Scenarios, Concepts, and Perception
Christopher Peacocke
1. Scenarios
・最も根本的な種類の表象的内容から論述を始めよう。他の種類の表象的内容はこれを前提している。
・ひとつの基本的な形式の表象的内容は、知覚者の周囲の空間へ書き込む(filling out)諸々の仕方のどれが正しい表象的内容と整合するかを特定することによって、個別化される。その着想は、内容は空間タイプを含むというものである。このタイプは、内容の正しさと整合する、主体の周囲の空間へ書き込むそれらの仕方を含む。このモデルにおいては、内容の正しさは例化の問題である。それは、知覚者の周囲の現実世界による、当該の表象内容を与える空間タイプの例化である。
・この直観的な定式を精緻化するために、われわれはふたつのステップを踏む。
・第一のステップは、原点と座標軸を固定することである。原点と座標軸は相関するある諸特性によってラベリングされる。例えば、原点のひとつは、人間身体の胸の中心であるという特性によって、中心と関連した前/後・左/右・上/下という諸方向によって与えられる三つの座標軸とともに、与えられる。
・こうした特定の座標軸の使用は純粋な記法上あるいは慣習上の問題ではない。適切な座標軸の集合は経験の現象学のなかにある諸差異を捉える(頭と身体を前に向けて見る場合と、頭をそのままで身体を右に向けて見る場合の差異など)。
・触覚的経験の場合には、人間の手の平の中心であるという特性をラベリングされた何かを原点として、それとの関係によって定義される座標軸とともに、使用することがある。こうした場合を考慮に入れるのは差し控え、単純な場合のみを考察してゆく。
・第二のステップは次のものである。原点からの距離と方向によって同定される各点(厳密に言えば、点タイプ)に対して、そこには表面が存在するかどうか、もし存在するならどんな肌理か、色調か、彩度か、明度か、気温は何度か、堅さはどうか、といったことをわれわれは特定する必要がある。表面の定位、照明の方向、強度、性格、知覚可能な性質の変化の比率などがさらに含まれる。
・空間へ書き込む仕方を特定するなかで使用される概念装置が、知覚者自身によって使用される概念装置であることは要請されない。知覚者のもつ概念装置がどれほどプリミティヴなものであっても、空間タイプを固定化するためにいかなる概念装置をも使用することができる。
・空間タイプの僅かに精確さを増した定式。空間タイプとは、ラベリングされた原点および座標軸の集合との関係で諸々の表面や特性その他を位置づける仕方である。このような空間タイプをシナリオと呼ぶ。
・この道具立てを念頭に置くならば、表象内容の正しさにとって何が要求されるか。シナリオのなかのラベリングと合致するように固定された現実世界のなかの原点および座標軸を含んだ、経験が起こっている時点における知覚者の周囲にある現実世界の嵩(volume)を、シーンと呼ぶ。このシーンがシナリオに該当するならば、経験の内容は正しい。
・経験に対する、即座に正しいあるいは誤りとして評価しうるその表象内容のもつ条件は、文に対する、即座に正しいあるいは誤りとして評価しうるその真理条件と並行的である。特定の場所に関して即座に評価可能なのは知覚経験の内容である。知覚経験に対して、そのような即座に評価可能な内容を位置づけられたシナリオ(positioned scenario)と同定しよう。
・位置づけられたシナリオは、(ⅰ)シナリオのラベリングされた座標軸と原点に対する、世界のなかの現実の方向と場所の割り当て、(ⅱ)割り当てられた時間、の二つと一緒になったシナリオから成る。特定の知覚的経験にとって、(ⅰ)によって割り当てられた現実の方向と場所は、経験を享受する主体に対するラベルの適用によって与えられる。(ⅱ)において割り当てられた時間は、経験が生じるその時間である。割り当てられた場所におけるシーンが割り当てられた時間においてそのシナリオに該当するならば、位置づけられたシナリオは正しい。
・いかなる知覚的経験も正しさの条件(correctness condition)をもっているという要請は、人間の知覚経験以外に、他のどんな形態の知覚経験が可能かについて制限を課す。例えばラベリングされた座標軸を欠いているならば、正しさの条件は固定されない。流体のなかで生活し、体表の光刺激を知覚する球状の生物でさえ、その身体の諸部分によってラベリングされた座標軸を有している。
・位置づけられたシナリオは文字通り内容それ自体である。それは内容の心的表象でもなく、表象の特定化でもない。何かについて思考する仕方でもない。異なった種類のサブパーソナルな心的表象は、その内容において、シナリオの同じ特定の成分をもっているかもしれない。例えば、特定の地点における表面の方向は、その傾斜によって与えられるかもしれないし、同様に勾配空間におけるその表象の成分を特定化することによって与えられるかもしれない。そのような方向が表象される仕方において異なる諸々の心的表象は、にもかかわらず各々の主体の周囲のなかに例化されるものとしての同じシナリオを表象するかもしれない。
・位置づけられたシナリオには含まれているが、マーの2½次元スケッチには含まれていない数多くのものがありうる。例えばマーの2½次元スケッチは網膜中心座標のみをもち、照明条件を含んでいない。
・ここで問題なのは、少なくともその内容の一部が位置づけられたシナリオによって与えられるような心的表象が存在するということである。そうした表象が他の内容を含んでいるかどうかは問題ではない。問題なのは、表象がもつシナリオを含んだ内容と他の内容との間に特定の体系的な連関が存在し、後者が前者とのその連関に依存しているということである。
・世界を知覚することによって、われわれはしばしば所与の概念的内容を伴った判断が真か偽かを学ぶ。これが可能なのは、知覚経験が正しさの条件――この条件をもつことそれ自体が概念的内容の真理を排除したり要求したりしうる――を持っているからである。
・概念内容の一部は、その内容を判断するための適切な理由を与える知覚経験との関係によって、実際に個別化される。
・シナリオは、非概念的内容の或るレベルのなかに、概念的内容という概念を投錨するための約束された資源である。
・空間タイプは概念とはまったく異なる。概念の同一性はフレーゲ的な認知的意義の考慮によって与えられる。概念はそれを所有する施行者に対して要求される条件によっても究極的には個別化される。空間タイプを利用する非概念的内容の理論は、概念群のヒエラルキーを非循環的に基礎付けるひとつの仕方を約束する。
・位置づけられたシナリオという概念は真正な知覚と幻覚の双方に内容を与える。真正な知覚が哲学的に優先し、幻覚のケースは真正な知覚のケースとの関連で解明されるということは、ここでの道具立てと整合的である。幻覚の経験は、そのようなシーンはそこに存在しないにも関わらず、環境をある空間タイプのシーンとして表象する。シナリオは認識論的問題を悪化させもしないし、それ自体で解決することもない。