近いうちに能舞台を鑑賞する予定。

安くない金額を出すのだからもったいないことはしたくない、というセコさから

どうにか寝ないですむよう、どうにか興味深く見ることが出来るよう

自分のほうに仕込みをして舞台鑑賞にのぞもうと思うのだけど

コロナ影響で図書館は閉館。

本屋に行けばよかったのに、私のていたらくさから結局何のテキストも仕入れていない。

 

インターネットで情報を集めようとしたけれど、いや、とにかく集めては見たけれどそれはシナリオ的なことの一片で。

思えばどこから手をつけて良いのか分からない。一体私が知りたいことは何なのか。何が分からないってほとんどのことが分からない。

「能」・・・20年ほど前に授業で1年間受けていたというのに、すっかり忘れてしまった。覚えてるのは、「能ってけっこう面白いものなんだなあ」ということ。その面白い部分の詳細を忘れてしまった。なんともったいないことをした。

「知識などなくても感覚で覚えるものがある」ってのもあるだろうけど、なにせ安くないお金を出すのだから「もっと何かを得たい」という

欲が出てしまう。

学校で能を教えてくれていた先生が言ったことを覚えている。

「能は知識ありきです。全ての誰もが分かるようには作られていません。知識(典拠など)があることが前提で作られているのです。

その知識があるから、何もない舞台に想像力を働かせ色々な景色をイメージで作ることが出来るのです。ある言葉が出てきたら、その歌の典拠の和歌がわかって舞台に自然と富士山が思い浮かばないようでは作品の趣を感じることは出来ません。

あなたたちは日本文学部なのに、文学に関しての最低限の知識もないことを恥じなければなりませんよ!」と、めっちゃ怒っていたのだった。

※しかし、そのキーワードさえ忘れてしまった。富士山っていうのはてきとう。

 

結局のところ、知識はもちろん、たくさんの舞台を見ること体感することが一番なのだろうとは思う。

何でもそうかもしれないけど、回を重ねるごとに、あるいは長く習っていくうちに自分は出来なくても

ソレの見方というのが全然違ってくる。

武道なんかも初めは一瞬のことで何がなんだかさっぱり分からないし、地味な動きだとまるで面白くもないものが、

続けて習っていくうちに同じ地味な動きであっても、どこがどういうことなのかなんとなく分かるような気がしてくるし、

何よりその地味な動きが見ていて興味深いものになっている。

 

能舞台も、そういうところがあるのじゃないかと思う。

私に限ってだけど、「能」は最初から面白いものだったわけじゃないし分かりやすい派手さも感じなかった。

なんていうか、表だっては地味というか。歌舞伎のような派手さはないといういうか。

だけど知れば知るほど興味深い。私にとって謎な部分が多いから気になるのかもしれない、という

まるで「するめ」みたいな味わいが噛むほどに出てくる。

 

ブラームスのピアノ曲のときにも「するめ」みたいって思ったけれど

私はするめのようなものが好きなのかもしれない。

実際のするめは好物。

 

初感の直感っていうか、大切さはあるかもしれないが

私は最初に好きになったものは案外すぐに飽きてしまう。

※一目惚れは別。

曲なんかが本当にそうだ。

そして、最初は好きじゃなかったけど何度も聴いているうちに好きなるってことが多くて

そういう場合は飽きずに聞き続けていられる。

多分、最初に好きになる曲っていうのはメロディーラインが好きってタイプ。分かりやすい部分って感じかな。

何度も聴いているうちに後から好きになる曲っていうのは、メロディーでなくてリズムとか楽器とか間合いや

そういう細かいところに気づいて、その入り方やベース音の繰り返しがなんか生理的に気に入っちゃうんだよな。

 

ピアノで言えば、右手のメロディーでなくて左手の動き。

とか、一瞬の音の重なり合いの響き方とか。そういうところが「たまらない!」って感じる。

そういうこともある。

 

そういえば私は粘着質でしつこいところがある。最初に好きだと思うと、それがすり減るまで飽きるまでやり続けてしまう。

それほど好きじゃないことって、たいしてやらないけどずーっと続けてしまう。ずーっと続けてるうちに「なんとなく面白いなあ、まあ別にどうでもいいけどね」と、飽きるとこまでやらないから終わりどころがない。毎日の味噌汁やご飯みたいな感じだろうか。(ただ、時にめちゃくちゃ美味しいご飯ってあったりするけど)

 

とにかく能になんとなく興味を持ったわけだけど

(というか、昔から薄い興味が所々であって、それが何十年という時と共に積もっていって昨年からついに行動というカタチになった)

今回の舞台鑑賞の作品のレベルが私には高すぎて、そこまで感じ取れる器が全然私にはないような気がしている。

骨董品でいうところの、シンプル過ぎて100円のものなのか何億円もするものなのか玄人でないと分からないみたいな、

武道でいうと、「静に動を感じ、動に静を感じる!さすが達人」と見えるものが私にはなく、ただ突っ立っているようにしか見えないみたいな。

絵画でいうと、子供の落書きとピカソが同じに見えるみたいな。これはちょっと違うかも。

 

なんというか玄人すぎる演目な気がする。

ここにたどり着くまでに知識の深さと目を肥やしておきたかった。

ということだ。もったいないもったいない。

これから、とも言えるけど。