♪♪ 歌は仕事人へのエール ♪♪
~ 詞が頭に入らない
比較的最近になって気づいたことだが、私の脳は歌を言語として聴くことがかなり難しい。歌を聞いても、言葉の意味より、メロディーとしての音が入って来る。詞の意味がわからないのだ。
みんなそうなのかと思っていたが、私みたいなタイプのほうが珍しいと知った。意識して意味を読み取ろうとしないと、何を言っているのかわからない。しかし、カラオケなら歌詞を見ながら歌うため言葉が頭に入って来る。歌うたびに、この曲ってこんな歌詞だったんだと改めて気付かされたものだった。
~ 中島みゆきさんとの出会い
中島みゆきファンと言えば、デビューの頃から歌やラジオを聴き、青春時代を共に過ごした方が多い。が、私がファンに変容したのは、2015年6月のことである。
中島みゆきと聞いて、最初に思い出すのは「わかれうた」で、かなり流行ったので、私もサビくらいは歌えた。中3の時だったか、男子と付き合い始めたばかりの友人の後ろを「わかれはいつもついてくる~」と歌いながら歩いた。今思うと随分な悪ふざけだったが友人は面白がってくれた。
自分は深夜放送を聞く習慣がなかったから中島みゆきって実はすごく面白いのよ~と友人が上気しながら語っても、心動かされることもなかった。カラオケの曲を覚えるためにTVの歌謡番組を見た時期もあったが、そこに中島みゆきは出てこなかった(笑)。
その後、はじめて動いているみゆきさんを見る機会に恵まれた。それは記念すべき夜会の第1回公演(1989年)に、都合の悪くなった友人の代理として行くことができたのだ。だが、前述したアタマの欠陥のせいか、どんな歌だったのか全く覚えていない。ただ、華奢な体に似合わず迫力があったこと、舞台や衣装が真っ赤だったことだけが印象に残った。
さて、時は流れて、私は30過ぎて結婚もせずに(笑)、毎日仕事で微生物と格闘していた。異物混入やO157食中毒など騒動があるたび、仕事は超絶忙しくなる。毎晩9時10時の残業は当たり前、午前様になることも珍しくなかった。
そんな頃に出会った番組がNHKのプロジェクトXだった。チャラい芸能人に憧れることはなかったが、困難にめげず、道を切り開いていく仕事人たちには素直に憧れた。ここで歌われていたのが「地上の星」と「ヘッドライト・テールライト」だった。
メロディーは琴線に響いたが、私は例の如く詞の意味がすぐには分からない、それでも何度も聴いているうちに仕事人としての私への応援歌のように思えて来た。サラリーマンのおっさんと同じである(笑)。
♪♪ 詞の理解で深まる感慨 ♪♪
~ 再びのカラオケ
バブルがはじけたあと、カラオケはずっとご無沙汰だったが、平成20年から始めた詩吟の新年会にはカラオケタイムがあった。そこでTUTAYAでアルバム「短篇集」をレンタル、1曲目が「地上の星」、最後が「ヘッドライト・テールライト」だった。当時年長だった次男の誕生日にディズニーランドに行く道すがら、往復6時間はあったろうか、車中でずっとCDをかけっぱなしにした。
私のアタマの欠陥に気づいたのはこの時で、一緒に聞いていた夫が、「これ、盆暮れに田舎に帰る歌なんだね~」と一言。だが、私は、何のことやらまったくわからない。それは「地上の星」の次にかかっていた「帰省」という歌で、これも心に沁みる名曲なのだが、何度も聴いたのに私のアタマには言葉が全く届かなかったのだ。とりあえず、大好きな2曲が歌えるようになったことで大満足で、年1~2回あるかないかのカラオケの時は、いつもこれを歌った。
~ 中島みゆきの〝歌〟に惚れる
その後、平成25年の暮れ、TVのカラオケ番組で「糸」を初めて聞いた。歌詞のテロップを見て詞も含めて好きになった。いつもカラオケで歌わせてもらっているのだからたまには印税も払わなくてはと、そんな理由で年明けにお気に入りの2曲と「糸」が入っている「Singles2000」を購入したが、他の曲は、暗過ぎたり、声が馴染まなかったりで、あまり好きになれなかった。
その翌年のこと、私はあることでかなりの精神的ダメージを受けていたのだが、その時聴いた「一期一会」のPVが、ずしんと心に届いた。落ち込んだときに中島みゆきが効くというのは本当なのだと思い知った。
その時、彼女はうまく歌おうとか、きれいな声を出そうとかではなく、言葉を伝えるために歌を使っているのだと確信した。すると、がなり声や暗い詞に込めた意図が見えてきた。弱い心に寄り添う力や普遍的な真理が籠められている。知れば知るほどに、この人はすごい!のびっくりマークが増えていくばかりだった。そんなわけで、今はみゆきさんにぞっこんである。
ファンになった年に開催されたコンサート「一会」は、ファンクラブにはまだ入っておらず、急遽いけなくなった方からチケットを譲っていただき、2階席から生みゆきさんを観ることができた。周りに夥しい数の観客がいるにもかかわらず、2人きりで対峙しているかのような錯覚に襲われた。その後、みゆきさんは群衆に対して歌うことができず、5000人いたら、そのひとり1人に対して歌うことしかできないと書いているのを見つけた。そういうことだったのかと感嘆し、納得した。
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その後ファンクラブ「なみふく」にも入会し、やらかしネタでなみふく大賞もいただいた。
さて、みゆきさんぞっこんとはいえ、バッハやチャイコが嫌いになったわけでは決してない。楽器が奏でる音も変わらず好きである。ただ、ようやく言葉を乗せた音楽というものを好きになれた。この喜びに今はまだどっぷり浸っていたい。
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以上、少し加筆修正しましたが、2018年10月に執筆した私の音楽履歴書1〜3でした。
2020年以降は、みゆきさんが4年間コンサートを開催しなかったこともあり、しばしクラッシック系の音楽に戻り、ヨーヨーマやキーシン、ツィメルマン、トンコープマン、藤田真央くん、小山実稚恵さん、反田さん、角野隼人などの生演奏を存分に楽しませていただきました。
ちなみに、ヨーヨーマは若かりし時の憧れの人で、就職したてのころ、新人紹介の、好きな人誰ですかの質問にヨーヨーマと答えたところ、「誰?ヨーヨーが上手な人?」との質問に苦笑したことがありました。苦笑と言えばカラオケで高音がとってもきれいだった同僚に、すごい「夜の女王」みたいと褒めたつもりが、水商売みたいってこと?と怪訝な顔をされたこともありました。
まだ大工と話すときは大工の言葉を使え(ソクラテス)をドラッカーさんに教えてもらう前のことでした(笑)