ウクライナ攻撃とトルコ地震とはどこが違うのか | さなじゅんオフィス

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小説「売春婦を愛した男」や「運は学歴に勝る」他



大惨事と言うなら同じことだ
慌てふためいて世界はこぞってトルコ支援の手を差し伸べて 事の収拾に当たっている
貴重な命が救われ その都度歓喜に沸く


「核」が怖くて脅されれば 積極的に救いの手を伸ばさず もう1年を経過する
地震で寒さに震え 寝床や食料すらない被災地に多くの国から救援に入る
ウクライナ国民は 飢えや寒さにめげず一方的に侵略された母国で彷徨っている


我先にトルコに支援を申し出て 我が国は「トルコを助けます」とアピールする
だったら 支援する外国のすべてが「ウクライナ支援団体」という大義で
ウクライナに入国したらどうなのか


怖い人にはしっぽを振り 顔色をうかがいながら「休戦の交渉をしよう」と
遠吠えを上げるが 命が惜しくてウクライナに入国する多国籍軍は不在だ
むしろ戦争をする道具だけを提供して 「やった感」でどや顔をしている


喧嘩の仲裁とは 2人の仲に入り込んで「止める」ことだ
ウクライナには後方支援しか出来ず 消極的である要因は何だ
トルコやシリアの地震同様 予期せぬ大惨事にウクライナは今も尚 耐え忍んでいる


多くの子供たちが訳もなく殺され ウクライナは荒廃地に晒されていく
どちらも同じ「命」
親が外敵から子供をかばうとき わが身を挺して守り抜くのではないのか