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オーラの研究

健康のため、気功をやっています。かれこれ、10年近くになります。その影響があってか、最近、オーラがはっきり見えるようになりました。日々のオーラ観察を通して、気づいたこと、発見したこと、感動したことをまとめてみたいと思い、ブログを立ち上げました

ことの始まりは去年の5月ごろ、

 

急にある山(仮にA山とする)に行きたくなった。

 

頭の中で、「あぁ、行きたい」という声が響く。

 

A山に関するシンクロが続くものの、なかなか行けないでいた。

 

Rさんと日程を決めても、娘の発熱でダメになったり、自分の中でもやもやしたりしていた。

 

そこに、Kさんという新たなメンバーが登場し、物語は急速に展開した

 

行ってみて実感したことだが、Kさんがいなければ、私たちは絶対、頂上まで行けなかった。

 

道案内人ともいえるKさんがいたからこそ、行けた山であった。

 

行ける日は3月20日。

 

この日だけ、夫が休みで子供を見てもらえる、そして直感的にも、絶対この日であった。

 

3月20日は春分(21日)の前日であり、満月の前日だった。

 

 

 

当日、私たちは駅から、バスに乗ってA山に向かった

 

バスに乗っている間に、A山の領域になると、フワッと上に浮くようなエネルギーが来るのがわかる。

 

通常、乗り物に乗っていると、エネルギーの変化がわかりにくいのだが、それがわかるぐらい大きなエネルギーだった、

 

バスを降りると、Kさんは「今日は特に、いい日。もう下社の御神気がきている」といった。

 

確かに軽く、浮くような感じだった。

 

私たちはその後、入山するのだが、またここでエネルギーの清らかさが増す。

 

清らかさの密度が濃いが、軽いのだ。そして、地面からはじんわりとした温かい気がきている。

 

私はずっと、A山は男性のような強く、圧迫する気だと思っていたので、思っていたのと違い驚いた。

 

強いのに、痛さも圧迫もなく、濃密な清らかさで上に浮く。

 

ただ、山道は険しかった。私とRさんがヒーヒーいいながら登っていた。

 

ふと見ると一番年配のKさんが先頭で歩いている。しかも、歩き方が軽い。

 

多分、実際には小股で足を疲れさせないように歩いていたと思うのだが、

 

私には、フワッと飛んでいるようなイメージが見えた。

 

Rさんが「さっきと歩き方が全然違う」と指摘した。

 

後で聞いた話だが、「白装束の天狗みたいなのを追いかけて歩いていた。

 

夢中になって追いかけていて、『ちょっと待って』って言われるまで、

 

天狗を追いかけていることに気が付かなかった」とのこと。

 

天狗を降ろすって、凄すぎです。

 

そして、Kさんの変化をいち早く察知したRさんも凄いセンサーだ。

 

 

そんな見えない存在たちのサポートも受けながら、私たちは登って行った。

 

何度も登っているRさんとKさんはしきりに、「今日はすごい楽。サポートが入ってるね」と話していた。

 

そして上に行けば行くほど、エネルギーは軽くなり、体も軽く感じるようになった。

 

 

途中、蝶or蛾のお迎えがあった。この羽のある虫は途中から頂上までついてきてくれて、

 

なんだか、神様の御もてなしのようだった。

 

実際頂上を離れると、一緒に下っては来てくれなかったので、お出迎えだったのかなって思う。

 

 

私たちは何とか、頂上まで登ることができた。

 

頂上には3つ神社がある。私が行きたかったのは、一番奥にある神社だった。

 

なぜか、ネットでその神社の写真を見たら、行きたくてたまらなかったのだ。

 

私は前日まで、そこの神様に呼ばれて、エネルギーをもらうものだと思っていた。

 

しかも、それは縄文時代のエネルギーだとばかり思っていた。

 

もしくは古い記憶のビジョンをみると思っていた。

 

しかし、実際は全然違った。

 

 

その神社の前で目を閉じると、

 

筒のような大きな穴(神社サイズ)があり、それが、スーッと地中に降りて行っているのが見えた。

 

ここは想像していたよりも、規模のでかい大切な場所だった。

 

“人にとって”というよりも、”地場にとって”大切な場所で、

 

気をここから取り入れているのだと思う。(地球のチャクラみたいなもの)

 

そういった大切な場所だからこそ、濃密な御神気で守られているのだと思う。

 

特に、この日は「一番、(穴が)開く日」だった。

 

だからこそ、山のエネルギーは最大限に高め、地場と、登山の人を清めていたのだとおもう。

 

清まった人の気は穴に立ち寄ることで、その地場に気を落とし、貢献していたのだろう。

 

Rさんと、Kさんは「ここに来ると、冷たく感じる」と話した。

 

気が地球の奥深くに取り込まれていっているなら、人の気も取り込まれてしまうから、冷たくなるのもしょうがないのかなって思う。

 

でも、その分、人は空になり、下山しながら、穴の周りにある、濃密な御神気を取り入れて帰ることができるのだと思う。

 

「空にして、愛で 満たす」、そんな言葉が頭をよぎった。

 

 

続く