どうも、すえですほっこり
3年間の不登校気味から半年の不登校、それを自分で克服した子ども、マキトの母です。
思えば、不登校は幼児の頃から始まっていたことにやっと気づきました…            
後悔&反省の記録を日々綴ることで、不登校に導かない子育てを探っていこう!
と考えています。
分かりやすいように、今振り返って問題だと思う行動/反省点をで、改善案をで示しました。
どうぞよろしくお願いします。

 

 

マキトは6年生。

 

塾は大変だけど楽しいらしく、

頑張って勉強していました。

 

宿題は

やっている最中に

集中が切れるので、

 

つきっきりで見てあげないと

終わらせられませんでしたが

 

(終わらないこともしばしばでしたが)

 

一生懸命やっていました。

 

ーーーーー

 

マキトの行きたい中学校は

決まっていました。

 

そのために受験すると

言い出したので、

 

志望校を変えるという選択は

なかったのです。

 

最後の方は

課題が追いつかず、

 

過去問でも

いい点はとれずじまいだったので、

 

先生には最後まで

別の中学を勧められました。

 

私は

マキトが行きたいところを

受ければいい、

もしかしたら受かるかもしれないと

 

とても安易に考えてました。

 

結局

不合格でしたぐすん

 

現実は

そんなに甘くはないですね汗

 

旦那には

「費用対効果が…ガーン

と言われましたショック

 

何も

言い返せませんでした。

 

ーーーーー

 

でも

今になって振り返ると

 

中学受験の勉強は

マキトの教養の土台になっています。

 

以前書きましたが、

 

マキトは

言いたいことがあると、

 

バラバラの文章を

思い浮かべた順に話すので

 

まるで話が伝わらなかったんです。

 

でも、受験で

国語と算数の文章題に取り組んだ結果、

 

文章を理解する力が育まれたようで、

中学の不登校気味の頃に

 

突然話すのが上手になったんです。

 

本当に突然です。

 

不登校気味の中2の頃、

「こんなこと考えていたのか!」

と驚いたのを今でも鮮明に覚えています。

 

ーーーーー

 

とにかく

中学受験を経ることで

 

社会の常識が増えたり、

マキトが話すのが上手になったように

社会生活で役立つものに転じていく気がしました。


ーーーーー

 

また、

不登校期間中、

本当に勉強しなくて

 

内申は

びっくりガーンな結果で終わりましたが、

 

中学受験の経験で

テスト慣れしていたのもあり、

 

内申は関係なく、

学力だけで合否を決めてくれる高校に

無事合格できました。

 

これは

中学受験なくしては

成し遂げられなかったと信じています。

 

 

今、大学の志望校を決めるにあたり

 

「どの分野なら深く追求できそうか?」

 

という視点で考えています。

 

これは

中学受験で様々な知識を身につけた結果、

興味の範囲が広がっていたからだと思います。

 

中学受験のおかげで

興味を持ったものについての

知識が多少あるので

 

敷居が低く、

入っていきやすいそうです。

 

 

中学受験は

親子で取り組むことも多く

 

マキトの場合は不合格に終わり

無駄だったと思った時期もありましたが、

 

高校受験、

不登校の時期、

大学受験を経て

 

いろんな所で

役に立っています音譜

 

 

ーーーーー

 

マキトが受験で合格できなかった理由についても

色々と考えたので、

後日書こうと思います。

 

発達障害グレーゾーンの子の

ヒントになるといいと思っていますラブラブ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
こんにちは、すえですほっこり
マキトは3年半の不登校気味&不登校を自分で克服しました。
喜んでいたのもつかの間、今度は妹のクミが不登校になりましたえーん

クミは、半年の不登校を経て、現在立ち直りつつあります。
マキトを不登校に導いた子育てを反省し、
それを活かしながら、クミの不登校脱却をサポートしています。
皆様のお役に立てれば幸いです。
 
前回の続きです★
 
不登校から半年で
 
「私、中学に行ってみるよ!」と言い出した
 
中2のクミ。
 
休み休み中学に通い始めて
もうすぐ1ヶ月。
 
 
半年も休んだクミに

クラスで話しかけてくれるような子は

いませんでしたが、
 
クミは現在、
自分から話しかけようと
意を決して中学に臨むんです。
 
クミにしてみれば
登校はこんな感じかな↓↓
 
 
普通に学校に行っている子からしてみれば
登校なんて当たり前なのかもしれませんがあせる
 
クミの場合は
 
薬を飲んで、
いざ出陣。
 
 
やはりクラスでは
話しかけられず…
 
生きた心地がしないまま
誰と話すこともなく
クラスでの1日が終わります。
 
これが
祝日1日前の木曜日。
 
金曜日が祝日だから
頑張ったんだと思います。
 
そのまま連休に突入。
 
ーーーーー
 
休みが3日続くと
 
登校日に向けて
心を盛り上げるのは
非常に難しい。
 
日曜日は、
翌日に向けて
「なんとか頑張ってみるグー
と気合を入れるのですが、
 
月曜の朝になると、
急に現実に引き戻され、
 
一言も口をきかないクラスを思い出し、
ため息をつくのです泣くうさぎ
 
ーーーーー
 
連日登校だと
ノリで行けたりするのですが、
 
休みが入ると
途端に自分の世界に入りこみ、
一瞬でもその心地よさを感じると
 
抜け出すのが辛くなってしまうんですねえぐすん
 
でも、抜け出そうと
必死に自分自身と戦っているようです。
 
ーーーーー
 
月曜日、
ため息をつきながらも
出陣(登校)したのですが、
 
目的地である中学にたどり着く前に
そそくさと撤退してきました〜。
 
通学路で途中退散したクミは
なんと、
 
部屋の中には入りませんでした。
 
玄関で少しぼーっとしてから

 

フリースクールに

向かったのです!!
 
ーーーー
 
 
おそらく
 
クミは
「居場所」だと思える所を
学校の外に作れたんです。
 
 
私がいくらお金を払って
別の場所を与えても、
 
それをクミ自身が
「居場所だなラブラブ」って思えなければ

今日も家にこもったと思います。

 
 
クミは
恵まれていることを
自覚して、
 
周りの人に対するありがたみを
感じられるくらい
余裕が出てきました。
 
 
でもこれも
思い切って半年ぶりに学校に行かなければ
分からなかったことかもしれません。
 
やはりいろんな刺激を外から受けて
自分なりに考えて
成長していくんだろうな〜と思います。
 
ーーーーー
 
クミは
しばらくは
フリースクールに通うことになりそうです。
 
 
フリースクールは
確かにお金がかかるのですが、
 
お金をかけなくても
居場所だと思える場所ができれば
 
行くんですよ〜。
 
またその話は後日します。
 
 
居場所候補を色々と提示してあげるのも
親の役目かな、と思いますほっこり
 
どうも、すえですほっこり
3年間の不登校気味から半年の不登校、それを自分で克服した子ども、マキトの母です。
思えば、不登校は幼児の頃から始まっていたことにやっと気づきました…            
後悔&反省の記録を日々綴ることで、不登校に導かない子育てを探っていこう!
と考えています。
分かりやすいように、今振り返って問題だと思う行動/反省点をで、改善案をで示しました。
どうぞよろしくお願いします。

 

前回まで書いた通り、

 

マキトは5年生の間、

WISCの検査をして

グレーゾーンという結果に終わりました。

 

WISCとは知能検査のひとつです。

 

ーーーーー

検査実行に至ったのは
学校での態度がひどかったため。

集中が切れると、
授業中でも関係ないことを
口走ることもしばしば。

椅子は動かすし、
たまに机を叩いたり。

4年生の時の担任の先生も
最後は困り果てて、
机を外に出したと

後になって
他のママさんから聞きました。

--------

 

塾が好きだったのは

授業のテンポが速く

次から次へと情報が入ってくるからだったようです。

 

マキトには社会がドンピシャだったようで

先生の流れるような語りが面白かったらしく

どんどん吸収していきました。

 

また、受験コースで

下のクラスに変わってからは、

授業の進度についていけるようになり、

楽しくなったようです。

 

自分に合ったスピードというのも

大切なんだと思います。

 

高校受験の時は

個別の塾の先生に助けられました。

 

やはり自分のペースを

わかってくれる先生がいると

成績は伸びていきました。


集中力のない子は、


その子にあったペースを

維持してあげると落ち着くようです。


急かしても意味がないし、


やってあげたり手伝ったりして

作業のスピードを速めても

意味がない感じです。


意味がない、というのは

成長に繋がらないということです

 

ーーーーー

 

学校の授業、特に小学校は

皆にわかるように進むので

どうしても遅くなります。

 

それで間延びしている間に

他のことを考えてしまって

授業に集中せず

色々と忘れるのでしょう。

 

びっくりなことに

ノートは

ほとんど取っていませんでしたガーン


成績は悪くなかったので

放っておいたら、


「マキト君のノート見てますか⁉️」


と私が担任の先生に怒られましたショック

 

頭の中の

ノートに書き込んでいたのでしょうか。

 

 

マキトが高校生になる頃、

小学校でも

教科によって習熟度別クラスが設置されました。

 

別に学力の問題だけでなく、

マキトみたいな子にとっても

習熟度別クラスは良かったんだろうなと思います。

 

いっそのこと

海外のように

 

学年関係なく

習熟度別にすれば


一人一人に合ったペースも

守りやすいし、

 

もっともっと

楽に過ごせるようになるんじゃないかと思いました。


また、先生も楽になればいいと思いました。

 

 

 

 

 

 

どうも、すえですほっこり
3年間の不登校気味から半年の不登校、それを自分で克服した子ども、マキトの母です。
思えば、不登校は幼児の頃から始まっていたことにやっと気づきました…            
後悔&反省の記録を日々綴ることで、不登校に導かない子育てを探っていこう!
と考えています。
分かりやすいように、今振り返って問題だと思う行動/反省点をで、改善案をで示しました。
どうぞよろしくお願いします。

 

前回まで書いた通り、

 

マキトは5年生の間、

担任の先生に

よく思われていませんでした。

 

先生が気にしていたのは

 

  • マキトの発達の問題
  • それによるクラスの他の子への影響
 
他の子たちの寛容さにより
マキトは救われているとのことでした。
 
先生も
マキトへの接し方に困っていたんだと思います。
 
検査を勧めた理由のひとつとして、
先生もそういう子への接し方を学びたいからと
おっしゃっていました。

 

結局WISCの検査をして

グレーゾーンという結果に終わりました。

 

WISCとは知能検査のひとつです。

 

 

マキトは

理解はできるけど、

アウトプットが難しいということでした。

 

また、ADHDのような行動、

 

つまり、

 

●忘れ物が多い

●集中できない

●興味を持ったものを考えずにはいられない

●何かをしている最中でも、興味を惹かれるものが他にあれば

やっていることをすっかり忘れてそっちに移ってしまう

 

これらについては

診断がつかなかったので、

 

忘れ物に関しては

 

「7割できたら

褒めてあげましょう」

 

そして他の課題についても、

 

褒めて伸ばせば

そのうち克服できる

 

ということになってしまった気がしますあせる

 

ーーーーー

 

ADHDの診断がついたのは

もっと後で(高校生の時)

 

定期やお小遣いを使って

自由にあちこち行ってしまうように

なってからです。

 

 

ADHDの診断って

遺伝子診断や抗体検査のように

白黒ハッキリつけられるようなものではないので

本当に難しいんだと思います。

 

ーーーーー

 

ここ数年で

ADHDの子の育て方などの本や情報が

たくさん出てきているので

指針になると思いますが、

 

マキトが小学校の頃

そういった本は

ほとんどありませんでした。

 

「褒めて伸ばす」のは

無理でした。

 

マキトは褒めても

何を褒められてるんだか

分からないようでした。

 

できているわけではないのに

褒められるのって

 

褒められる側にとっては

はてなマーク」なのかもしれません。

 

ましてやマキトは

できていないところに

目が行きがちなので、

 

「昨日よりこれだけできた!」

 

というのが

モチベーションにならないのです。

 

 

そして私は

怒ってもダメだと分かっているのに

 

他の子と比べて、焦って、

怒ってたな〜ショック

 

 

マキトとよく一緒に帰っていた子のお母さん

 

「子どものことを

全て受け入れてる

全てOK

何をしていても全て許せちゃう」

 

と言っていましたが

 

全て受け入れるなんて

当時の私には無理でした。

 

「なんでこんな未熟な私の元に

マキトのような難しい子が生まれたのだろう」と、

 

甘えんなパンチ!と言いたくなるような

こともたくさん思いました。

 

「マキトみたいな子がいてもいいんだよラブラブ

 

って思う人が

すぐ近くにいなければ

 

私が思うしかなかったのに…えーん

 

 

 

心理士の先生も担任の先生も

私も

 

子ども一人が努力して

忘れ物をしなくなることがゴール」

 

と勝手に設定していたと思います。

 

 

この言葉のベースには

以下のような「常識」があったと

考えています。

 

ーーーーー

 

小学校1年生の時

担任の先生に言われたこと。

 

「ダメだとしても

親は手伝わず

一人でやらせてみて

 

『これじゃあダメだ』と

子ども自身に思わせた方が成長が早い」

 

 

しかし、

マキトは一人でやらせてみても

「これじゃあダメだ」とは思いません。

 

危機感が低いんです。

今だに、ですがぐすん

 

先生の「ひとりでやらせてみる」という提案は

おそらく

「普通と思われる子」向けの提案だったんだと思います。

 

ーーーーー

 

では、マキトの場合

どうしたら良かったのでしょうか?

 

マキトの性質ですが、

 

「ルーティンになるとできる。」

 

ということが

ずっと後になって分かりました。

 

歯を磨いたり、服を着たりするのと同じで

生活の一部にしてしまうと出来るんです。

 

一人ではできないんだったら

私が補助輪のように働いて

 

できるようになったら

補助輪が外れる、っていうのがよかったかもなあ。

 

これは過干渉(先回り)ではないと

思います。

 

 

マキト一人で

7割を目指すのではなく

 

マキトとチームになって

忘れ物を10割なくすのを目指せば良かった

と思います。

 

 

ーーーーー

 

 

旦那も自分の幼少期と比べて

マキトが全てにおいて下回っていることを

気にしていて、

 

私も

似たようなことを思っていたのは

確かです。

 

こういう態度は

話さなくたって

伝わったよな〜。

 

 

マキトは中学2年生から

不登校気味でしたが、

 

ちょうどその頃、

 

「自己肯定感が低すぎる」と

担任の先生に指摘されましたが

 

小学校の5年生くらいから

低くなっていったのだと

思います。

 

 

どうも、すえですほっこり
3年間の不登校気味から半年の不登校、それを自分で克服した子ども、マキトの母です。
思えば、不登校は幼児の頃から始まっていたことにやっと気づきました…            
後悔&反省の記録を日々綴ることで、不登校に導かない子育てを探っていこう!
と考えています。
分かりやすいように、今振り返って問題だと思う行動/反省点をで、改善案をで示しました。
どうぞよろしくお願いします。

 

前回までに書いた通り、

マキトは5年生になってから

 

忘れ物は相変わらずで、

 

友だちの愚痴を

よく言うようになりました。

 

帰ってくると

いつも不満そうな顔をしていました。

 

 

理由は

小学校担任の先生に

よく思われていなかったからだと

思います。

 

直接言われたのはこの二つ、

 

 

「忘れ物をしないのが当たり前です」

 

「周りの子の優しさに救われています」

 

電話でも1学期だけで

忘れ物、騒ぐこと、友達とのトラブルについて

度々報告がありました。

 

ーーーーー

 

マキトは

キチンとした先生に

嫌われやすいです。

 

忘れ物が多い、うるさい、

集中できない。

 

教員は

本当にコツコツ努力した人が

なる職業なのでしょう。

 

大学で教職課程を取る人は

他の人の倍近く

単位を取らなければならないので、

 

やはり真面目なコツコツ型の人が

取っていたイメージがあります。

 

私の友達も

一生懸命でした。

 

教員に採用されたことを成功と捉えるならば、

その人の成功の法則は

 

コツコツ真面目に学ぶことにある、

 

と言えると思います。

 

すると、

その法則から外れた人は

なかなか受け入れ難いし、

 

コツコツ真面目にやれば

成功できるのになあ〜、と

 

もどかしさを感じるのかもしれません。

 

皆に幸せになって欲しい、

成功を掴んで欲しいと思ったら

余計に思うのでしょう。

 

また、ここまでは教えなければいけない、

理解させないといけないという

ノルマがあるとしたら大変ですあせる

 

自分の理解を超えた子を見ながら

学習面もある基準を満たさなければならない、

 

しかも何十人も。

 

想像するだけで

プレッシャーがかかってきます。

 

ーーーーーーー

 

マキトは

コツコツ努力する人の

対局にいる人です。

 

コツコツ頑張ることが難しいです。

集中もすぐに切れてしまいます。

先生に指されなくても答えてしまったりもします。

 

また、話し方についても前に書いた通り、

複数の文章が一度に飛び出してくるような話し方をするので

話し合いが難しかったです。

 

ーーーーー

 

結局、マキトは1学期終わりに

知能検査を受けることを勧められました。

 

結果はその時は

グレーゾーンということでした。

 

臨床心理士の先生が

マキトの忘れ物についてアドバイスをくれました。

 

「7割できれば十分ですよニコニコ

忘れ物が少ない時には、

たくさん褒めてあげてください」と。

 

担任の先生も

同席していましたが、

 

結局

最後の最後まで

先生の態度は変わらず、

 

クラスの集合写真に

入れてもらえなかったという

 

とんでもないことが

後から分かりましたメラメラ

 

 

結局、3学期の修了式に

男子数人が

先生にひどいメッセージを書いて

先生が泣き、

 

なぜかマキトも一緒に謝りに

行かせられるという

 

なんとも

後味の悪い終わり方をしたのが

5年生でしたショック

 

ーーーーー

 

別に私は

先生の悪口をいいたいのでは

ありません。

 

マキトがそんな目にあっても

心が折れなかった、という点が

 

とても大事だったと

今は思っています。

 

家でのゲームだけでなく、

 

スイミングのコーチや友達、

塾の先生と仲間たち、

 

学校以外の時間が楽しかったのが

学校に通えていた大きな理由だと思っています。

 

また、学校でもいいことはありました。

 

忘れてはならないのが、

校長と教頭先生の存在です。

 

マキトの話を

よーく聞いてくれていたそうですラブラブ

 

 

いろんな人と接して、話して、

それについて気持ちが動かされることで

 

学校での嫌なこと、恐怖心が

薄まっていたんだと思いますほっこり

 

 

ーーーーー

 

一方、

 

クミが不登校になった時は

学校以外の社会が無くなった時でした。

 

塾もやめ、

部活もやめました。

 

その後しばらくして

不登校になりました。

 

学校が全てになってしまうのは

怖いです。

 

 

SNSで救われる面も

あるとは思いますが、

 

学校での嫌なこと、恐怖心は

 

学校以外のリアルな人との関わりが

重要だと

 

立ち直りつつあるクミを見て

ひしと感じていますほっこり