舞台鑑賞にて。

すごく不思議な感覚を経験した。私にとっては素晴らしい体験だった。

言葉ではなんとも言い難い。

自分の心のうちは、悲しいとか嬉しいとか怒りとか、喜怒哀楽にあてはまらないけど

もうなんとも言えない何かの気持ちでいっぱいなのだった。

しかもそれが溢れそうなのかぽっかり空いているのか自分で分からない。

だけど、その余韻と長い舞は脳裏というか心の裏に焼き付いた、沁みついた感じだ。

 

こういう心境を「あはれ」というのだろうか。

あはれを感じるとか、心に沁みるとか、カナシイとか?うーん、わからん。

この感覚が650年前から人が持っている感覚なのだろうか。

最近の映画や舞台や本をたくさん知っているわけじゃないから、違うのかもしれないけど、私の中では初めての感覚かもしれない。

 

正直、最近の時代劇ドラマ「帰郷」の比ではない。もっともあれは男性のお話でテーマが違うのだろうけど。しかもドラマだもんね。

 

延々と続くゆったりろうろうと続く舞とお囃子や鼓。

老女が過去の思い出の世界に舞う姿をただただ眺めているうちに、眠くなってきて

半分覚醒していて半分夢の世界。

確かに舞っている姿と音は見てるし聞こえる。

ただそこに夢のものが重なって見えてくる。

橋掛りにおじいさんの姿がみえたり、何故かシテがネズミの尻尾を摘んでいる姿や。

 

脳みそは深い睡眠に入る時の何かを分泌している。

ヨガの瞑想や昼下がりの授業中にこうなることがあり、

そんなときの口の中や頭の感覚は特殊な感じになってるのだが、それと同じ。

 

老女が舞終えてジッとした瞬間、こちらも現実の世界に引き戻された感じに覚醒した。

 

あの永遠と錯覚してしまうような時間の流れが本当に不思議だった。

同じ時間で時が刻まれない。

時が止まるのとも違う。時が混在する感じか。時計の針がおかしくなる感じ?

そして、また現実の時間に戻って、時計の針がいつも流れに進んでいく。

 

最後には橋掛りから老女が去っていくのだけど、あの後ろ姿が忘れられない。

全てのものが舞台からなくなって、さっきまでのアレは幻だったのだろうか、と呆然とする感覚があった。

 

シテは、最初から最後まで老女(女)だった。能楽師自身の姿は、本当にどこにもなかった。生きてる人間に見えなかった。一瞬の隙もない。あの舞台に一瞬の途切れもなかったように感じる。

 

老女がこちらに歩いてきて止まり、ジッと遠くを眺める姿が忘れられない。こちらに迫ってくるのが感じられるが

それは老女の想いの強さか、その強い何かが老女の内側に向かってるような。

 

私は、自分の世界に執着?する幽霊を、見ているかのようだった。