繖山の植物と登山アフター | 森中あゆみの「山と薬膳で、ココロとカラダをまるごと養生♩」

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「世界の国の人と自然」を愛するヨメが
「岩と雪と氷」を愛したダンナと
日々のつれづれを発信します。

寒波が来るから寒くなる、という予報に反し、暖かく歩くのにちょうど良い一日だった。

下山後は、考古博物館や信長の館で、信長の最高傑作「安土城」や古墳時代の出土品を
見たりして、この地が古くから大陸と深い関りがあったことも想像できた。

気さくに話しかけて下さる近江の人も…、信長が大陸にかぶれていたことも…、よそに

対しての観念がひょっとしたら共通してるのかもしれない…。

ショウジョウバカマがたくさん咲いていた

稜線ではイワナシも

ミツバツツジの奥に伊吹山が見えている

西の湖の手前でもうもうと火が上がっている。ヨシの野焼きだろう。

観音寺城址への階段は、苔むしてステキな道だった

安土城考古博物館の重厚で大陸のにおいがプンプンする建物。

駅に向かう道は、ちょっとワイルドです笑!


道すがら、安土山を眺める。
まあるい2つのピークの右側に立派な天守閣を備えた安土城が建っていた。山麓から
まっすぐに延びた大手道が印象的なお城だったと思う。天守閣から近江平野を眺めた

信長、いったい、どんな気持ちだったのだろう・・・。

駅前に信長像。

お侍ちゃんの飛び出し注意坊やが目立ちすぎて、信長がかすむよ・・・苦笑!


おまけの一枚

信長は家紋をいくつも持っていたそうだけど、これも重要なもののひとつ。
楽市楽座など、経済や物流に着眼した信長が、中国から輸入した「永楽銭」を旗印に

使ったのはいかにもだ。

マンホールに書かれた「ANZUCCI」とは、安土のこと。ポルトガル語だが、宣教師と

結びつけたものだろう。わが町堺も、歴史に視点を置く場合は「SACAY」と表記されて

いることがある。