10月から始まった野球のレギュラーシーズンが
2月に終わり、トップ4のチームのプレイオフが
始まった。
今年は1位2位、3位4位による対戦
2週目に1位2位の敗者と3位4位の勝者による対戦
3週目に1位2位の勝者と2週目の勝者による決勝戦。
長男チームのジュニアリーグは3位、
シニア2部リーグは1位で両チームプレイオフに。
次男チームは残念ながら、下から2番目で
シーズンを終えた。
シーズン最終週の次男の練習に参加した長男。
親子対決に子供チームに
参加した長男はハッスルプレー。
9歳のグループの中、手加減すべきところ、
ホームへ激走。
キャッチャーの次男コーチ100kg以上と
ぶつかって、その反動から長男の背中に
コーチの膝が入りダウン。
1週間以上痛みが引かない大きなダメージで
プレイオフの練習と選抜チームの練習に参加出来ず、
3月を迎えた。
長男は選抜チームの発表後、
週1で選抜チーム練習も2月中旬から始まった。
また次男は選抜チームの不合格により、
日本へのホリデーを計画していた。
不合格者中心で10歳以下のマシーンピッチング
の大会も開かれており、次男チームの多くが
大会へ出る予定だった。
嫁が日本行きを決めており、
次男に野球のことを話さなかった。
だがマシーンピッチングの選手が人数に達して
いないことで、コーチより直接声が掛かった。
そこで次男はお母さんが日本に行っても、
残って野球をしたいと。次男は自分の希望を
声に出した。
僕の手術も未定で嫁の日本行きの計画も
未定のままだった。
なので急遽次男もマシーンピッチングの大会に
出場することになった。
4月のスクールホリデーの大会へ向け、
野球を楽しみ頑張る運びとなった。
3月に入って長男は痛みがました為、
日本人の整体師に診断してもらい、
2週間の休養を言い渡された。
プレイオフ初戦、無念の辞退となった。