―― 虚の軼詩 はじまり No.5 ――
建物の形はどこも同じような造りをしているが、集落の中心付近に一際(ひときわ)目立つ
建物がある。
それは他の物と比べて大きさも大きく、造りも大分異なっている。
まず、建物の横にかなりの広さを持った広場があった。
おそらく集落の者をそこに集めて、巫女の言葉を告げているのだろう。
「これは…」
「氷輪守(ひょうりんのかみ)さま、中へ入ってみましょう」
「はい」
2人は辺りを物珍しそうに見ながら、奥へと進んでいく。
幾つか部屋を抜け、警備が過剰なほど厳重な部屋が見えてくる。
どうやら、あそこに巫女がいるらしい。
先ほど厳重と言ったが、汞瀏(こうりゅう)の意思一つで壁など簡単に通り抜けられた。
中に入ると、部屋の中心に四方を御簾(みす)のような物で囲まれた台座がある。
この様子だと、この建物の中にいる者ですら、巫女の姿を見たことがないのかもしれない。
「……何?」
か細くて消え入りそうな女の声がした。
汞瀏は辺りに目をやったが、この部屋には巫女以外に人の気配はない。
「とても強い気配…そこに誰かいらっしゃるのですか?」
巫女の問いに応える者はなく、巫女は恐る恐る御簾を少しだけ開ける。
そして空を彷徨っていたその眼は、ある場所で留まる。
「え…その御姿は……天上界の…!! 」
巫女は慌てて御簾から出てきて、頭を下げる。
この様に驚いていたのは煇の姫(きのひめ)だけではない。
汞瀏ですらも、内心で驚いていた。
「あなた…私たちの姿が視えるの?」
「はい。ですがなぜ、貴女様のような方々がここへ…」
と、不意に部屋の扉が開かれる。
そして現れた老婆は、目を剥(む)いて驚く。
「まぁ、巫女さま! 御簾から出るなんて…あれほど出てはならないと…」
「ですが…」
「早く中へお戻りください」
困っている巫女を見て、煇の姫は自分たちに構わないように告げた。
そしてようやく、巫女は御簾の中に戻っていく。
「巫女さま、もうすぐ日が沈みます。そうすれば悪しきものの支配が高まり…」
「分かっております」
「…では、どうぞそこより出ないよう…。失礼致します」
老婆が部屋から出て行くのを確認し、巫女は視線を汞瀏たちに戻す。
「あの…このような所からすみません」
「いえ、それより先ほど言っていた悪しきものとは」
「影です。私のような強い氣を持った者を喰らう人知を超えた影…」
汞瀏は煇の姫を一瞥(いちべつ)し、再び巫女に視線を戻す。
「それは、もしや青鈍影(あおにびかげ)のことでしょうか?」
「名は存じません。ですが、おそらく」
「…あの、その御簾には特殊な結界が施されているようですが」
「はい。ここは神より授かった賜物によって守られています」
それを聞いた汞瀏は、少しばかり思案する。
「よろしければ、氷輪守さまをその中へ入れていただけますか?」
「え…」
驚きの声を上げたのは煇の姫で、汞瀏は続ける。
「私はそれなりに術が使えるので大丈夫ですが、氷輪守さまは青鈍影にとっては
格好の獲物…」
「それでしたら、もちろん結構です」
巫女は軽く御簾を開ける。
一方、当の煇の姫は中に入るのを戸惑っていたが、汞瀏によって中へ入れられる。
「汞瀏、私は…」
「あなたは、ここにいて下さい」
それだけ言い残して、汞瀏は部屋を出て行く。
―――つづく。
なにやら長くなってしまいました(;´Д`)