ちょびっと書いたので、続き
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ヒュッと縄は生き物のようにベテルの脚を襲う。
サミュエルはすでに勝利を確信していた。
サミュエルの縄に捕えられなかった者はいないのだ。
だが、ベテルはさっと飛び上がると、両手を地面に付け、見事なまでの倒立前転で切り抜けた。
縄だけが空しくサミュエルの手元に戻ってくる。
「またね~!!」
バイバイと手を振りながら一目散に逃げていくベテルをサミュエルは茫然と眺めた。
それからチッと舌打ちをする。
「またね……か。『また』があったら今度こそ捕まえてやる」
燃えるように赤い髪と清楚な鈴蘭の香り。そのアンバランスな印象は二度と忘れることができなさそうだった。
ラナンシー地区は王宮の南東、王都の傍を走る川岸にあった。
王宮も王都も壁で囲まれているが、このラナンシー地区に関して言えば、壁はあって無きがごとくだった。
城壁を自分たちの家の資材に使うため、立てても立ててもものの数年で消えてしまう。
また、壁の上に家を、家の上に家を建てる者もいるため、どういうバランスで立っているのだろうと首を傾げたくなるような高層建築物がいくつも建っていた。
このような地区を放っておけば他国に攻められたとき、ここが弱点になるのだが、そこは王都の東を走る川で何とか防衛できている。
そもそも他国も、ラナンシー地区を攻める愚は犯さない。
住民たちが勝手気ままに立てた家々はすでに迷路状態。道は狭いわ、見通しは悪いわ、足場は良くないわ、住民は非協力的だわ。
あっさり金で買収される割には、これまたしごくあっさりと裏切るために、他国すらもこのラナンシー地区を鬼門としていた。
ちなみに、ラナンシー地区はここからここまでという目印がない。
ただ、なんとなくいびつな形の高層建築物が見え始めると、何とも言えない独特の匂いが漂い始め、そして徐々に陰が多くなり、道が狭まり、気づくとラナンシー地区のど真ん中にいる。
サミュエルはそのど真ん中でぐるりと辺りを見回した。
ここまで来ると、頭上に降りかかるような高層建築物ばかりで、空すら見えない。
少女一人ぐらい降ってきてもおかしくはなかった。
「とは言っても、二度と同じことが起こるわけが……いいっ!!」
ぼんやりと頭上を見上げていたサミュエルは血の気が一気に引くのを感じた。
サミュエルの身長の2倍は高さがある建物から、一人の男がふらふらと飛び降りようとしていた。
「待て! 早まるな! 誰か! 誰かいないのか!!」
慌てて大声を上げると、何事かとあちこちの窓が開き、住民が顔を出した。
道にもぞろぞろと人が出てきて、上を指さし騒ぎ始める。
「あれはナジュムの爺さんじゃないのか?」
「ほんとだ。爺さんだ! 爺さん、危ない! 何やっているんだ!!」
わぁわぁと騒ぐ人々を尻目に、当の本人は
「竜じゃ……竜がいる……終わりだ……この国は終わりなんじゃ……」
ぶつぶつと訳の分からないことを言いながら、空中をぼんやりと見つめていた。
「まずいぞ、爺さんすっかりいっちゃっている。ありゃあ、何言っても無駄だ」
「だから、私は言ったのよ。ハオマは良くないって……!」
サミュエルの隣にいた女性は隣の男に袖を引っ張られて慌てて口を閉ざした。
ハオマはこの国で使用を禁止されている麻薬の一つだ。
ハマオの使用を知ってしまったら、サミュエルとしては見過ごすわけにいかない。女性はそれに気づいて、口を閉ざしたのだ。
サミュエルが女性をじっと見つめると、彼女は気まずそうに視線をそらす。彼女の袖を引っ張った男も、まるでサミュエルに気付いていないかの如くあらぬ方向ばかりを見ている。
サミュエルはわずかに眉をひそめ、口を開いた時だった。
「ああ! 危ない!」
ひと際大きな悲鳴が聞こえた。
慌てて上を見上げると、ナジュムがとうとう空中へと踏み出したところだった。
「やめろ!」
サミュエルは慌ててナジュムの下へと飛び出した。
「竜じゃ……竜じゃ……」
と同時に、ナジュムの身体が空へと飛び出し、そのまま自然法則的に落下する。
「間に合え!」
サミュエルは必死に走る。走りながら、何とか届けと祈りながら両腕を前に突き出した。
突然、ざぁっと大きな風が巻き起こり、土ぼこりを舞い上げる。
サミュエルは目をつぶりながら無我夢中で両腕をひろげた時、ドスンとものすごい衝撃がサミュエルの腕に落ちた。
「くっ!」
そのまま地面に叩きつけられそうなところを、何とかこらえる。
舞い上がる風がおさまり、そろそろと目を開けると、ぽかんと口を開けたナジュム爺さんが、サミュエルの腕の中に納まっていた。
ワァッと周りから歓声が上がる。
ナジュム爺さんは無事。
受け止めたサミュエルも、腕に大きなあざを作った以外は無事だった。
「わしゃ……わしゃ……一体?」
我に返ったのか、ナジュム爺さんは大騒ぎの周りを茫然と見回している。
「良かった……」
サミュエルもほっと一息ついて、ナジュム爺さんをそろそろと地面へ降ろした。
つづく
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ここからは自分のための覚書
ジャサース・バッルート
サミュエルの同僚でラナンシー地区担当。ラナンシーに関しては見ざる・聞かざる・言わざるを貫いている。
アーシファ・イウサール
サミュエルの国の遥か南にあるイウサール国の若き国王。
ナスィーム
アーシファに仕える魔術師。
ジャリーディ・アル・タウバーン
サミュエルの国、タウバーン国の国王。アーシファと同年齢のため、対抗意識がある。
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ヒュッと縄は生き物のようにベテルの脚を襲う。
サミュエルはすでに勝利を確信していた。
サミュエルの縄に捕えられなかった者はいないのだ。
だが、ベテルはさっと飛び上がると、両手を地面に付け、見事なまでの倒立前転で切り抜けた。
縄だけが空しくサミュエルの手元に戻ってくる。
「またね~!!」
バイバイと手を振りながら一目散に逃げていくベテルをサミュエルは茫然と眺めた。
それからチッと舌打ちをする。
「またね……か。『また』があったら今度こそ捕まえてやる」
燃えるように赤い髪と清楚な鈴蘭の香り。そのアンバランスな印象は二度と忘れることができなさそうだった。
ラナンシー地区は王宮の南東、王都の傍を走る川岸にあった。
王宮も王都も壁で囲まれているが、このラナンシー地区に関して言えば、壁はあって無きがごとくだった。
城壁を自分たちの家の資材に使うため、立てても立ててもものの数年で消えてしまう。
また、壁の上に家を、家の上に家を建てる者もいるため、どういうバランスで立っているのだろうと首を傾げたくなるような高層建築物がいくつも建っていた。
このような地区を放っておけば他国に攻められたとき、ここが弱点になるのだが、そこは王都の東を走る川で何とか防衛できている。
そもそも他国も、ラナンシー地区を攻める愚は犯さない。
住民たちが勝手気ままに立てた家々はすでに迷路状態。道は狭いわ、見通しは悪いわ、足場は良くないわ、住民は非協力的だわ。
あっさり金で買収される割には、これまたしごくあっさりと裏切るために、他国すらもこのラナンシー地区を鬼門としていた。
ちなみに、ラナンシー地区はここからここまでという目印がない。
ただ、なんとなくいびつな形の高層建築物が見え始めると、何とも言えない独特の匂いが漂い始め、そして徐々に陰が多くなり、道が狭まり、気づくとラナンシー地区のど真ん中にいる。
サミュエルはそのど真ん中でぐるりと辺りを見回した。
ここまで来ると、頭上に降りかかるような高層建築物ばかりで、空すら見えない。
少女一人ぐらい降ってきてもおかしくはなかった。
「とは言っても、二度と同じことが起こるわけが……いいっ!!」
ぼんやりと頭上を見上げていたサミュエルは血の気が一気に引くのを感じた。
サミュエルの身長の2倍は高さがある建物から、一人の男がふらふらと飛び降りようとしていた。
「待て! 早まるな! 誰か! 誰かいないのか!!」
慌てて大声を上げると、何事かとあちこちの窓が開き、住民が顔を出した。
道にもぞろぞろと人が出てきて、上を指さし騒ぎ始める。
「あれはナジュムの爺さんじゃないのか?」
「ほんとだ。爺さんだ! 爺さん、危ない! 何やっているんだ!!」
わぁわぁと騒ぐ人々を尻目に、当の本人は
「竜じゃ……竜がいる……終わりだ……この国は終わりなんじゃ……」
ぶつぶつと訳の分からないことを言いながら、空中をぼんやりと見つめていた。
「まずいぞ、爺さんすっかりいっちゃっている。ありゃあ、何言っても無駄だ」
「だから、私は言ったのよ。ハオマは良くないって……!」
サミュエルの隣にいた女性は隣の男に袖を引っ張られて慌てて口を閉ざした。
ハオマはこの国で使用を禁止されている麻薬の一つだ。
ハマオの使用を知ってしまったら、サミュエルとしては見過ごすわけにいかない。女性はそれに気づいて、口を閉ざしたのだ。
サミュエルが女性をじっと見つめると、彼女は気まずそうに視線をそらす。彼女の袖を引っ張った男も、まるでサミュエルに気付いていないかの如くあらぬ方向ばかりを見ている。
サミュエルはわずかに眉をひそめ、口を開いた時だった。
「ああ! 危ない!」
ひと際大きな悲鳴が聞こえた。
慌てて上を見上げると、ナジュムがとうとう空中へと踏み出したところだった。
「やめろ!」
サミュエルは慌ててナジュムの下へと飛び出した。
「竜じゃ……竜じゃ……」
と同時に、ナジュムの身体が空へと飛び出し、そのまま自然法則的に落下する。
「間に合え!」
サミュエルは必死に走る。走りながら、何とか届けと祈りながら両腕を前に突き出した。
突然、ざぁっと大きな風が巻き起こり、土ぼこりを舞い上げる。
サミュエルは目をつぶりながら無我夢中で両腕をひろげた時、ドスンとものすごい衝撃がサミュエルの腕に落ちた。
「くっ!」
そのまま地面に叩きつけられそうなところを、何とかこらえる。
舞い上がる風がおさまり、そろそろと目を開けると、ぽかんと口を開けたナジュム爺さんが、サミュエルの腕の中に納まっていた。
ワァッと周りから歓声が上がる。
ナジュム爺さんは無事。
受け止めたサミュエルも、腕に大きなあざを作った以外は無事だった。
「わしゃ……わしゃ……一体?」
我に返ったのか、ナジュム爺さんは大騒ぎの周りを茫然と見回している。
「良かった……」
サミュエルもほっと一息ついて、ナジュム爺さんをそろそろと地面へ降ろした。
つづく
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ここからは自分のための覚書
ジャサース・バッルート
サミュエルの同僚でラナンシー地区担当。ラナンシーに関しては見ざる・聞かざる・言わざるを貫いている。
アーシファ・イウサール
サミュエルの国の遥か南にあるイウサール国の若き国王。
ナスィーム
アーシファに仕える魔術師。
ジャリーディ・アル・タウバーン
サミュエルの国、タウバーン国の国王。アーシファと同年齢のため、対抗意識がある。