ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは悪霊どもを追い出しておられたが、人々の〕11・15中には、「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言う者や、16イエスを試そうとして、天からのしるしを求める者がいた。17しかし、イエスは彼らの心を見抜いて言われた。「内輪で争えば、どんな国でも荒れ果て、家は重なり合って倒れてしまう。18あなたたちは、わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出していると言うけれども、サタンが内輪もめすれば、どうしてその国は成り立って行くだろうか。19わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間は何の力で追い出すのか。だから、彼ら自身があなたたちを裁く者となる。20しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。21強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その持ち物は安全である。22しかし、もっと強い者が襲って来てこの人に勝つと、頼みの武具をすべて奪い取り、分捕り品を分配する。23わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。」

 24「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。25そして、戻ってみると、家は掃除をして、整えられていた。26そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。」

 

 この物語には二つのポイントがあるように思います。

 イエスの言葉で分かるのは、悪霊払いをしていたのはイエスだけではなく、イエスが「ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と非難する人びとの仲間も悪霊払いをしていたということです。

 古代世界では病気や障害は悪霊の仕業だとされ、その治療のために様々な悪霊払いの儀式をする人びとがいたと思われます。彼らは祈祷やお祓いのようなことをして謝礼を受け取っていたでしょう。

 悪霊払いをして効果があった場合には、その悪霊払い師はきっと何らかの謝礼を本人か家族から受け取っていたのだとおもいます。

 それとは異なり、イエスは病人や悪霊憑きに「わたしがあなたを癒やした」とは言わず、「あなたの信仰があなたを救った」と言います。

 もうひとつのことは、悪霊払いをしただけでは不十分だということです。それだけでは悪霊はさらに自分より悪い仲間を連れてきてその人に住みつくとイエスは警告します。

 悪霊を追い出した後、聖霊に満たされる必要があるのだとおもいます。

ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは〕11・5弟子たちに言われた。「あなたがたのうちのだれかに友達がいて、真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。『友よ、パンを三つ貸してください。6旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです。』7すると、その人は家の中から答えるにちがいない。『面倒をかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちはわたしのそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません。』8しかし、言っておく。その人は、友達だからということでは起きて何か与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。9そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。10だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。11あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。12また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。13このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」

 

 弟子たちに「主の祈り」を教えた、すぐ後にイエスが弟子たちに語ったたとえです。弟子たちの中には「主の祈り」を何度唱えても効き目がないという人もいたのではと思います。

 むかし、子どもたちに乱暴を働く父親のために祈りなさいと神父さんに言われ、形式的に「主の祈り」を唱えていたことがありました。何年か過ぎたとき、思いがけない仕方で父親と和解する機会を得ました。

 それ以来、家族関係に悩む方に口先で「主の祈り」を唱えることをお勧めします。「効果がない」というクレームには、「何年間祈りましたか」とお答えします。

 神さまは思いがけないとき、思いがけない仕方でわたしたちの心の深くにある願いを聴き入れてくださると信じています。

ルカによる福音

 11・1イエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください」と言った。2そこで、イエスは言われた。「祈るときには、こう言いなさい。『父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。3わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。4わたしたちの罪を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を皆赦しますから。わたしたちを誘惑に遭わせないでください。』」

 

 イエスが弟子に教えた祈りはイエスご自身がいつも唱えていた祈りではないでしょうか。イエスはご自分が常々祈っていた祈りを弟子たちに教えたのです。

 イエスは、必要な糧を毎日願し、罪の赦しを乞い、誘惑に晒されるわたしたちと同じ運命を引き受けられました。

 イエスが教えて下さった祈りをイエスも唱えてくださると思えば、どれほど心強くこの祈りを唱えることができるでしょうか。

 

 ロザリオの聖母については女子パウロ会ホームページをごらんください。

https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=100701