期待していたのですが、2度と帰ることはできませんでした。福島の人たちも、自分の故郷に戻ることを期待しているのだと思います。でも、実は何十年もの間福島には戻れないということを政府はハッキリと彼らに説明するべきです。 立ち入り禁止になったときの標識です。 ↓↓↓ (3)汚染範囲 こちらが汚染範囲の地図・・・ チェルノブイリの原発事故は、広島原爆の放射能に換算すると約800発分の放射能が外に放出されました。風の向きによって放射能は飛んでいき、風下にいる人たちは放射能の被害を受けました。 一番初め、東から風が吹いていたので放射能が西に流れヨーロッパを襲いました。しばらくすると風が南から北に吹き始めて、放射能が北に流れました。しばらくすると風が西から東に吹き始めて、放射能が日本にまで飛んで来ました。 肝心なのは、この地図上で何も色がついていないところは汚染していないのかというとそうではなくて、実は、色がついていないところも放射能で汚染しているのだということです。 色がついているところは放射線の管理区域に入ります。(※たぶん、色がついているところとは、青、黄色、ピンク、赤) 小出さんが放射線管理区域で働いているそうですが、その放射線管理区域の仕事場では、水を飲んだり、ものを食べたり、寝ることすら禁止になっています。子供などを連れ込む事は論外だとおっしゃっていました。そういうところが、放射線の管理区域になるのです! すると、今の福島、その他の県でどこまでが一体、放射線管理区域に入るのでしょうか。政府は、そのことを正直に国民に伝えていないと思います。 こちらに内閣官房参与の辞任の時に、その辞任の理由を説明しており、その内容が掲載されています。こちらを読むと、日本政府が私達に、放射能汚染について真実を全く伝えていないということが読み取れます。 ↓↓↓ 内閣官房参与の辞任の理由表明 http://whoomoi.seesaa.net/article/198606832.html?1304179612 汚染範囲の地図2 事故が発生した当初、地図の中の赤い部分(上地図の300km圏内の中心のあたり)の人たち、13万5000人の人たちが政府の指示でバスで退去しました。しかし、赤い部分は中心から離れたところにもあります。ここは、地図の中の説明にもあるように、風で流された放射能が雨で降った地域なのです。そこで、ソ連の政府は20数万人の人たちをこの地域から強制的に避難させました。 日本政府は、福島県の人たち、その他の県の人たちを強制的に避難させましたでしょうか?政府は、自主的に避難してくださいとしか言ってないように思いますが・・・。 そのあと、このチェルノブイリ原発事故のせいでソ連と言う国が崩壊してしまい、そのあと、この黄色と水色の地域の人たちを避難させることができなくなり、未だにこの地域には565万人もの人々が生活しています。 彼らは、子供を産んで、子供を育てて、農業をやって、仕事をして、食生活を続けています。 汚染範囲の地図3 放射線管理区域に指定された場所を距離でみると700kmの範囲が放射能汚染により放射線管理区域になってしまった事を表しています。 チェルノブイリの放射線管理区域を日本に当てはめる チェルノブイリ原発事故により放射線管理区域になった地域の面接は15万平方kmで、本州の約6割になります。 この赤い場所にはいまだに565万人もの人たちが住んでいます。 この地域の人たちは強制退去しなくてはいけない場所になるのです。飲食もできないし、寝ることも許されない、そういう場所には人は住めません。 すると、今の福島、その他の県でどこまでが一体、放射線管理区域に入るのでしょうか。政府は、そのことを正直に国民に伝えていないと思います。 こちらに内閣官房参与の辞任の時に、その辞任の理由を説明しており、その内容が掲載されています。こちらを読むと、日本政府が私達に、放射能汚染について真実を全く伝えていないということが読み取れます。 ↓↓↓ 内閣官房参与の辞任の理由表明 http://whoomoi.seesaa.net/article/198606832.html?1304179612 福島原発の放射線の影響範囲は? 政府はなんと言ったか? 「万一のことを考えて3km以内の人たちは非難しなさい。」と言った。 ところが事故がとてつもない状態であるということがだんだんわかってきて 「万一のことを考えて10km以内の人たちは非難しなさい。」と言った。 暫くしたら 「万一のことを考えて20km以内の人たちは非難しなさい。」と言った。 次に 「万一のことを考えて30km以内の人たちは自主的に避難してください。」と言った。 政府が、大変重要なことを国民に隠して来て、控えめに控えめに情報を伝えていくので、国民は非難するのが遅れてしまいました。そして、普通なら、自主避難ではなく、強制的に退去させ、政府が責任をもって避難先の手配、そのあとの生活、仕事、お金の問題にいたるまで面倒をみるべきです。 そうしないと、逃げられない人たちが大勢いるのです。 適切な対応をしない政府は無能であり、いつまでもこの政府に政治を任せておくべきではありません。 また、汚染地域というのは風にのって広がるというのが非常に重要です。地図でいえば、飯館村のところ、50kmの範囲にまで濃密な汚染地区が広がっており、政府は後になってここの地域の人たちも避難させようとしています。 この飯館村の汚染度は、チェルノブイリ原発事故での汚染地域とほとんど変わらないレベルです。ですので、これらの地域の人たちは、即刻避難をしなくてはいけません。 | |
| 福島第一原子力発電所 こちらは福島第一原子力発電所の中です。地震が起きた後電気が絶たれたときの作業員の方たち。 (1)電源が絶たれた経緯 普通は、原発は自分で電気を起こしている限り、原発の使用する電気も自分で供給ができます。
このように、一切の電源が絶たれてしまった。 このような状況下、上の写真にあるように放射能まみれになりながら復旧作業をしている状況なのです。 (管理人:1つ疑問があるのですが、電源車を送ったが、発電所の電気の受け口が外国製の仕様(ワット数が違ってた?)で、日本の電源車から電気を送ることができなかった、ということも聞きましたが、それも事実なんでしょうかね?ここの部分、小出さんに質問できませんでした。) |
| 2011.4.29 終焉に向かう原子力 広瀬隆氏講演 http://vimeo.com/23136531 |
| 編集長は彼の次に述べる意見をあざ笑う全ての人たちに注意を呼び掛けたい! 私は、今日本で起きている原子力炉心溶融はイスラエル機密諜報機関の軍事作戦で、それはイスラエルのStuxnetコンピュータ・ウィルスの威力を実演する目的で行ったものではないかと疑問を持っている。 イスラエルの日刊紙ハアレツは、「日本で原発事故が起きる前に、福島原発に対してセキュリティー・サービスを提供していた会社は、イスラエル警備会社マグナ(Magna)である」と報道しています。 ハアレツ日刊紙の記事から引用 イスラエル・ポストより |
一般の日本人は1年間に1ミリシーベルト以上浴びてはいけないと言うのが日本の法律です。それは被曝と言うのが危険だからというのを前提にしてその基準を決めているわけで、これまでずっとそういう基準があるから日本人は原子力から守られてきたと日本の政府が言ってきた値です。それがいきなり20倍まで我慢をさせると言いだしたわけで、一体そういう権限が誰にあるのだろうか。特に、子供というのは、もともと放射線に対してものすごく敏感ですので、その子供たちに対してこれまで彼らが言ってた基準値の20倍まで我慢させる、押しつけるというやり方が一体何故許されるのだろうか?
被爆とは放射性物質の量でその危険性が変わるというものでもなく、ごく微量でも体内に入れば何万倍にも被爆量が増加します。それからすると、日本人の1年間の被爆出来る許容量1ミリシーベルトの20倍の値まで子供たちに許容するのは明らかに子供たち命を危険にさらしていると言えます。
| 実効線量 | 内訳 |
| 0.05 | 原子力発電所の事業所境界での1年間の線量。 |
| 0.1 - 0.3 | 胸部X線撮影1回分の線量。 |
| 1 | 一般公衆が1年間にさらされてよい人工放射線の限度(ICRPの勧告)。#被曝の対策を参照。 放射線業務につく人(放射線業務従事者)(妊娠中の女子に限る)が妊娠を知ったときから出産までにさらされてよい放射線の限度。 |
| 2 | 放射線業務従事者(妊娠中の女子に限る)が妊娠を知ったときから出産までにさらされてよい腹部表面の放射線の限度。 |
| 2 | 広島における爆心地から12km地点での被曝量。12kmまでの直接被爆が認定されると、原爆手帳が与えられる。 |
| 2.4 | 一年間に自然環境から人が受ける放射線の世界平均。 |
| 4 | 胃のX線撮影1回分の線量。 |
| 5 | 放射線業務従事者(妊娠可能な女子に限る)が法定の3か月間にさらされてよい放射線の限度。 |
| 7 - 20 | X線CTによる撮像1回分の線量。 |
| 50 | 放射線業務従事者(妊娠可能な女子を除く)が1年間にさらされてよい放射線の限度。 |
| 81 | 広島における爆心地から2km地点での被曝量[18]爆発後2週間以内に爆心地から2km以内に立ち入った入市被爆者(2号)と認定されると、原爆手帳が与えられる。 |
| 100 | 人間の健康に確率的影響が出ると証明されている放射線量の最低値 放射線業務従事者(妊娠可能な女子を除く)が法定の5年間にさらされてよい放射線の限度。 放射線業務従事者(妊娠可能な女子を除く)が1回の緊急作業でさらされてよい放射線の限度。妊娠可能な女子には緊急作業が認められていない。 |
| 250 | 白血球の減少。(一度にまとめて受けた場合、以下同じ) 福島第一原子力発電所事故の処理にあたる放射線業務従事者(妊娠可能な女子を除く)が1回の緊急作業でさらされてよいと特例で定められている放射線の限度。 |
| 500 | リンパ球の減少。 |
| 1,000 | 急性放射線障害。悪心(吐き気)、嘔吐など。水晶体混濁。 |
ノーベル賞も受賞した国際的な医師の団体がワシントンで会見し、文部科学省が子供の1年間の許容被ばく線量の目安を「20ミリシーベルト」に設定したことに疑問を呈しました。
アイラ・ヘルファンド医学博士:「衝撃的だったのは、日本政府が福島の子供たちの許容被ばく線量の基準を高く設定したことだ」
ヘルファンド博士は、「子供の場合、がんになるリスクが成人よりも2倍から3倍高くなる」と指摘して、許容される被ばく線量の基準を引き下げるよう求めました。アメリカでは、原子力関連施設で働く人の1年間の許容量の平均的な上限が年間20ミリシーベルトとされています。
2011.5.3 00:44
菅直人首相は2日、福島県の内堀雅雄副知事と首相官邸で会談し、文部科学省が定めた「年間被曝(ひばく)線量20ミリシーベルト以下」の校庭利用基準の見直しを拒否した。
内堀氏は「政府関係者でいろんな考え方があり、県民は非常に不安に思っている」と訴えたが、首相は「国としての考え方がある。きちっと県民や国民に伝える努力をしなければならない」と述べ、現行基準への理解を求めた。
日本の企業は、原子力発電所の清掃のために生活困窮者を募っている。 多くが癌で亡くなっている。クロニカ〔本紙〕は、このとんでもないスキャンダルの主人公達から話を聞いた。
DAVID JIMENEZ 東京特派員
福島第一原発には、常に、もう失うものを何も持たない者達のための仕事がある。松下さんが、東京公園で、住居としていた4つのダンボールの間で眠っていた時、二人の男が彼に近づき、その仕事の話を持ちかけた。特別な能力は何も必要なく、前回の工場労働者の仕事の倍額が支払われ、48時間で戻って来られる。2日後、この破産した元重役と、他10名のホームレスは、首都から北へ200kmに位置する発電所に運ばれ、清掃人として登録された。
「何の清掃人だ?」誰かが尋ねた。監督が、特別な服を配り、円筒状の巨大な鉄の部屋に彼らを連れて行った。30度から50度の間で変化する内部の温度と、湿気のせいで、労働者達は、3分ごとに外へ息をしに出なければならなかった。放射線測定器は最大値をはるかに超えていたため、故障しているに違いないと彼らは考えた。一人、また一人と、男達は顔を覆っていたマスクを外した。「めがねのガラスが曇って、視界が悪かったんだ。時間内に仕事を終えないと、支払いはされないことになっていた」。53歳の松下さんは回想する。「仲間の一人が近づいてきて言ったんだ。俺達は原子炉の中にいるって」。
この福島原発訪問の3年後、東京の新宿公園のホームレスたちに対して、黄ばんだ張り紙が、原子力発電所に行かないようにと警告を発している。“仕事を受けるな。殺されるぞ”。彼らの多くにとっては、この警告は遅すぎる。日本の原子力発電所における最も危険な仕事のために、下請け労働者、ホームレス、非行少年、放浪者や貧困者を募ることは、30年以上もの間、習慣的に行われてきた。そして、今日も続いている。慶応大学の物理学教授、藤田祐幸氏の調査によると、この間、700人から1000人の下請け労働者が亡くなり、さらに何千人もが癌にかかっている。
完全な秘密
原発奴隷は、日本で最も良く守られている秘密の一つである。いくつかの国内最大企業と、おそるべきマフィア、やくざが拘わる慣行について知る人はほとんどいない。やくざは、電力会社のために労働者を探し、選抜し、契約することを請負っている。「やくざが原発親方となるケースが相当数あります。日当は約3万円が相場なのに、彼等がそのうちの2万円をピンハネしている。労働者は危険作業とピンハネの二重の差別に泣いている」と写真家樋口健二氏は説明する。彼は、30年間、日本の下請け労働者を調査し、写真で記録している。
樋口氏と藤田教授は、下請け労働者が常に出入りする場所を何度も訪れて回り、彼らに危険を警告し、彼らの問題を裁判所に持ち込むよう促している。樋口氏はカメラによって―彼は当レポートの写真の撮影者である―、藤田氏は、彼の放射能研究によって、日本政府、エネルギーの多国籍企業、そして、人材募集網に挑んでいる。彼らの意図は、70年代に静かに始まり、原発が、その操業のために、生活困窮者との契約に完全に依存するに至るまで拡大した悪習にブレーキをかけることである。「日本は近代化の進んだ、日の昇る場所です。しかし、この人々にとっては地獄であるということも、世界は知るべきなのです。」と樋口氏は語る。
日本は、第二次世界大戦後の廃墟の中から、世界で最も発達した先進技術社会へと移るにあたって、20世紀で最も目覚しい変革をとげた。その変化は、かなりの電力需要をもたらし、日本の国を、世界有数の原子力エネルギー依存国に変えた。
常に7万人以上が、全国9電力の発電所と52の原子炉で働いている。発電所は、技術職には自社の従業員を雇用しているが、従業員の90%以上が、社会で最も恵まれない層に属する、一時雇用の、知識を持たない労働者である。下請け労働者は、最も危険な仕事のために別に分けられる。原子炉の清掃から、漏出が起きた時の汚染の除去、つまり、技術者が決して近づかない、そこでの修理の仕事まで。
嶋橋伸之さんは、1994年に亡くなるまでの8年近くの間、そのような仕事に使われていた。その若者は横須賀の生まれで、高校を卒業して静岡浜岡原発での仕事をもちかけられた。「何年もの間、私には何も見えておらず、自分の息子がどこで働いているのか知りませんでした。今、あの子の死は殺人であると分かっています」。彼の母、美智子さんはそう嘆く。
嶋橋夫妻は、伸之さんを消耗させ、2年の間病床で衰弱させ、耐え難い痛みの中で命を終えさせた、その血液と骨の癌の責任を、発電所に負わせるための労災認定の闘いに勝った、最初の家族である。彼は29歳で亡くなった。
原子力産業における初期の悪習の発覚後も、貧困者の募集が止むことはなかった。誰の代行か分からない男達が、頻繁に、東京、横浜などの都市を巡って、働き口を提供して回る。そこに潜む危険を隠し、ホームレスたちを騙している。発電所は、少なくとも、毎年5000人の一時雇用労働者を必要としており、藤田教授は、少なくともその半分は下請け労働者であると考える。
最近まで、日本の街では生活困窮者は珍しかった。今日、彼らを見かけないことはほとんどない。原発は余剰労働力を当てにしている。日本は、12年間経済不況の中にあり、何千人もの給与所得者を路上に送り出し、一人あたり所得において、世界3大富裕国の一つに位置付けたその経済的奇跡のモデルを疑わしいものにしている。多くの失業者が、家族を養えない屈辱に耐え兼ねて、毎年自ら命を絶つ3万人の一員となる。そうでない者はホームレスとなり、公園をさまよい、自分を捨てた社会の輪との接触を失う。
“原発ジプシー”
原発で働くことを受け入れた労働者たちは、原発ジプシーとして知られるようになる。その名は、原発から原発へと、病気になるまで、さらにひどい場合、見捨てられて死ぬまで、仕事を求めて回る放浪生活を指している。「貧困者の契約は、政府の黙認があるからこそ可能になります」。人権に関する海外の賞の受賞者である樋口健二氏は嘆く。
日本の当局は、一人の人間が一年に受けることが可能である放射線の量を50mSvと定めている。大部分の国が定めている、5年間で100 mSvの値を大きく超えている。理論上、原子力発電所を運営する会社は、最大値の放射線を浴びるまでホームレスを雇用し、その後、「彼らの健康のために」解雇し、ふたたび彼らを路上へ送り出す。現実は、その同じ労働者が、数日後、もしくは数ヵ月後、偽名でふたたび契約されている。そういうわけで、約10年間、雇用者の多くが、許容値の何百倍もの放射線にさらされている説明がつくのである。
長尾光明、78歳、多発性骨髄腫に罹患。東電・福島第一原発で働いた自分の写真を抱える/ 撮影:樋口健二
長尾光明さんは、雇用先での仕事の際に撮られた写真をまだ持っている。写真では、彼は、常に着用するわけではなかった防護服を着ている。病気になる前、5年間働いた東電・福島第一原発で、汚染除去の作業を始める数分前にとった写真である。78歳、原発ジプシーの間で最も多い病気である骨の癌の克服に励んで5年を経た今、長尾さんは、原発を運営する会社と日本政府を訴えることに決めた。興味深いことに、彼は、契約されたホームレスの一人ではなく、監督として彼らを指揮する立場にあった。「大企業が拘わる仕事では、何も悪い事態が起こるはずはないと考えられてきました。しかし、これらの企業が、その威信を利用し、人々を騙し、人が毒される危険な仕事に人々を募っているのです」と長尾さんは痛烈に批判する。彼は、許容値を超える大量の放射線にさらされてきたため、歩行が困難となっている。
30年以上の間、樋口健二氏は、何十人もの原発の犠牲者の話を聞き、彼らの病を記録してきた。彼らの多くが瀕死の状態で、死ぬ前に病床で衰弱していく様子を見てきた。おそらくそれ故、不幸な人々の苦しみを間近で見てきたが故に、調査員となった写真家は、間接的にホームレスと契約している多国籍企業の名を挙げることに労を感じないのだ。東京の自宅の事務所に座り、紙を取り出し、書き始める。「パナソニック、日立、東芝…」。
広島と長崎
企業は、他の業者を通してホームレスと下請け契約をする。労働者の生まれや健康状態などを追跡する義務を企業が負わずにすむシステムの中で、それは行われている。日本で起こっている事態の最大の矛盾は、原子力を誤って用いた結果について世界中で最も良く知っている社会の中で、ほとんど何の抗議も受けずに、この悪習が生じているということである。1945年8月6日、アメリカ合衆国は、その時まで無名であった広島市に原子爆弾を投下し、一瞬にして5万人の命が失なわれた。さらに15万人が、翌5年間に、放射線が原因で亡くなった。数日後、長崎への第二の爆弾投下により、ヒロシマが繰り返された。
あの原子爆弾の影響と、原発の下請け労働者が浴びた放射線に基づいて、ある研究が明らかにしたところによると、日本の原発に雇用された路上の労働者1万人につき17人は、“100%”癌で亡くなる可能性がある。さらに多くが、同じ運命をたどる“可能性が大いにあり”、さらに数百人が、癌にかかる可能性がある。70年代以来、30万人以上の一時雇用労働者が日本の原発に募られてきたことを考えると、藤田教授と樋口氏は同じ質問をせざるをえない。「何人の犠牲者がこの間亡くなっただろうか。どれだけの人が、抗議もできずに死に瀕しているだろうか。裕福な日本社会が消費するエネルギーが、貧困者の犠牲に依存しているということが、いつまで許されるのだろうか」。
政府と企業は、誰も原発で働くことを義務付けてはおらず、また、どの雇用者も好きな時に立ち去ることができる、と確認することで、自己弁護をする。日本の労働省の広報官は、ついに次のように言った。「人々を放射線にさらす仕事があるが、電力供給を維持するには必要な仕事である」。
ホームレスは、間違いなく、そのような仕事に就く覚悟ができている。原子炉の掃除や、放射能漏れが起こった地域の汚染除去の仕事をすれば、一日で、建築作業の日当の倍が支払われる。いずれにせよ、建築作業には、彼らの働き口はめったにない。大部分が、新しい職のおかげで、社会に復帰し、さらには家族のもとに帰ることを夢見る。一旦原発に入るとすぐ、数日後には使い捨てられる運命にあることに気づくのである。
多くの犠牲者の証言によると、通常、危険地帯には放射線測定器を持って近づくが、測定器は常に監督によって操作されている。時には、大量の放射線を浴びたことを知られ、他の労働者に替えられることを怖れて、ホームレス自身がその状況を隠すことがあっても不思議ではない。「放射線量が高くても、働けなくなることを怖れて、誰も口を開かないよ」。斉藤さんはそう話す。彼は、「原発でいろんな仕事」をしたことを認める、東京、上野公園のホームレスの一人である。
原子炉の内部。下請け労働者のグループが日本の原子炉内部で働く。彼らのうち何名かは原発奴隷である。彼らは、何らかの技術的知識が与えられることはなく、国際協定で認めら れた最大値の1万7000倍の放射線を浴びている/撮影:樋口健二
原発で働く訓練と知識が欠如しているため、頻繁に事故が起きる。そのような事故は、従業員が適切な指導をうけていれば防げたであろう。「誰も気にしていないようです。彼らが選ばれたのは、もしある日仕事から戻らなくても、彼らのことを尋ねる人など誰もいないからなのです。」と樋口氏は言う。一時雇用者が、原発の医療施設や近くの病院に病気を相談すれば、医者は組織的に、患者が浴びた放射線量を隠し、“適性”の保証つきで患者を再び仕事に送り出す。絶望したホームレスたちは、昼はある原発で、夜は別の原発で働くようになる。
この2年間、ほとんど常に藤田、樋口両氏のおかげで、病人の中には説明を求め始めた者達もいる。それは抗議ではないが、多くの者にとっての選択肢である。村居国雄さんと梅田隆介さん、何度も契約した末重病にかかった二人の原発奴隷は、雇用補助の会社を経営するヤクザのグループから、おそらく、殺すと脅されたために、それぞれの訴訟を取り下げざるをえなかった
毎日の輸血
大内久さんは、1999年、日本に警告を放った放射線漏れが起きた時、東海村原発の燃料処理施設にいた3人の労働者の一人である。その従業員は、許容値の1万7000倍の放射線を浴びた。毎日輸血をし、皮膚移植を行ったが、83日後に病院で亡くなった。
労働省は、国内すべての施設について大規模な調査を行ったが、原発の責任者はその24時間前に警告を受けており、多くの施設は不正を隠すことが可能であった。そうであっても、国内17の原発のうち、検査を通ったのはたったの2つであった。残りについては、最大25の違反が検出された。その中には、労働者の知識不足、従業員を放射線にさらすことについての管理体制の欠如、法定最低限の医師による検査の不履行なども含まれた。その時からも、ホームレスの募集は続いている。
松下さんと他10名のホームレスが連れて行かれた福島原発は、路上の労働者と契約する組織的方法について、何度も告発されている。慶応大学の藤田祐幸教授は、1999年、原発の責任者が、原子炉の一つを覆っていたシュラウドを交換するために、1000人を募集したことを確認している。福島原発での経験から3年後、松下さんは、「さらに2、3の仕事」を受けたことを認めている。その代わり、彼に残っていた唯一のものを失った。健康である。2、3ヶ月前から髪が抜け始めた。それから吐き気、それから、退廃的な病気の兆候が現れ始めた。「ゆっくりした死が待っているそうだ。」と彼は言う。* * * * *
この新聞は、インタビューを受けられた樋口健二氏より提供された。記事の訳内容の一部は、樋口氏によって訂正されている。なお、原文では、写真は全てカラーで掲載。
訳責:美浜の会
最後に質疑応答で被爆をせずにロボットで作業ができないのかの質問に原発で5年働いた方も駆けつけた人が言うには(省略)配管だらけでロボットでは無理。プールには洗浄ロボットもありますが
洗浄ロボット自体が大変汚れるので人間が洗浄ロボットを洗浄しなければならない。
下請けのそのまた孫下請けの下請けなどから人を集め人海戦術で被爆しながら仕事をしている。
とりわけ原子力安全委員会は、原子力災害対策において、技術的な指導・助言の中核をなすべき組織ですが、法に基づく手順遂行、放射線防護の基本に基づく判断に随分欠けた所があるように見受けました。例えば、住民の放射線被ばく線量(既に被ばくしたもの、これから被曝すると予測されるもの)は、緊急時迅速放射能予測ネットワークシステム(SPEEDI)によりなされるべきものでありますが、それが法令等に定められている手順どおりに運用されていない。法令、指針等には放射能放出の線源項の決定が困難であることを前提にした定めがあるが、この手順はとられず、その計算結果は使用できる環境下にありながらきちんと活用されなかった。また、公衆の被ばくの状況もSPEEDIにより迅速に評価できるようになっているが、その結果も迅速に公表されていない。
初期のプリュームのサブマージョンに基づく甲状腺の被ばくによる等価線量、とりわけ小児の甲状腺の等価線量については、その数値を20、30km圏の近傍のみならず、福島県全域、茨城県、栃木県、群馬県、他の関東、東北の全域にわたって、隠さず迅速に公開すべきである。さらに、文部科学省所管の日本原子力研究開発機構によるWSPEEDIシステム(数10kmから数1000kmの広域をカバーできるシステム)のデータを隠さず開示し、福島県、茨城県、栃木県、群馬県のみならず、関東、東北全域の、公衆の甲状腺等価線量、並びに実効線量を隠さず国民に開示すべきである。
「原子力エネルギーは高度な発達を遂げていて、特に私たちが閉回路で原子を取り扱う方法を発見してからは、ほとんど無尽蔵に利用できるようになっています。それに太陽エネルギーや、他の無数のエネルギー源も利用しています。原子力を利用しているからといって、私たちの原子炉はウラニウムを使用しているわけではなく、もっと単純で危険のない、他の多くの物質を使用しています」
管理人:これは、宇宙人エロヒム(エロヒム=古代ヘブライ語で「天空より飛来した人々」と言う意味になります。)の一人が弥勒菩薩ラエルに対して、彼らがその当時使用していた原子力エルネギーについて説明をしている場面です。



このように、原子力エネルギーでも全く危険のない安全な閉回路で原子を取り扱う方法を見つければ、地震が起きたとしても危険にさらされることはなくなるのです。
宇宙人エロヒムの上にあげたメッセージの部分を詳しく見ていくと・・・
・閉回路で原子力を取りあつかう⇒エネルギーを無尽蔵に利用できる
・太陽エネルギーを使用
*日本全国の国民が太陽エネルギーをもっと効率よく利用できるよう政府主導で導入する。
*太陽エネルギーを日々貯え、余分なエネルギーを電力会社に買ってもらい、そのお金でローンの支払をする。
*太陽エネルギー機器の購入時に、政府が選択した専用の銀行を利用して、ローンが通り易い仕組みを作る。
・他の無数のエネルギー源の利用
*日本では、水力、火力、風力など、いろいろありますが、このほかにもエネルギーとなりうるものの開発を急ぐ。
・宇宙人エロヒムは原子力ではウラニウムは使用していない。⇒日本全国の原子力発電は、現在人体に有害な物質を使用しているので、これらはすべて廃止にする。
その代りに、「もっと単純で危険のない、他の多くの物質を原子力に使用」出来るように研究・開発する。
この単純で危険のない他の物質で原子力エネルギーが利用できるものを探す。

旧ソ連のチェルノブイリ原発事故から26日で25年になるのを前に、原発に反対する市民団体などが24日、東京都港区内の公園で集会を開き、脱原発社会の実現を訴えた。約4500人の参加者は集会後、東京電力本店前までデモ行進し「原発止めろ」と声を上げた。
「原発とめよう!東京ネットワーク」の主催。集会の冒頭、市民団体「原子力資料情報室」の伴英幸共同代表が「大きな余震があれば福島第1原発でさらに事故が起きる可能性があることを認識しなければならない」とあいさつ。
チェルノブイリ原発事故で被災した非政府組織(NGO)メンバー、パーベル・ウドビチェンコ氏もゲストとして参加。「(汚染された地域では)牛乳から基準を超える放射性物質がしばしば検出されるため、孫は新鮮な牛乳を飲めない。核の災いが再び起きることがないようにしましょう」と訴えた。
ハンバーガーチェーン「モスバーガー」を展開しているモスフードサービスは25日、 傘下の外食各社で使用する国産野菜について、放射性物質についての独自の検査を始めたことを明らかにした。検査は週1回ペースで実施しているという。
同社は全国約3000の契約農家の野菜を使用しているが「国内農家をなるべく支援したい」(三原美彦執行役員)として、福島県内の農家も含め契約の見直しはせず、出荷制限対象の野菜以外は継続使用する方針を強調した。
溶岩の噴出が続くキラウエア火山の火口原(3月6日撮影)。ヘリコプターによる観測調査が行われている。
アメリカ地質調査所(USGS)のハワイ火山観測所(HVO)によると3月5日、ハワイ島にあるキラウエア火山のプウ・オオ火口原が崩落。別の場所では約0.5キロにわたる亀裂が生じ、そこから散発的に噴出する溶岩は最大25メートルの高さに達した。
「キラウエアでの“割れ目噴火”は特に珍しいものではない。同様の現象は1997年にも起きている」と、USGSの火山災害計画(Volcano Hazards Program)担当者ジョン・アイケルバーガー氏は話す。
実際に、キラウエアは世界有数の活火山であり、活動を再開した1952年以降34回の噴火が観測されている。1983年1月に始まった噴火は今なお続き、この28年間で噴出した溶岩量は20億立方メートル以上になるという。
| 時刻 | 3月9日 11時45分 |
| 震源地 | 三陸沖 |
| 緯度 | 北緯38.3度 |
| 東経 | 143.3度 |
| 震源 | マグニチュード M7.2 |
| 深さ | 約10km |
【ホノルル10日ロイター時事】しばしば噴火を起こすハワイ島のキラウエア火山で10日、大きな噴火があり溶岩が約43メートルも噴き上げた。同火山は5日に活発化し噴火を繰り返している。
米地質調査所(USGS)によると、噴火は2カ所で起ており、二酸化硫黄ガスの排出量は日量1万トンと先週の水準の30倍に達した。しかしその後は、半分超減少したという。高熱の溶岩により、5日以降で78エーカーの雨林が破壊された。これまでのところ、人的被害も家屋への被害も報告されていないが、USGSは火山活動の監視を続けている。
ハワイ火山観測所のマーディー・レーン氏は「雨が降ったことが幸いした」としながらも、「最大の危険要因は二酸化硫黄の拡散であり、警備隊は現場に近づく時は有毒マスクを装着している」と述べる。




