―― 虚の軼詩 禾喃編 No.1 ――



古代双儀(そうぎ)の土地には5つの強大な力を持った王都があった。

東は迩矛芦(にむろ)、西は瑜咒崋(ゆづか)、南は和嗚圉(おうご)、

北は繪瓊蚩(えにし)、そして瑜咒崋と繪瓊蚩の間に怕埜弖(はやて)の

土地があった。

それぞれの王、つまり一族の当主は氣と呼ばれる特有の力を有しており、

常に自らの領土を拡大させようと対立していた。

だが、その力には系統が存在し、隣合う一族はそれぞれが苦手とするもので

あったため、依然としてその対立は硬直していた。

そしてすべての国の中心にある帝宸山(ていしんやま)には水神がいると

言われており、その周囲には近づくこともできないでいた。

この山があったからこそ、領土すべてを巻き込む戦いが抑えられていたことも

また事実であった。


――或る小さな村

ここは名もなき小さな村。

帝宸山(ていしんやま)より少しばかり離れたところに位置していたため、強大な

力を持った彼(か)の一族たちの影響を受けていなかった。

そこでは穏やかな時がただただ流れており、どこよりも平和であったことは

言うまでもない。

「禾喃(かなん)…全く、またここにいたのか」

少年の声を聞いて、水辺にいた禾喃はゆっくりと振り返る。

「鼎(かなえ)、どうしたの?何か――」

「長老様が呼んでる」

「そう…すぐ行くわ」

禾喃は水から足先をあげ、立ち上がる。

と、風が頬を撫で、漆黒の長い髪が翻る。

「何かしら…胸騒ぎがする」

不意に何か音がした。

禾喃にはそれが誰かの声に聞こえて、そちらへ目を向ける。

「あ・・・」

言葉がでなかった。

鮮やかな木々の緑の向こうには、黒煙が立ち昇っている。

あちらには村があるというのに。

それにこの土地は、大きな水天川に囲まれた高地。

川は流れも速く、深い。

だから外部の人間が入れるはずはなかった。

禾喃と同じくその異変に気づいた鼎は、すぐさま踵(きびす)を返す。

「禾喃、ここにいろ。俺が様子を見てくる」

「でも…」

「いいから。何かあれば森へ入れ

そう言って、鼎は駆けていく。

小さくなっていく背中には黒い影が見えた気がした。


――つづく。