こうして一一歳から一五歳、 三ハ歳から二〇歳……と、五年ごとに考えました。さらに
母、弟、祖父母、友だち、会社の上司、同僚などとの関係も同じように振り返りました。
それは非常につらい作業でした。過去の嫌な記憶まで思い出してしまうからです。しかし
同時に、私が気づくことがなかつた新しい発見をさせてくれました。私がいかに周りの人
から支えられて生きてきたか。それに対し、私が返すことがいかに少なかつたか。申し訳
ないという気持ちと、周りへの感謝から気持ちが高ぶり、涙が出ることもありました。
この内観を行なったことによつて、家族に対しても優しい気持ちで接することができる自信がついてきました。以前だったら、絶対に大声を張り上げていたようなことでも、い
まは「なんでこんな些細なことで怒っていたんだろう」と思えるくらいです。「誓約の誓
ひ」で自分の反省点を見つけ、より周囲に対する感謝の気持ちが高まったのではないかと
自分では分析しました。
以前は職場に対して文句ばかり、不満だらけの日々が続いていました。しかし、いまは
職場のデメリットよりも、意外なことにメリットのほうが多いことに気づいたのです。そ
のとたん、職場や上司や同僚たちに対して穏やかな気持ちが生まれてきました。
いつの間にか、私は小学校のころの絵を描く楽しさを忘れていたようです。私は周囲を
自分の都合に合わせて塗りつぶそうとしていたのかもしれません。しかし今度は、周リヘ
の感謝の気持ちを込めながら未来図を描いていこうと思っています。
市販の睡眠薬
熱い日だと特に中々眠れませんからね。オススメです。
九二一テロ以降ヽテロリストの烙印を押されたイスラームの人たちも、私たちと同じよう
に平和を願う人たちです。長い間、パレスチナの指導者だったアラファト氏も、やは立半和を
¨暉2彊場者でした。彼は、 一九六九年にパレスチナ解放機構(PLo)の議長になった後、ガ
ザ地区とヨルダン川西岸をパレスチナの独立国として宣布しました。 一九九六年に選挙を通し
てパレスチナの自治政府議長宴統領)となった彼は、ハマスなどの過激派の活動を防ぎなが
ら、中束の平和を目指そうとする努力を惜しみませんでした。中東問題が困難にぶつかるたび
に、私たちは彼と直接接触し、対話をしたことが十二回にもなります。
アラファト議長の執務室を訪ねていく道は厳重です。自動小銃で武装した物々しい警備共た
ちの間を通り、少なくとも三回以上の身体チエックを経てようやく入っていくことができます。
ターバンを何重にも巻いたアラファト議長は、私たちの食口に〈更/」、笑顔で「ウェルカ ムー」
と挨拶をしてきます。そのような関係は、 一日や二日で構築されたものではありません。それ
まで私たちが中東平和のために投入した真心は、とても言葉では表現できないほどでした
に平和を願う人たちです。長い間、パレスチナの指導者だったアラファト氏も、やは立半和を
¨暉2彊場者でした。彼は、 一九六九年にパレスチナ解放機構(PLo)の議長になった後、ガ
ザ地区とヨルダン川西岸をパレスチナの独立国として宣布しました。 一九九六年に選挙を通し
てパレスチナの自治政府議長宴統領)となった彼は、ハマスなどの過激派の活動を防ぎなが
ら、中束の平和を目指そうとする努力を惜しみませんでした。中東問題が困難にぶつかるたび
に、私たちは彼と直接接触し、対話をしたことが十二回にもなります。
アラファト議長の執務室を訪ねていく道は厳重です。自動小銃で武装した物々しい警備共た
ちの間を通り、少なくとも三回以上の身体チエックを経てようやく入っていくことができます。
ターバンを何重にも巻いたアラファト議長は、私たちの食口に〈更/」、笑顔で「ウェルカ ムー」
と挨拶をしてきます。そのような関係は、 一日や二日で構築されたものではありません。それ
まで私たちが中東平和のために投入した真心は、とても言葉では表現できないほどでした
世の中のすべての宗教は平和と愛を語ります。ところが、まさにその平和と愛をめぐって争いを起こしているのです。
イスラエルは、パレスチナ人が暮らす場所に大規模爆撃を加えながら平和を主張します。パレ
スチナの子供たちが血を流して死んでいくのに、彼らは一半和のための戦争だと言います。
イスラエルが信じるユダヤ教もやはユ半和の宗教です。イスラームも同様です。ア員蘇精直
を編纂しながら得た私たちの結論は、世界の宗教が間違っているのではなく、信仰の教え方が
間違っていたという事実でした。誤った信仰は偏見を呼び、偏見は争いを呼びます。
イスラエルは、パレスチナ人が暮らす場所に大規模爆撃を加えながら平和を主張します。パレ
スチナの子供たちが血を流して死んでいくのに、彼らは一半和のための戦争だと言います。
イスラエルが信じるユダヤ教もやはユ半和の宗教です。イスラームも同様です。ア員蘇精直
を編纂しながら得た私たちの結論は、世界の宗教が間違っているのではなく、信仰の教え方が
間違っていたという事実でした。誤った信仰は偏見を呼び、偏見は争いを呼びます。
