ヨハネによる福音
 〔そのとき、イエスの〕7・40言葉を聞いて、群衆の中には、「この人は、本当にあの預言者だ」と言う者や、41「この人はメシアだ」と言う者がいたが、このように言う者もいた。「メシアはガリラヤから出るだろうか。42メシアはダビデの子孫で、ダビデのいた村ベツレヘムから出ると、聖書に書いてあるではないか。」43こうして、イエスのことで群衆の間に対立が生じた。44その中にはイエスを捕らえようと思う者もいたが、手をかける者はなかった。
 45さて、祭司長たちやファリサイ派の人々は、下役たちが戻って来たとき、「どうして、あの男を連れて来なかったのか」と言った。46下役たちは、「今まで、あの人のように話した人はいません」と答えた。47すると、ファリサイ派の人々は言った。「お前たちまでも惑わされたのか。48議員やファリサイ派の人々の中に、あの男を信じた者がいるだろうか。49だが、律法を知らないこの群衆は、呪われている。」50彼らの中の一人で、以前イエスを訪ねたことのあるニコデモが言った。51「我々の律法によれば、まず本人から事情を聞き、何をしたかを確かめたうえでなければ、判決を下してはならないことになっているではないか。」52彼らは答えて言った。「あなたもガリラヤ出身なのか。よく調べてみなさい。ガリラヤからは預言者の出ないことが分かる。」
53人々はおのおの家へ帰って行った。

 ニコデモはファリサイ派でユダヤ人の議員でしたが、ある夜、イエスのもとを訪ねて、教えを受けています。
 今日の場面では、イエスを捕まえようと躍起になる人々に、「我々の律法によれば、まず本人から事情を聞き、何をしたかを確かめたうえでなければ、判決を下してはならないことになっているではないか。」と理を尽くして語ります。
 イエスの遺体をアリマタヤ出身のヨセフが取り下ろしたとき、ニコデモは没薬と沈香を混ぜた物を百リトラばかり持って来て、ヨセフと共にイエスの遺体を、香料を添えて亜麻布で包みました。
 なぜ、ニコデモはイエスの埋葬をしたのでしょうか。ニコデモは闇の中でイエスに出会い、光を見いだし、イエスを信じるようになったのかも知れません。
 正教会の伝承では、ニコデモはこの後キリスト教徒となり、ユダヤ人に殺されて殉教したとされています。
 

ヨハネによる福音
〔そのとき、〕7・1イエスはガリラヤを巡っておられた。ユダヤ人が殺そうとねらっていたので、ユダヤを巡ろうとは思われなかった。2ときに、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた。
 10兄弟たちが祭りに上って行ったとき、イエス御自身も、人目を避け、隠れるようにして上って行かれた。
 25さて、エルサレムの人々の中には次のように言う者たちがいた。「これは、人々が殺そうとねらっている者ではないか。26あんなに公然と話しているのに、何も言われない。議員たちは、この人がメシアだということを、本当に認めたのではなかろうか。27しかし、わたしたちは、この人がどこの出身かを知っている。メシアが来られるときは、どこから来られるのか、だれも知らないはずだ。」28すると、神殿の境内で教えていたイエスは、大声で言われた。「あなたたちはわたしのことを知っており、また、どこの出身かも知っている。わたしは自分勝手に来たのではない。わたしをお遣わしになった方は真実であるが、あなたたちはその方を知らない。29わたしはその方を知っている。わたしはその方のもとから来た者であり、その方がわたしをお遣わしになったのである。」30人々はイエスを捕らえようとしたが、手をかける者はいなかった。イエスの時はまだ来ていなかったからである。

 イエスはエルサレムに上り、神殿で教え、安息日に人を癒やしたことでユダヤ人と論争します。
 エルサレムでイエスを見かけた人たちが「わたしたちは、この人がどこの出身かを知っている。メシアが来られるときは、どこから来られるのか、だれも知らないはずだ。」というとイエスは「わたしは(私をお遣わしになった)方のもとから来た者であり、その方がわたしをお遣わしになったのである。」と答えます。
 人々は自分たちがイエスを知っていると思っていますが、そのイエスが誰から何のために遣わされたのかを知りません。
 イエスの言葉は、人々をいらだたせ、イエスを捕らえようとしましたが、手をかける者はいませんでした。

 

 イエスの時とは、イエスが十字架に付けられ、永遠の贖いを成し遂げる時のことです。人間がその時を早めたり、延ばしたりすることはできません。

 

ヨハネによる福音
 〔そのとき、イエスはユダヤ人たちに言われた。〕5・31「もし、わたしが自分自身について証しをするなら、その証しは真実ではない。32わたしについて証しをなさる方は別におられる。そして、その方がわたしについてなさる証しは真実であることを、わたしは知っている。33あなたたちはヨハネのもとへ人を送ったが、彼は真理について証しをした。34わたしは、人間による証しは受けない。しかし、あなたたちが救われるために、これらのことを言っておく。35ヨハネは、燃えて輝くともし火であった。あなたたちは、しばらくの間その光のもとで喜び楽しもうとした。36しかし、わたしにはヨハネの証しにまさる証しがある。父がわたしに成し遂げるようにお与えになった業、つまり、わたしが行っている業そのものが、父がわたしをお遣わしになったことを証ししている。37また、わたしをお遣わしになった父が、わたしについて証しをしてくださる。あなたたちは、まだ父のお声を聞いたこともなければ、お姿を見たこともない。38また、あなたたちは、自分の内に父のお言葉をとどめていない。父がお遣わしになった者を、あなたたちは信じないからである。39あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。40それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない。
 41わたしは、人からの誉れは受けない。42しかし、あなたたちの内には神への愛がないことを、わたしは知っている。43わたしは父の名によって来たのに、あなたたちはわたしを受け入れない。もし、ほかの人が自分の名によって来れば、あなたたちは受け入れる。44互いに相手からの誉れは受けるのに、唯一の神からの誉れは求めようとしないあなたたちには、どうして信じることができようか。45わたしが父にあなたたちを訴えるなどと、考えてはならない。あなたたちを訴えるのは、あなたたちが頼りにしているモーセなのだ。46あなたたちは、モーセを信じたのであれば、わたしをも信じたはずだ。モーセは、わたしについて書いているからである。47しかし、モーセの書いたことを信じないのであれば、どうしてわたしが語ることを信じることができようか。」

 イエスを証しするのは、父である神がイエスに成し遂げるようにお与えになった業、イエスが行っている業そのものです。またイエスをお遣わしになった父である神ご自身です。
 しかし、そのイエスの言葉をユダヤ人たちは信じようとしません。その彼らに、「あなたたちの内には神への愛がないことを、わたしは知っている。」とイエスは言います。
 イエスが言う裁きは、死後におこなわれる審判ではなく、イエスを信じるかどうかで決まります。
 父の名によって来られたイエスを信じ、命を頂くことができますように。