今更と言えば先ず「手遅れだよ」と続く文脈になる
「後悔先に立たず」と言うフレーズだ私の時代なら「今さらジロー♬」だ
今さら何を言う😡⚡!も有るし
今さらは「遅い」のだ
散々と迷惑を掛けていながら
「今さら許せるか!😡⚡」なのだが
「受け入れて許す心も」有りではないか?
今さらは「相手が心入れ替えようと」努力しようと悟った言動だ
実は私の兄貴の話し
散々、兄弟の心を踏みにじり
「今さらどの顔で仲間入り」しようと虫のいい話しなのだと言うのが一般常識なのだ
自分が豪遊し「カネ💰が有るときは女にうつつを抜かし親を捨て私に押し付けて」兄弟にも三行半の言葉を投げ掛けた
兄弟に「縁を切る」と豪語したのだ
それから20年以上「音信不通」になっていたのだが、三回目の結婚にも失敗し
「妻に逃げられて子供もあちこちに捨てた」哀れな男だ
だからいい子に育っていないから
現在の子供も「親への愛情もない」と言う
普通なら「許せない物語り」
ずっと忘れて生きてきた兄弟も「他人になっていた」のだが
ところが生活が一変して「ひとりぼっち」になり
兄弟に電話を掛けまくり「死ぬ前に兄弟と会いたくなった」と言うのだ
普通なら許さないシチュエーションなのだが唯一私だけが「電話に出てその気持ちを察した」次第
そして先日の墓参りに繋がったのだが
「死んだ母も先祖もある意味喜んでくれるのではないか」と思う私の配慮だ
千葉県に有った豪邸も捨て
商売は時代に取り残され、キャッシュで買った外車も全て失くなったそうだ
3番目の若い妻も逃げ出し
途方に暮れた人生は「自業自得」である
子供ですら「親の面倒を見ない教育」だったから「兄の無能な生き様」なのだろう
唯一、私だけが門戸を開いたから
おそらく涙し我に返ったとも言えよう
遠い昔に戻れば兄の大学中退は両親の貧乏時代の責任でも有る
親の生活力はひいては「子供の人生を左右する」からだ
子供の人生観が形成される結果論なのだがその時代の親の責任を恨んではいけない
むしろ「貧乏の中で育つ親孝行」も有るからだ
今回は、今さら………「兄弟だからと言われても」と文脈が続く
兄も金銭的には困っている訳ではなく
「1人この先死んでいく不安」の夢に
「兄弟仲良く理論」が目覚めたらしい
私以外の兄弟たちは門戸を開かない
それほど長い断絶だった
考え方は沢山有るから、私は仕方ないととやかく言わない
私だけが許してやってもいい
何故ならば「私が家系の長」だからだ
悔いいる兄のご都合主義でも
「血縁」の先祖との関係が有る
後悔した兄を亡き母は許すだろう
仕事の無い親父と結婚した母親は偉かった
今さらを許してやる寛容さは人間の持つ魅力だ
「罪を憎んで人を憎まず」は私は勝手過ぎることわざだと思っている
罪も憎んで人も憎むのは世の連れ
ただ「今さら」で有っても
寛大になるのも人間には出来るのではないか
私はそう思う年代になった