―― 虚の軼詩 禾喃編 No.3 ――
鼎(かなえ)は腕を地に着き、足を立て、立ち上がる。
予想外だったのか禾喃(かなん)は目を瞠(みは)り、驚きの表情で
その顔を見た。
その瞬間、矢は男たちの手元を離れた。
辺りはあまりにも静かで、鼎はそっと手を伸ばして禾喃の体を
強く突き飛ばす。
足に力が入っていなかったのか、禾喃の体は大きく傾き一歩、二歩と
蹌踉(よろ)けてその先の川の方へ。
禾喃は懸命に手を伸ばし、鼎を捉えようとしたが届くはずもなく、その
体が水面に近づく頃、その瞳は確かに鼎の笑顔とその背に刺さる
疾速の凶器を映していた。
普段から鼎はあまり表情を表には出さず、これほど穏やかなものを
見たのもずっと昔のことで。
鼎の体は地に着き、ほぼ同時に禾喃の体が水に落ちる。
そこで禾喃の意識は途切れた。
「女は?」
「川に落ちた。だが、この流れだ…助かりはしない。こいつはどうする?」
「もう虫の息だ。放っておけ。そろそろ戻らないと王がなんと言うか…」
「そうだな」
男たちは地に伏す鼎に冷たい眼差しを向け、去っていく。
「・・・」(く…水神、水天よ。どうか禾喃を守ってくれ。以前その流れで
禾喃を済(すく)ったように…)
鼎は薄れゆく意識の中、ただひたすらに祈った。
――つづく。