いつもお読み頂きましてありがとうございます。

 

 

 

私たちは誰しも

 

 

 

母親の胎内から生まれています。

 

 

 

母体という宇宙と一体でした。

 

 

 

母親の胎内から必要な栄養分が送り出され

 

 

 

精巧な仕組みの身体がつくられていく段階で

 

 

 

そこに魂が宿ります。

 

 

 

そして、母親の胎内から生まれ出たとき

 

 

 

母体という宇宙から切り離されたとき

 

 

 

それが、分離の始まり。

 

 

 

宇宙から切り離される瞬間に

 

 

 

三次元界での分離体験が始まります。

 

 

 

その瞬間、母親と子は

 

 

 

分離からくる痛みを味わいます。

 

 

 

やがて生まれた子は、他の子と区別するために

 

 

 

名前が付けられるようになります。

 

 

 

自分と他をハッキリ分けられることにより

 

 

 

ここから更に分離の旅が始まります。

 

 

 

地上で名前を持たない人はいないと思います。

 

 

 

名前を持つことで私たちは

 

 

 

地上で体験できること

 

 

 

分離を体験しているのですね。

 

 

 

名づけ自体が分離

 

 

 

名前が分離を表しているとは、驚きです。

 

 

 

天界の方は色で例をあげています。

 

 

 

例えば、紫という色があって

 

 

 

そこから、赤紫、青紫、藤色、など

 

 

 

ザっと調べただけで紫からは

 

 

 

25種類もの色があり

 

 

 

紫とは別の名前がつけられることにより

 

 

 

別個の色が生まれています。

 

 

 

これが分離を表していると。

 

 

 

では、他の星ではどうでしょうか。

 

 

 

地球では当たり前の名前ですが

 

 

 

地球独特のものかもしれません。

 

 

 

名前を持たない星もあるそうで

 

 

 

そのような星の人たちが地球にやってきたら

 

 

 

名前って何ですかと、聞かれるかもしれません。

 

 

 

それだけ、地球では当たり前のことが

 

 

 

宇宙の他の星では全く知られていない

 

 

 

通用しないものかもしれません。

 

 

 

そして、天界の方にも名前があるように思いますね。

 

 

 

例えば、イエスやブッダやミカエル

 

 

 

この方たちを三次元的に伝える

 

 

 

口頭、文章で表現するには

 

 

 

名前が必要ですよね。

 

 

 

ただ、天界ではどうかというと

 

 

 

名前はあるけれども

 

 

 

必ずしも名前が必要というわけではなく

 

 

 

エネルギーそのもので

 

 

 

その人だとわかる、認識できるようです。

 

 

 

もしかしたら名前は

 

 

 

地球特有のものかもしれず

 

 

 

私たちは他と自分をハッキリと区別することにより

 

 

 

自分の個性が認識しやすいという

 

 

 

メリットがあるけれども

 

 

 

反対に、他を批判したり、敵対視したり

 

 

 

他と自分が一体とは感じにくいデメリットも

 

 

 

持ち合わせているように思います。

 

 

 

「自分を愛するようにあなたの隣の人を愛せよ」

 

 

 

とイエスが言ったように

 

 

 

分離という星で

 

 

 

どれだけ自分と他を一体に感じながら

 

 

 

自分のように愛せるか…

 

 

 

地球は宇宙時代に向けて進んでいます。

 

 

 

だんだんと地球も、多種多様な人たちを

 

 

 

受け入れられる世界になっています。

 

 

 

周りの人を愛して

 

 

 

地球人が地球人を愛し

 

 

 

他の宇宙の人たちをも受け入れられるようになると

 

 

 

宇宙の異星人たちが今以上に

 

 

 

地上とコンタクトを取れるような

 

 

 

宇宙の仲間入りができる星となる時代が訪れます。

 

 

 

分離が体験できる星で

 

 

 

分離から生み出したものを

 

 

 

宇宙にお披露目することもまた

 

 

 

地球の人たちにしかできないことですね。

 

 

 

 

今日も愛溢れる一日でありますように

 

 

最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。