151204 自然享受権 | 森中あゆみの「山と薬膳で、ココロとカラダをまるごと養生♩」

森中あゆみの「山と薬膳で、ココロとカラダをまるごと養生♩」

「世界の国の人と自然」を愛するヨメが
「岩と雪と氷」を愛したダンナと
日々のつれづれを発信します。

先日、とある大企業のお偉いさんから着電。


一昨年、家にある西岡京治さんと中尾佐助先生の共著『ブータンの花』に載っている

ムクロジの実を奈良の山で見つけ、うれしくて2つ持ち帰った。奇遇にもそのタイミン

グで知り合いのブータン人から電話が入り、ブータンでは未だに僧侶が衣を洗ったり

トルマを作る前、手を洗うときに使っていると教えてくれた。普段は一般の洗剤でも、

特別なときにはこれを使うのだと。


着物や体を「洗う」という行為とは、本来、内面を浄化するための意識づけの行為なの

かもしれないな、とムクロジが気付かせてくれた…。


お偉いさんからの着電とは、そのことを書いた私のブログを見ての問い合わせだった。

自然由来の製品を製造販売している化学品メーカーでムクロジは注目すべきもの、

色んな国のムクロジの調査をしたいのでそのブータン人を紹介してほしいとのこと。


ブログからのアクセスは正体不明で「なりすまし」なんかもあるので、知人を巻き込み

たくなくて、私を介してなら構いませんということで、知りたいことを教えてくださいと

返信した。


そしたら、その返信が、ブータンでの利用法とか価値観話なのではなく、「ムクロジの

実を輸出してくれる業者か農家を知っているかを聞いてほしい」との内容だった。

 

成分分析とのことだけれど、同じ木でそんなにも成分が違うモノなのだろうか…。

ムクロジなんてアジアに生える一般的な木で、もちろん日本にもある。ウィキると栽培

している国もあるようだ。


たとえ、ブータンのものが製品化に優れていると判明しても、国内交通の不便さによる

コスト問題や、国の面積に対してムクロジが生育できるであろう範囲の狭さなんかを

考えると、お商売にド素人の私でさえ、良い輸出元ではないと容易に想像できる。

私なら、その段階で他をあたる。


ブータンは、他のアジア諸国とは一線を画した国策をもっている。儲かればそれでよい、

という国ではないと思うし、そう思わせるお国柄だ。ブータン自身がどう考えているかは

よく知らないけれど、私はそう思っている…。


いやいや、本来はどこの国であっても、それぞれのポリシーや事情があるのだから、

出来る出来ないだけで判断するのは間違っていると思う。まずは互いを知り、それぞれ

のギャップを埋めてから初めて、お商売の話になるのではないのか…。金で上っ面を

はる悪代官の顔が、そのお偉いさんのメールの奥に見えてしまうのだ、私には…。


いろいろ調べて、もうブータンしかないのか…?
何にも知らず、片っ端から調べてるのか…?

手当たり次第で調べるとしても、自分の足で調べようとは思わないのか…。PCでチョ

チョイと作業して、素人の手を借り、各国のムクロジを入手、お目にかなわなければ

ハイそれまでよ~~???


それとも、「幸せの国ブータン」のムクロジというお冠が魅力で、ブータンに的を絞って

いるのか…?

 

人にやさしい、地球にやさしい
それが当社のテーマだと、堂々と書いてこられることに、嫌悪感を覚えた。
メールでのやり取りで誤解もあるかもだけど、逆に言いたい!プロが素人を巻き込む

なら、せめて誤解を生まない努力をしろと…。

 

自然由来…
私だって、ときどき、山や森のめぐみを頂戴することはある。
出来れば添加物や農薬まみれの商品より、手間がかかっても安心できる自然のものを

食べたいし、利用したいと思う。


だけどいかんせん、日本は狭い。逆に人は多い。そして貧しい心の人もいる。ちょっと

しかない山のめぐみに皆が1年分の蓄えを、とこぞって採取したら途端に山は丸裸だ。

第2次登山ブームのおかげで、家族の恒例行事だったフキ摘みも、今はフキがその

場所になくなってしまった。タラの芽なんて宝石だ。


キャラブキの製造会社が、農場でなく自然のものを採ったら、フキがなくなるだけでは

済まない。もちろん農場だって、ときには自然破壊だ。
自然のものを利用することが、自然に優しいということにはならない。


ボルネオのプランテーションみたいに、自然由来の商品を作る為の植林がオランウー

タンの生存危機を生んだ事実を見ずに、何が地球に優しいココヤシだ。それは自然

ではなく、不自然なのと違うのだろうか?

 

自然のものを利用する、あるいは、自然由来の製品を作るための方法は、何年も先の

ことを見据え、持続可能であることが望ましい。独自のサイクルで廻っている他国に

土足で踏み入ることは、自然に優しくないのと違うのか?


さっきテレビで、スウェーデンには「自然享受権」という法があり、自然を大切にし、

個人が楽しむ程度のものなら、自然のものを採っても構わないという権利があるという。

フィンランドにいったとき、同じこと言われた。よその家のベリーを摘んでも罪にはなら

ないと。一人一人がきちんとした道徳心をもっているからこその「自然享受権」


そんなことを考えてたら、パソコンだけでモノを見て仕事をしている「人にも地球にも

優しい」会社のお偉いさんのお手伝いをする気には到底なれなくなってしまった・・・。



ムクロジの実 ムクロジは漢字で書くと無患子。子供が患わないと書く。またこの中に

入っている黒い種は日本では羽子板の羽の重りに利用されてきたが、羽子板は、

飛んできた羽を打ち返して、厄をはねのけるという親の願いがこもった遊びだそう。

ルーツは、この羽をトンボに見立てた蚊除けのおまじないだったという。マラリアなど

疫病に対する祈りだろう。他にもお釈迦様に由来するお話もあるようで、そのすべてが

「モノの浄化」につながっているようだ。


結構泡立つ!