愛の結晶の考え方 | さなじゅんオフィス

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地元テレビ出演7回
小説「売春婦を愛した男」や「運は学歴に勝る」他


好きな女性に子供が出来たとき
私の常識では「普通に産む」
責任とかでなく「自分の子供」だからだ

ところがその女性の父親が「今回は処分しろ」と言うなら
私はこの家庭とのお付き合いはしない

又は女性の方が相手の男性に告げず
勝手に処分する時に
母親が産婦人科に連れ添うなら
これもその母親の常識を疑う

私の勤務していた銀行の支店の近くの裏通りに取引先の産婦人科医院が有った
こっそり処分に来る未婚女性が多いと言う

子供が出来たら苦しむのは「女性の方」だ
男性が「産ませない」時に愛が壊れないのが理解出来ない

健康体なら必ずそう言う行為をすればどうなるかは分かるハズだ

出来ちゃった婚は今や許されるが
世間体も目を瞑る時代
昔は恥ずかしい事だと両親が指南する

いずれにしても赤ちゃんは「愛の結晶」に変わりはない
中国では結婚するに当たって2人に子供が授かるかを病院で検査するそうだ
中国だからその信憑性は分からない

子供を嫌う人を私は知らないから
「中絶は犯罪」だと思う
もし中絶をすると言うなら「愛」は存在しない

もし付き合っている女性が
「今回は処分する」と言うなら2人の関係は終わる

そこに2人の事情など理由にはならない
男性がお産休暇取るほど「偽善行為」は無い
参加してはならない領域だ

愛する2人の結晶がやがて成長していく姿は「幸せ」しかない

痛々しいニュース📺❇️が流れる
子供が親を殺害する
親が子供を虐待したり殺害する
大切な愛の結晶が大きくなって殺人を犯す

だったら産まれて来なければ良かったのか?

こんな残虐な子供は産んではいけなかったか?

愛の育み方の何処に落ち度が有ったのだろうか?

生まれて来なければ良かった「赤ちゃん」はいない
ならば2人の結婚が間違っていたのだろうか?

あちこちに現れるクマ🐻の被害

クマのお母さんは自分の子供を命懸けで守るではないか


普通の親子には「子供の存在は宝モノ」だ

成長する度に愛は深まり続ける


自分の子供から手紙やプレゼントをされる時は「涙が止まらない」ほどの喜びに浸る


やがて、親が年老いて行く時

何と子供が頼りになるものかが分かる

どれだけ存在が嬉しいか感動するのだ

父親より力が強くなる度に
子供は誇れる

「息子です!娘です!」と言うのが時代の流れとともに心に記されていく


老夫婦は、出会い時代に戻ってつぶやく
「愛の結晶」が2人を結んだ人生だったこと
幸せの潤滑油だったこと

子供は間違いなく結晶なのだ
「赤ちゃんポスト」

愛を捨てるなんて恋愛を語る資格など全く無い