高齢になって変わって行く考え方を考察した
「自分勝手に生きる」
「誰の為に生きるか」
老いていく覚悟の取り方
好きなように生きる年代から変わり行く「誰の為に生きるか」と言う自問自答だ
作家五木寛之は綴った
自然の流れに逆らう「逆行思想」への変化は「癌との闘い理論」と高齢になるに連れ芽生えた変化だと言う
ある日の話し
私が、公園を歩く老人と話した時の事だ
「子供に迷惑を掛けたく無いから」ウォーキングしていると言う82歳の白髪の男性がいた
親はいつまでも「子を思う」のだが
現代の一般的感覚では子供は「それ程親思い」でもない気がする
それはとりもなおさず
「親の教育不足」だ
間違った愛情教育とも言い換えられる
だが自分の存在感が自分だけでない時、
自分が死んだら「泣く人が多い」場合には、勝手に死ねない事に気付かさせる
孫を悲しませられない
子供たちを泣かせる訳には行かない
彼女を1人にさせられない
と言う気持ちだ
癌に弱音を吐く一般的パターンでなく
闘ってやると言う「逆の考え方」が五木寛之の「逆境」の生き方
もっと生きたいと言う変化だ
それは「誰かの為に生きる」と言う事
命乞いでなく「生きてやる」のだ
人間の個別寿命は誰も分からない
気持ちは人の心を変える
ポジティブとかネガティブと言うより
発想の変化だ