【伝染病】(長文注意)
イブン・スィーナーという医学者がちょうど1000年前に、最近流行の伝染病というものを発見したといわれている。伝染病とはある特定の地域で起こる、一種の風土病であったが、近年の人と人との交流がもたらした世界的規模での風土病に様変わりしてしまった。日本書紀を紐解くと、その時代の疫病は、10代目崇神天皇の時代に流行し、人工の約半数が失われたと書かれている。鎌倉時代にも疫病が蔓延したことも歴史の授業で習ったと思う。
 さて、この1年間、その伝染病という厄病神に翻弄され続けた年であった。そしてもうひとつの病が全世界を包み込んだ。それは恐怖という伝染病だ。人々の心の奥底にしがみついた得体の知れない病は、あっという間に全世界に広まってしまった。それは空気を介した人から人への感染でなく、テレビ、ラジオ、そしてSNSから恐怖の伝染病に、いとも簡単に感染してしまったのだ。この病は本当にやっかいだ。なかなか治らないし、どんどんエスカレートしていく一方で、特効薬もワクチンもない。あるとすれば時間の風化に頼るしかない。記憶から消し去られるまで、この伝染病は続くのだ。現代人として初めて経験した地球規模の災害。僕たちは今、岐路に立たされている。
 それは新しい情報時代の幕開けか、または暗黒時代への入り口か。今は誰も分からない。そういう僕もこうして書いていることによって、恐怖の感染源になっているかもしれないと思うと、思わずもうすでに誰かに騙されているような気にもなってくる。心の伝染病なんかに、なにくそ負けるものかと思えば思うほど、心が荒んで閉ざされていく。人と人が離され、人に会うのも怖い疑心暗鬼な日常。自由が奪われ、ひとを疑い、自分を疑い、その病に冒されていく非日常。この2つの伝染病は、肉体も心も傷つけていく。共存していかなければならないのに、みんな誰かのせいにしたがっている。ウイルスとは人類が目覚める前から、地球を包囲してしたたかに生き延びてきた。そのウイルスから我々は逃げられるわけもなく、まして感染撲滅など・・・・何年かかるか分からない。たった一人から始まった感染源だけども最後のひとりまで根絶しないと収まらない。そんなこと出来るはずもない。今年はワクチン接種に尽きる年になるだろう。楽しみにしていたオリンピックもどうなることかと危惧されているし、僕はやるなら10年後20年後でもいいから、完全な形でやってほしいかなっと思っている。復興五輪からコロナ撲滅五輪へ舵を切った時点で、もう本来の日本のオリンピックではなくなったなっと感じている人も多いのではないだろうか。もしオリンピック中止を望むのであるなら、それはそれなりの血税を支払っていかなくてはならない覚悟も必要なのかもしれない。これからは政府がいくらがんばったとしても、ひとりひとりが感染しないように、それぞれが日常の振る舞いに気をつけていかなくてはならないだろう。一刻も早く、震災やコロナ禍で苦しむこの惨事から復興してほしいなっと切に願っています。
2月10日
井上良平

江戸時代の伝染病
https://edo-g.com/blog/2020/03/infectious_disease.html