マタイによる福音
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕6・1「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。2だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。3施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。4あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。
5祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。6だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
16断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。17あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。18それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」
イエスの弟子への教えが続きます。
偽善者という言葉は、もとは役者という言葉だそうです。役者は役柄を演じていますが、本人は役柄とは異なる人物です。
人の前で、自分は立派なクリスチャンということを演じても、それが自分の日頃の姿ではないとしたら、偽善者だということになります。
ロジャーズのカウンセリングの3原則というのがあります。
傾聴時に聴き手が意識すべき3つの態度を指します。具体的には、「共感的理解」「無条件の肯定的関心」「自己一致」の3つです。
「自己一致」とは自分が感じていることや考えていることと、その言動や態度が一致していること」です。
神と人の前で装わず、素の自分で生きることが大切なのは、信仰生活の基本ですが、「言うは易し、行うは難し」だと思います。