輝かしき中米コーヒーの風土と文化(4) | <現地発>中米政治・経済・社会についての考察&見聞録

<現地発>中米政治・経済・社会についての考察&見聞録

長年中米に在住する某国政府経済情報局部長である経済学博士が繰り広げる、最新の中米の政治・経済・社会に関するクリティカル・ディスカッション。日本との関係や違いを考慮し、小国ではあるがバライエティーに富んだ中米各国、また中米域全体の魅力についてのご紹介。

コーヒー農園や精製所には、子供の頃ディズニーランドを訪れてわくわくさせられた気持ちを思い出させてくれる「催し物」が沢山ある。例えば、初めて嗅ぐ時は好ましい印象を受けなくとも、コーヒー農園の絶大な魅力に囚われるにつれて愛しくなるコーヒー豆のパルプ(果実)が発酵しかけた独特の匂い。このパルプは水洗式精製方法で剥かれるのだが精製所の片隅に山になって貯められたものだが、中米コーヒーの精製方法はこのパルプのツーンと鼻にくる匂いの様に、何十年も前から変わらないものなのだ。

この様に中米のコーヒーが今でも長い伝統を誇る技術をもって精製されるのは、精製所のオーナーや精製所を兼ねている農園主が長い年月の試練に耐えた技術に大きな信頼をおいている為だが、そのお陰でコーヒーを愛する我々は今でも昔ながらの、味わいの深いコーヒーの精製方法を目にする事が出来る。

この様な伝統技術にどう言ったものがあるのかと言うと、例として先ず挙げられるのは、以前の投稿で紹介済みの手作業による摘み取りを始めとする農作業、コーヒーの水洗、或いはパティオに豆を敷いた上での、これもまた手作業による天日乾燥がある。何故こう言った伝統技術に愛嬌があるのかは、豆の摘み取りと乾燥作業については触れたが、コーヒーの水洗に関して言及すれば、やはり愛嬌のある作業だからだ。

コーヒー豆の水洗とはどう言う事か-豆を洗うのは、もしかしたら読者の方は農園で被った土やほこりを取る為に洗うのかと思われるのかも知れないが、そうではなく、後日紹介するある工程を経た豆が周りに着いたべたべたした粘膜を取る為に水洗するのだ。この洗い方は、終わったばかりの工程から次の乾燥工程を行うパティオに移す過程を利用し、溝に水を流して豆を運搬するのだが、然りと豆が洗われる様に水の流れに乱流が起こる様に溝の底が波上になっていたり、豆が流れ始める場所から最終目的地点までに高低差がある場合、勾配がある部分は階段状にしたりする。

過去の投稿で説明したが、こうして水洗される豆はピスタッチョの様に豆の外部に一部先が開いた殻を持ったパーチメントと言う状態になっており、こうした豆が多数一緒になっているのを動かすとシャーシャーと言う音がする。水に流されているパーチメント状のコーヒー豆もこの様な個性的な音をたてて、精製所を賑やかにする。

精製工程をもっと最初から見ていくとまだ面白い伝統的な手法が確認出来る。例えば実はコーヒーの水洗式精製では農園から届いた豆をトラックから一時保管槽へ積み降ろしてからパティオに運ばれるまで、全て上述の溝に流された水によって運ばれるのだが、保管槽から次にたどり着くのは沈殿槽だ。

この沈殿槽は豆の密度によって良し悪しを区別する為のものだが、沈んだ豆は密度が高く、良く発育し熟した豆で、浮いた豆は一対になっている豆の片側が無かったり、乾燥してしまったりして十分に発育しかねた豆や過成熟の豆だ。こうした豆は本来は紛れ込んでいるべき物でないが、当然の事ながら人手によるものでも完全に機械によるものでも作業にはエラーがあり、それをこの沈殿槽等の工程を用いて取り除くものである。この様な工程は原理が単純な為に原始的に見えるものだが、何とも愛嬌があるものではないか。

次回も農園主や精製工場オーナーの日々のおいしいコーヒー作りの努力がどれ程コーヒーの魅力を更に引き立てているかを紹介し続ける。