日本は未曽有の借金大国で、
これを何とかしなければ、
と政策が財政再建に
常に傾いているのが、
これまでの政権が通った道、
ということでしたが、
実は各政権が打ち出した
さまざまな政策を見てみると、
理論的背景がバラバラです。
なぜ、理論的背景がバラバラなのか、
ということを考えてみると、
これはどんな国の政策もそうですが、
経済政策というのは、
必ず経済学の考え方を踏襲します。
経済学と言っている以上、
その理論をもとにしているというのは、
至極当然のように思われますが、
実は経済学というものは、
これだ、と確立された
明確な理論というものはありません。
これがほかの一般的な
科学と違っている点であり、
またまったく理論的背景の
異なる政策が出てくる理由です。
なぜ、明確な理論がないのか、
というと、経済学というは、
理論を扱う経済学者の立場によって
全く異なる結論を導くからです。
例えば、
景気を良くするには、
財政出動すべきだ、という人と、
それでは意味がないという人。
税金を下げるべきだという人と、
それでは意味がないという人。
お金の量を増やさせば良いんだ、という人と、
それでは意味がないという人。
需要を増やさないと意味がないという人、
供給量の確保が重要だという人。
皆、経済学者、経済評論家として、
テレビに出てきたり、
政府の経済諮問委員会に名を連ねて、
政策を議論している人たちですが、
全く違う意見を述べます。
なぜこうなるのでしょうか?
それには、そもそも経済学ってなに?
というところから考えないといけません。
経済学というのは、
理論化されたのは比較的最近で、
アダム・スミスの『国富論』からだ、
と言われています。
これは18世紀末のことなので、
たかだか200数十年の歴史です。
そして、経済学の肝は、
人間という非合理な存在の
生産活動や購買欲求などを
合理的に考える、
という矛盾点にあります。
人間は人間であるがゆえに
非合理的に行動します。
目の前の欲求に負けて、
本来の目的からはずれた行動を
良く取ってしまいます。
しかし、こういった行動をすべて
計算することは、
かなり難しことなので、
(今では複雑系と呼ばれますが)
経済理論の構築は、
「経済人(けいざいじん)」という
あくまでも経済合理的に動く人間、
というのをもとに行われました。
当然今ではそんなはずない、
と言われてはいますが、
とはいえ、複雑系の理論構築は、
かなり難しいので、
結局今現在、経済理論は、
経済人が行動したこうなる、
というのが前提になっています。
経済合理的であれば、
例えば今1万円もらうのと
来年2万円もらうのであれば、
来年まで待つ、という選択に
なるのですが、
実際はいまの1万円をもらう、
という選択をする人のほうが、
多いというのが人間です。
また、経済学の前提は、
情報が十分に全員に伝わっている、
ということも前提となります。
つまり、みんなが同じ判断ができる、
という状態であるということが、
経済理論では前提としてあります。
そんな事態が、
世の中であり得るでしょうか?
つまり、経済学は現実的ではない、
机上のみの理論ということです。
そのため、
経済理論通りに行かない、
という事象が、
現実では次から次におこります。
そこからまた理論構築を行って、
これはこういうことだったのでは?
と後付けをして解説をするのが、
一般的な経済学者や
経済評論家の行っていることです。
後付けだから、
いくらでも理論を盛れます。
これが学者によって、
色々な理論が登場する原因です。
そして、経済学でやっかいな点は、
ミクロとマクロで結論が違う、
という点も挙げられます。
ミクロとは、小さいもの、
つまりは家計や企業で、
マクロとは、世界や国、
といった単位での経済学です。
「合成の誤謬(ごびゅう)」
ということばがあります。
これは、まさにこの事象を
示している言葉です。
端的に述べると、
不景気な時に、
家計や企業は、借金を返したり、
貯蓄を増やしたり、支出を減らしたり、
なるべくお金を使わない、
という方向に動きます。
当然ですね。
しかし、この誰もお金を使わない
という行動は、全体で見ると、
経済のパイを減らすことにつながり、
どの企業も売り上げを落とす、
という事態を引き起こします。
つまり、不景気な時ほど
世の中の人にお金を使ってもらう、
ということが必要なんですが、
1個人、1企業からすると、
不景気なんだからできない、
となります。
こういった違いを生むということは、
立場によって色々な理論が登場する、
ということにつながります。
そして、経済学の背景をしっかり理解する、
という時間を取れない人は、
こういった理論をいいように利用され、
為政者の導きたい結論に、
世論を誘導されてしまう、
という結果をもたらします。
実際に今の財務省が
国の借金を、「わかりやすいように」と
家計にして考えると、
という解説のやり口は、
まさに、このミクロとマクロの違いを利用して、
借金は良くないことだから、と
自分たちの打ち出したい政策、
財政再建のための増税に
世論を誘導するために行っています。
全体から見ると、
売上を挙げさせる必要があり、
家計や企業が不景気なため
それがやりにくい状況であれば、
あとは国が自ら財政出動して
売上を上げるということが、
本来求められてしかるべきですが、
あまりにも大きな借金に
ついつい、財政再建が出てきます。
そして、今の日本が厄介なのは、
これを同時に行おうとしている
という点にあります。
不景気な時に景気を回復する政策と、
財政を再建する政策は、
基本的には相容れません。
特にデフレを続けている中では、
同時に行うことは不可能です。
ここで、
アベノミクスの3本の矢を
思い返してみましょう。
http://www5.cao.go.jp/keizai1/abenomics/abenomics.html
内閣府の発表している、
3本の矢は、すべてインフレさせるための
政策になっています。
ところが、増税をしました。
これはデフレ政策です。
なぜかというと、
増税は消費マインドを冷やします。
需要が減れば、供給側は、
価格を下げて対応します。
つまりデフレです。
ということは経済学を知らなくても、
そりゃそうだろ、と思えると思います。
同時に行えば、
当然のように成果は出ません。
どちらかの政策を
(もちろん今回はインフレ策が策ですが)
しっかりとした成果が出るまで続けること、
これが重要ですね。
それに、景気が回復すれば、
当然税収も増えてきます。
それを待つということをなぜしないのか?
という点も疑問です。
厄介なことに、
これまでの経済学で、
増税はデフレ策ではない、
という理論も構築されています。
例えば、こんな記事があります。
http://www.newsweekjapan.jp/column/ikeda/2013/07/post-708.php
消費者物価指数は増税分も含まれれるので、
簡単にインフレになる、
という話です。
この消費者物価指数(CPI)も
日本では、3通りのパターンがあり、
詳細は割愛しますが、
ほかの国ではほとんどが2通りで、
これは為替の影響などを受けるかどうか、
というのを取り入れているんですが、
当然どれを採用するかでも、
結果が変わってきたりします。
また、実際内閣府では、
GDPデフレーターという指標を使い、
デフレの判断をしています。
これは実質GDPと名目GDPの差異で、
判断するという指標です。
このようにさまざまな指標や
考え方、理論が登場しているのが、
経済学です。
つまり、出したい結論を
導き出せるだけの理論や指標が
色々とちりばめられている。
というのが経済学です。
サルでもわかる経済学、
というのがありましたが、
サルではダマされるのが
経済学ですね。
